第2話 これでも英傑の一人です!


 世界には5人の英傑がいる。


 そのうちの1人――『鋼鉄の魔女』。


 シュガーがそうなったのは、魔道の世界に科学技術を融合させたからである。


 これはまさしく革命だった。


 従来の魔法では不可能だった領域を科学技術で補い、それぞれの長所を活かし合い、より効率的で強力なシステムが生まれたからだ。


『高度に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない』


 その言葉の通りシュガーが開発、発明した科学技術は全て高度な魔法にしか見えなかった。


 こうして、『鋼鉄の魔女』は誕生した。


 本来であれば、この革新的な発展は、交通手段、農業、建築など、あらゆる分野で大きな変化をもたらすのだが……そうはならなかった。


 なぜなら……


「お、王都に行くなんて無理ぃ! 心の準備が! 1週間、いや1カ月ください!」


 シュガーは機械を弄っているのが好きなだけのコミュ障の機械オタクだからである。


 自分が作ったロボットに泣きつくシュガーを見てフィルはため息を吐く。


 ちなみにシュガーが作ったこのロボットは『慰め君』という名前で、泣きつくと頭を優しく撫でてくれる仕組みである。


「まったく、今の貴方の姿を見たら誰も名だたる英傑の1人、最強とも称される魔女だなんて信じないでしょうね」


 一向に紙を見ようとしないシュガーに業を煮やし、フィルは紙を読みあげ始めた。


「鋼鉄の魔女シュガー殿、そなたの腕を見込んで嘆きの丘の恐ろしき白き邪竜『ヘドナ』の討伐を依頼したい」


「ワー! ワー!」


 シュガーは両手で耳を塞ぎ大声で喚いたが、さらに大きい声でフィルは聞き捨てならない部分を読み上げた。


「なお、今回の依頼に応じなかった場合。鋼鉄の魔女シュガーを邪教徒と認定するので留意されたし」


「……へ?」


 邪教徒認定。


 それは、国際指名手配と同じである。


 常に王国から命を狙われて、道行く少年少女に石を投げられ、人懐っこい犬にも嫌われる。


 多分、それくらいの嫌われ者である。


「な、なんで!? 清廉潔白、品行方正な私が! なんでそんないわれもない罪を!?」


 狼狽するシュガーにフィルは大きなため息を吐いた。


「シュガー殿、トニオ王国はご存じですか?」


「……ご存じないです」


「嘘を言わないでください。その国が今、どうなっているか。貴方のせいで」


 シュガーは言い訳をするように語り出した。


「だ、だってあの国の国王が猫を『悪魔の使いだ』って迫害し始めたから……」


「し始めたから?」


「ちょっと怒ろうと思って……」


「思って?」


「少し注意しました……」


「注意? 少し?」


 フィルは張り付けたような笑みを浮かべたまま額に青筋を浮かべる。


「巨大な猫型ゴーレムで国を取り囲んで、国王が土下座して謝罪するまでにゃあにゃあ鳴き続けさせたのが貴方にとっての『少し注意した』なのですか?」


「正確にはゴーレムじゃなくてロボットです……」


「どっちでも良いことです。そのせいで今あの国は猫を崇拝し始めて、猫だらけなのですよ。貴方が邪教徒の始祖として認定されるのもおかしなことではありません」


「どうしよう……邪教徒認定は嫌だけど、帝国に行くのも凄く怖い……」


 迷ったあげく、シュガーは名案を思い付いたように手を叩いた。


「そ、そうだ! 私、南に帝国が把握してない島を見つけたんです! 今度バカンスでもしようかと思ってこっそりと準備していたのですが、そこで静かに暮らせば指名手配されても大丈夫じゃないですかね!」


「これだけ大量のあなたの発明品――大荷物を持って、どうやって移住すると言うんですか?」


 そう言うと、シュガーは得意げに1本の杖を取りだした。


「じゃ~ん! "どこでも移動君"です! この杖から出てくるテータ波を当てると、物体は粒子レベルまで細かく分解されてポータルがある場所まで移動します! ポータルはいま、その南の島にあるので即座に瞬間移動させられるのです! あまり動き回らない物にしか使えないのが難点ですが」


 説明を聞いても全く意味が分からないシュガーの説明に理解を放棄してフィルは尋ねる。


「そうなんですか。ところで、シュガー殿は私が誰かご存じですか?」


「……へ? 誰って、ルミナス王国の側近。フィル・テラスタル――」


 言いながらシュガーは冷や汗をかく。


「貴方の普段のどうでもいい"ひとりごと"とは違うんですよ? 私が今のを聞き逃すとでもお思いですか?」


「あ、あははは。そうだ、貴方は敵でした……」


「ほら、早く準備をしてください」


 こうして、逃げ道を失ったシュガーは行く支度を済ませると、そこからさらに30分駄々をこね、最終的にはフィルに首根っこを掴まれて連れていかれたのだった。

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