第52話 エピローグ

 慌ただしい日々が、以前のようなゆったりとした毎日に戻ったころ。

 シュザベル・ウィンディガムはティユ・ファイニーズと共に集落を出てちょっとした旅に出た。前々から二人で行こうと計画していた各地の遺跡や書物のあるところへ赴くのだという。

 ミンティス・ウォルタは変わらず水魔法族(ウォルタ)族長の補佐をしつつ、ラティス・ウォルタと仲睦まじく過ごしているようだ。

 フォヌメ・ファイニーズは太客もといフェリシテパルマンティエからの注文の品を作るべくあちこちに顔を出しては様々な素材を探して奔走している。もしかしたら彼もそのうち集落を出るかもしれない。

 ネフネ・ノールドは何故かフォヌメの妹であるシュマ・ファイニーズに弟子入りした。なんの弟子かはよくわからないが、本人が幸せそうならそれが一番なのだろう。シュザベルは深いため息を吐いていたが。

 イユ・シャイリーンとメルベッタ・ダーキーは再び旅に出た。次は東方へ行ってみるつもりだとメルベッタが言っていたが、割と二人ともお人よしなので寄り道が多くなるかもしれない。

 そして、ジェウセニュー・サンダリアンは……。


「なんっでおまえがここにいるんだよっ!!」


 叫んでいた。

 人の通りが少ない雷魔法族(サンダリアン)の集落からジェウセニューの家までの通り道とはいえ、近所迷惑だと非難されそうな音量で。

 彼の視線の先にいたのは幼馴染のモミュア・サンダリアン。そして、


「はテ、友人のところへ遊びに来てはいけないという法はありませんヨ?」


 琥珀色の髪を揺らして、シンラク・フォートが立っていた。

 相変わらず前合わせの変わった服にヒダのついたスカートに似た穿き物を身に着けている。

 斜めに掛けた大きな鞄の中にはもう、古アーティファクトはない。……多分。

 シンラクは当然のような顔をしてモミュアと並んでいる。


「だーれが友人だよ」

「安心してくださイ、貴方ではありませんのデ」

「こっちから願い下げだよ!」


 小憎たらしい顔でシンラクは、ねぇ、とモミュアを見た。

 間に挟まれたモミュアはにこにこと笑いながらもどうしたものかと眉を下げている。


「小生はモミュアたちに会いに来ているのでス。小生たチ、友達なのデ。ねェ?」

「え、ええ」

「ぜってぇ認めねぇ!」


 おやおやとシンラクは困った子どもを見るような目でジェウセニューを見た。


「モミュアの交友関係に口出しする権利ガ、貴方にあるのですカ?」

「んあーーーーーーーーーーっ」


 ジェウセニューは頭を掻きむしる。口では勝てない。

 かといって今のシンラクは誰かに手を出したわけでもアーティファクトを持ち出したわけでもないので殴るわけにもいかず。


「帰れよ!」

「遊びに来ただけでこれほど邪険にされるなんテ。ジェウセニューは心が狭いですネ」


 飄々とした態度が癪に障る。

 ああ、腹が立つ。ジェウセニューは隠しもせずに地団太を踏んだ。

 モミュアは変わらずジェウセニューとシンラクを交互に見て苦笑している。

 あれだけのことがあったというのに受け入れているようだ。心が広くてなにより。

 しかしジェウセニューはそう簡単に受け入れることはできない。

 ……一番腹が立つのは母ルネローム・サンダリアンが普通に少年を受け入れて時々家に呼んでいることだ。自分がなにをされたのか本当にわかっているのかすら怪しい。

 心が広いとかそういうレベルでもない気がしてジェウセニューは更に脱力した。


「本当ニ、遊びに来ただけですヨ」

「他の意図があってたまるかよ」

「ふフ、今日だっテ、アーティファクトも持ってませんヨ」

「持っててたまるか!」

「うふふふふフ」


 シンラクは笑っている。実に楽しそうだ。

 ジェウセニューは何度目かのため息を吐いて、嫌に近く見える少年たちの距離を離した。押されたシンラクは一瞬だけ瞠目すると目を瞬いて苦笑する。

 その目がからかいに満ちているのに気付いてジェウセニューは更にため息を吐いた。


「モミュア!」

「え、あ、はい!」

「ちょっと大事な話があるから! 来てもらってもいいか!」

「う、うん」

「おまえはついてくんじゃねーぞ」

「言われずとモ、馬に蹴られたくはありませんのデ」


 シンラクを睨みつけながら、そっとモミュアの手を取ってその場を離れる。

 しばらく無言で進んで、人気のない、しかし魔獣や野生生物にも邪魔されないような危険のない場所までやってきてようやくモミュアの手を離した。

 無意味に深呼吸して少女の方へ向き直る。


「セニュー、どうしたの?」

「ああ、ちょっと、二人っきりで話したいことがあるんだ」


 この三年、意外とジェウセニューとモミュアは二人きりになるタイミングがなかった。

 家には母がいるし、外では友人たちだけでなくモミュアの友達も多くいる。

 定期的に家に来てルネロームと並んで食事を準備してくれたりもしているが、二人っきりというのはなかなかなかった。

 久々の二人きりという状況に鼓動が早まる。

 ああ、やっぱりオレは――。


「モミュア」

「なに、セニュー」


 こくりと喉を上下させる。

 後ろに回した手が嫌に汗ばんでいて、ポケットから取り出した小箱を落としそうになる。

 小箱は手のひらに収まるくらいに小さく、つるりとしたフォルムをしている。

 中に入っているのは神界へ行って城下を見たあの日見つけた石を使ったシンプルな指輪。


(……指輪、って……お、重たくない……よな?)


 一般的には重たい気もするが、そんなことジェウセニューは知る由もない。

 彼女の目の色に似た石を使ったアクセサリー。

 土産にするならと一生懸命に選んだリングのデザイン。

 顔に血液が集まっているのか、酷く暑い。

 ジェウセニューは再び喉を上下させた。飲み込むものなんてないくらい口の中がカラカラに乾いている。

 だというのに全身汗ばんでいる気がして、ジェウセニューはモミュアにバレないようにそっと手のひらをズボンで拭いた。

 小箱を持ち直して何度目かの少女の名前を呼ぶ。


「モミュア!」

「は、はい!」


 ジェウセニューの緊張が伝わっているのか、モミュアもシャツの裾を無意味に摘まんでいじっている。


「わ、渡したい、ものがあるんだ……!」


 モミュアがこくりと頷く。

 並んでふと彼女のつむじが見えることに気付いた。いつの間にこんなに身長を追い越したのだったか。

 華奢な肩が目に入って思わず生唾を飲み込む。

 モミュアがジェウセニューを見上げた。

 目が合う。

 心臓が高鳴った。嫌にうるさい。

 ただ、神界へ行った土産を渡すだけだ。それだけ。

 なのにジェウセニューは石化したかのように動けなくなった。

 少女が首を傾げている。

 後ろ手に回した小箱を前に出して渡すだけでいい。それだけなのに。

 少女の桃色の唇がジェウセニューの名を紡ぐ。

 そうして、青年は意を決して――。



<雷来!! 完>

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