第50話 動乱の終わり

 パキィンッ、


 軽やかな音を立てて四角い小箱が砕ける。

 中から溢れた白い光は二つの人影を作ると次第に収まる。

 ジェウセニュー・サンダリアンが光に細めた目を開けると、目の前には父母であるヴァーンとルネローム・サンダリアンが立っているのが見えた。


「母さん、父さん……!」

「あらあら、なんだかみんな、満身創痍ねぇ」


 朗らかに笑いながらルネロームは辺りを見渡す。

 糸目の男はシンラク・フォートをどこからか取り出した紐で縛っているが、それ以外の者たちはほぼ全員大変な戦いを繰り広げたあとだ。

 ジェウセニューはなんとか気力で立っているが、友人たちはもう立ち上がる気もないのか思い思いの場所で座り込んでいる始末だ。

 守護精霊(ガーディアン)のノノカはまだぼんやりとしているクロアとストラを連れて主人たる精霊神官たちの元へ駆けていった。

 港に人影はない。どうやらシンラクが人払いの魔法を広げていたらしい。

 その効果がまだ続いているのでヴァーンと糸目の男は身を隠すことなく堂々としているのだろうが。


「よかった、無事で……」

「ジェウ――セニューも、随分と無茶をしたようだな」

「べっつに、これっくらい。……父さんたちが戻ってきてくれるなら、どうってことないって」

「……そうか。ありがとう」


 そう言って――ヴァーンはそっとジェウセニューの頭を撫でた。

 背後からは友人たちの視線を感じるし、横では母ルネロームがにこにこと楽しそうに笑っているので気恥ずかしい。

 だが振り解く気にはならなかった。

 耳の辺りが熱くなるのを感じつつ、ジェウセニューは少しだけ俯く。

 言いたいことはたくさんある。

 しかし今はなんだか胸の辺りが詰まってしまって言葉が出なかった。

 それに水を差すのはこほんという男のわざとらしい咳払い。


「ヴァーン、親子水入らずがしたいのはやまやまでしょうが、取り急ぎ知らせておきたいことが」

「ああ、カムイか。悪いな、面倒をかけたろう」

「まぁ、それなりには」


 男――カムイと呼ばれた神族(ディエイティスト)が話しかけるとヴァーンはスッと手を下ろした。

 頭の感触がなくなったことに少しだけ寂しさを覚えつつ、そういえば父ヴァーンは神族の偉い人なのだから行方不明になっている間に大変なことになっているのではと考えが及ぶ。

 難しい話を少し小さな声で続ける男二人を横目に、ジェウセニューは母と向き合った。


「その、母さん……」

「なあに」

「話したい、聞きたいことがたくさんあるんだ」

「……そう。うん、じゃあ夜にでもゆっくり時間を作りましょうか」


 こくりと頷く。

 ふふ、とルネロームは笑って嬉しそうに目を細めた。


「なんだかいい顔つきになったわね」

「そう、かな」

「男の子の成長って早いのね。ちょっと目を離した隙にどんどん親離れしちゃうんだから」


 残念ながら母親ではないジェウセニューにその感覚はわからないが、成長したと思われるのはなんだか嬉しい。

 のんびりとした母が横に立っているだけで、ようやく日常を取り戻したのだとじわじわと実感する。

 とはいえルネロームも多少怪我をしているようで、ジェウセニュー共々まずは治療をした方がいいのだろうが。

 ちらりと横目でヴァーンの様子を窺う。

 いつもの白い外套の上半分が真っ赤に染まっているのが気になった。

 目元の包帯であまりよく見えないが、なんとなく顔色も悪いような気がする。


「母さん、父さん怪我してんの?」

「……ええ。本当はすぐにでも休んでほしいんだけど……」

「悪いの?」

「……そうね、立っているのも――」


 言いかけたルネロームを遮るようにヴァーンが「えっ」と叫んだ。

 驚いて二人揃って話し込んでいた男二人を見やる。


「すぐに神界へ帰る準備を」

「わかりました」

「どうしたの、ヴァーン。少し休んでからでも……」


 ルネロームが声をかけるが、ヴァーンは首を横に振る。


「すぐにでも帰らなきゃならん理由がある。カムイ……は、治癒魔法、苦手だったか……適当に誰か派遣するか」

「魔法族(セブンス・ジェム)の集落にだって治癒師はいるわ、大丈夫。……神界でなにかあったの?」


 動揺を見せるヴァーンにルネロームは詰め寄る。

 母も少しばかり動揺しているようだと、そんな顔は初めて見るなとジェウセニューはぼんやりと思った。

 とりあえず父を止めないと、なにやら軽くはない怪我をしている様子なのにこのまま神界へ飛び出していきそうだった。


「……神界で戦争が起こりそうになっているそうだ。主犯のシンラクを捕らえたところで、その情報がまだ行き渡っていないし、反乱は急には止まれない……すぐにでも神界に帰って止めないと」

「でも、ヴァーンだって怪我が――」

「おれのことより民が心配だ」

「でも!」


 ルネロームがヴァーンの腕に縋りつく。赤く染まっていない方の肩だが、ヴァーンが僅かに唇を歪めたのが見えた。

 なんでも隠してしまう父が一瞬だけ見せた隙を見て、ジェウセニューも顔をしかめる。


「それ、父さんが行かないとダメなのかよ」

「もうおれにしかどうにもできない」

「じゃあ、オレも行く」

「っ、……子どもの行く場所じゃない」

「子ども子どもって! オレだってもう小さな子どもじゃないんだ! なにか――オレにもなにかできることはないのかよ!」


 叫ぶように言うと同時にふらりとヴァーンの身体が傾いだ。慌ててジェウセニューは腕を伸ばしてその体を支える。

 触れた身体はいつもより体温が低くて小刻みに震えていた。しかし近くで顔をよく見ると頬を汗が伝っているし、体温が高いようにも見える。

 尋常ではないその様子にジェウセニューは父の身体を支える手に力を入れた。


「父さんから見たら、そりゃ、まだまだ子どもなんだろうけどさ。でも、オレだって父さんのために、母さんのためになにかしたいって思うんだ」

「……ジェウ、」

「子どもが親手伝っちゃいけないなんてこと、ないだろ!」

「……」

「オレだって支える力くらいあるんだ。……頼ってくれよ」


 ああ、とヴァーンは小さく呻くように頷いた。


「頼ってもいいほどに大きくなってたんだな」

「いつまでも小さなガキ扱いすんなっつの」

「ああ……悪かった。――ジェウ、手伝ってほしい」

「おう!」


 本当はジェウセニューだってもうたくさんの魔力を使ったし、鏡たちとの戦いで動き回って疲れている。

 でも、それでも父を支えるという役割だけは誰に譲るつもりもなかった。

 わたしも、とルネロームがジェウセニューとは反対側に立ってヴァーンを支える。


「家族旅行、まだ終わってないものね」


 にこりと笑うルネローム。

 それに小さく笑みを返してヴァーンはカムイを見た。

 カムイの準備もできていたようで、こくりと頷く。

 背後で事の成り行きを見守ってくれていた友人たちから声をかけられる。


「悪い、ちょっとまた行ってくる」

「一番満身創痍なのによくやるよ」

「ふん、野人とはいえ父母を大切にするのはいいことだ」

「早めに帰ってきてくださいね。でないとまた私たちが迎えに行かなきゃならなくなりますから」


 ミンティス・ウォルタ、フォヌメ・ファイニーズ、シュザベル・ウィンディガムが苦笑する。

 それに「それは嫌だな」なんて冗談めかして返し、軽く手を振る。


「行きますよ」


 カムイの合図で転移魔法が発動する。

 神界へは転移魔法では行けないので中継地へと飛んだ。一瞬にしてジェウセニューたちはどこか空気の違う草原に立っている。


「見目が悪いですね」


 カムイが言って指を鳴らすとジェウセニューたち三人の服装が元のように綺麗なものに変わる。

 驚いて男を見れば、「ただの目くらましの類ですよ。現物は未だ血塗れですので大きく動かないでくださいね」と返された。

 確かに触れるヴァーンの外套は使い古されてゴワゴワだし、場所によってはしっとりと湿っているままだ。

 急ぐぞというヴァーンの声で再び転移魔法によって場所が変わる。

 次に現れたのは見覚えのある城の大きなバルコニーだった。

 バタバタと騒がしい足音、怒声、悲鳴が聞こえているのは覚えがない光景だ。

 カムイがヴァーンに一礼して下がり、消える。

 ジェウセニューはヴァーンを支えながらこくりと息を飲んだ。

 空気が違う。以前来たときとは、なにかが違う。

 ざわざわとしていて気が逸る。嫌な気持ちだ。

 背後から足音を潜めることなく走ってきたのはヴァーンの部下であるシアリスカ・アトリとラセツ・エーゼルジュ。


「ヴァーン!」

「シアか。悪いな、しばらく無理をさせた」

「ちゃんと帰ってきたから、しばらくの休みでチャラにしたげる!」

「しばらくがどれくらいかが怖いな……。ラセツ、現状の報告を」

「はい。今朝になって神族リベラシオン・フォート軍を名乗る反乱軍が挙兵、古アーティファクト兵器を持ってこの城に向かって進軍を始めました」


 街の外側に目を凝らせば、正面に黒いなにかが動いているのが見えた。それが反乱軍だろうか。


「未明、目視できる範囲まで進軍した反乱軍は突如として歩みを止め、膠着中。ヤシャからの報告で西の村にて人質の解放に成功も、シュラとコウは南の村にて開戦とのこと」

「止められなかったか」

「いえ、西の村では交渉が済みましたが、南で交渉中に二人がキレて暴れたそうです」

「なにやってんの?」

「帰ってきたら叱ります」

「そうしてくれ」


 頭が痛い様子を隠すことなくヴァーンはため息を吐く。

 ラセツも少々顔をしかめているが、報告を続けた。


「城下の民は安全を優先し城(こちら)に収容しています。一部拒否して城下に残っている者にはロウさまの結界札を展開し安全を図りました。ロウさまは現在、ニアリーと共に城下の見回り中です」

「わかった。……どうして奴らが止まっているかわかるか」

「……私見ですが、なにかを待っている様子かと」

「なにか、ね」


 嫌な感じがして、ジェウセニューはチリチリと静電気のような痛みを感じるうなじを掻いた。

 ルネロームも流石に笑顔を引っ込めて眉を下げている。

 視界の端――反乱軍とやらがいる方向でなにかがチカッと光った気がして、そちらに視線を向ける。

 熱源。

 目を見開く。

 真っ白ななにかがこちらに迫っていた。


「伏せろ!」


 ヴァーンの必死の声で我に返り咄嗟に頭を庇って床に伏せる。

 背後ではシアリスカとラセツが同じように伏せている。

 影が落ちる。

 ジェウセニューの前にヴァーンとルネロームが立ち塞がっていた。


(あ……、)


 明転。

 遅れて衝撃。

 痛いほどの風がジェウセニューの身体を叩く。まるで嵐のようなそれで城が飛んでいかないか心配なほどだ。

 目を開けると目に見えるほどの分厚い結界が街を覆っていた。


「ま、間に合ってよかったぁ……」

「ルネロームが補助してくれたからだな、悪い、助かった」

「いいえ~」


 両親が無事だということにほっと胸を撫で下ろしつつ、強大な結界が二人によって作られたものだと思い知って目を剝く。

 背後からも引き攣った「うわぁ……」という声が聞こえたので神族基準でもとんでもないものなのだと嫌でも気付いてしまった。


「ごめんなさい、わたしが手伝えそうなの、ここまでみたい」

「ああ、休んでいてくれ」


 へたりとルネロームがその場に座り込む。ジェウセニューが慌てて駆け寄ると、へにゃりと笑って「ちょっと魔力使いすぎちゃった」と零した。

 怪我などではないことに安堵し、ジェウセニューは疲れと魔力枯渇で震える足を叱咤してヴァーンに並び立つ。


「父さん、あれ、壊すんだろ」

「ああ。あんなもの、この世にあってはならないからな」

「手伝う」

「……できるか」

「できるかできないかじゃない、やるんだ」

「若いなぁ……まあ、手があるのは有難い。合わせるから、力を貸してくれ」

「わかった!」


 大きく息を吸い込んで、前を見据える。

 もうほとんど魔力がないはずなのに、どうしてだか身体の奥底から力が湧き出てくるようだった。

 空気が暖かい。

 ゆっくりと息を吐き出す。

 遠くに見慣れない、つるりとしたフォルムの大砲に似たアーティファクトの姿が見えるようだった。

 あれはこの世にあってはならないものだ。

 壊さなきゃいけない。

 離れて左右に二つ。

 きっと大きな雷撃を落とせば壊れてくれるだろう。

 もう一度大きく深呼吸して、隣に立つヴァーンを見上げる。

 父の目は包帯に隠されて見えないが、ジェウセニューをじっと見つめていてくれるとわかった。

 二人で頷く。


「――雷精霊(ヴォルク)、そして世界を形造りし主に請う」

「――我ら神族、其に連なりし者、請うて願う」


 二人の声が重なる。


「――彼の者に雷帝の鉄槌を」

「――彼の者に神の裁きを」


 手を前へ。


「――悪夢の王を打ち払い、」

「――虚ろなる滅びを砕き、」


 魔力を込める。


「――今ひとたびの安息と安寧を」

「――我ら其に連なりし者、主に請う」


 ふと隣でヴァーンが笑った。


「――我らの力を以て永劫の悪を打倒さん」

「――今出でよ、蒼穹の彼方にて打ち滅ぼす正義の刃」


 二撃目の熱源が前方に現れる。

 だが、遅い。

 突き出した手をヴァーンの少しだけ大きな手が包んだ。


「――来たれり、ユルティム・マギアッ!!」


 力の限り叫ぶ。

 ごっそりと魔力がなくなる感覚。

 強大な一撃は暴風を伴って反乱軍――古アーティファクトに落ちた。

 一拍遅れて轟音。

 耳が痛くていっそ無音に感じる一瞬。

 ヴァーンがそっとジェウセニューより前に進み出た。


「聞け、無辜なる者ども。我が名はヴァーン、神族の長なり!」


 大きな声を出したわけでもないのに身体がびりびりと震える。

 ジェウセニューはふと、ヴァーンがなんらかの魔法を使って遠くにいる反乱軍の者たちに声を届けているのだと気付いた。

 奴らも同じように身体の芯が震えるような心地でこの声を聴いているのだろうか。


「貴様らの企みは潰えた。それでもまだ民を害し、おれを殺したいのであれば――ここまで来てみるがいい。おれは逃げも隠れもしない。おれはここにいるぞ!」


 わっと階下で歓声が上がった。

 反乱軍だけではなく全ての神界にいる者が聞いていたのだろう。

 静かに座り込んだジェウセニューの肩にルネロームの手が置かれる。

 母は疲れた顔をしていたが、それ以上に誇らしそうに父を見上げていた。


***


 熱が冷めて、ぼんやりとジェウセニューは執務室の隅からヴァーンを眺めていた。

 あれから倒れるようにしてヴァーンが息を吐き、慌ただしく人目につかない執務室に担ぎ込まれた。

 ヴァーンの肩からは夥しい血が出ていて顔色も真っ青だった。

 流石に神族の総本山なだけあって即座に治癒師が呼ばれ、治療が開始された。ついでとばかりにジェウセニューたちも治療される。

 犬耳のような帽子を被った青年が薬を持って駆け付けたことで、ヴァーンが蛇毒に侵されていたことを知った。

 さっと蒼褪めてルネロームを振り返れば、彼女も青い顔でジェウセニューの手を握る。

 二人は部屋の隅で見ていることしかできなかった。

 だというのに。


「……なんで父さん、普通に仕事してんの」

「流石に休んでほしいと思うわよねぇ」


 ルネロームも困ったように首を傾げる。

 そう、何故かヴァーンは執務室で仕事をしていた。

 事後処理だかなんだか知らないが、さっきまで死にそうな顔色をしていた男とは思えない。

 いくらなんでも今日くらいは休んでもいいだろうに。

 片腕は吊っているので書類になにか書き込んだりサインをしたりという仕事はしていないようだが、あちこちに指示を飛ばして忙しそうにしている。

 定期的に「休息を」「いらん、次」という会話をラセツとしているので、周囲の者たちも休んでほしいとは思っているようだ。

 本人が休む気にならないのでどうしようもないのだが。


「父さんって結構、仕事バカ?」

「うーん、いつも仕事したくないって言ってるけどねぇ」

「そろそろ殴ってベッド突っ込んだ方がいいんじゃない」

「その余力、ある?」

「……ない。オレも疲れた」


 やることもない、かといって邪魔をするわけにもいかず母子はだらだらと小声で喋っている。

 ヴァーンは族長だし、怪我人でもあるから、誰も実力行使で止めることもできないでいるのだろう。

 その点ジェウセニューなら気にすることもないのだが、流石にその力は残っていない。

 むしろさっきヴァーンと共に魔法を使えたのが奇跡なくらいだ。

 ジェウセニューもさっさとベッドに入って今すぐ眠ってしまいたいくらいに疲れている。

 だがそれをしないのは……。


「一段落したので、今日はここまでにしましょう」

「ん、わかった。ラセツもゆっくり休め」


 礼をしてラセツが執務室を出ていく。残されたのはジェウセニュー、ルネローム、そして部屋の主であるヴァーンだけだ。

 あれだけひっきりなしに出入りしていた神族の者たちもいつの間にかいなくなっている。


「とはいえ疲れたな」

「でしょうね」


 気まずそうに頭を掻くヴァーンにルネロームが呆れながら返す。

 気まずいと思うなら最初からやらなきゃいいのに、とジェウセニューは肩をすくめた。


「そうは言っても、おれにしかできないものとかあったからなぁ」

「それ以外はやってない?」

「……そう、でもない……」


 母と顔を見合わせてため息を吐く。

 ヴァーンはやはり気まずそうにあーとかうーとか唸っていた。


「あ、そ、そうだ。今日は泊っていくだろう? 飯はどうするかな……部屋に持ってきてもらうか」

「あ、いや、オレ、帰るよ」

「えっ」


 ヴァーンだけでなくルネロームも驚いた顔でジェウセニューを見た。

 そんな顔をされても、帰りたいものは帰りたいのだ。


「モミュアが今晩、カレーだって言ってたから。急いで帰りたい」

「……………………そ、れは……帰らざるをえないな……」


 ヴァーンの言葉に力強く頷く。横でルネロームが苦笑していた。

 ヴァーンが帰る準備を手配してくれるようで、魔力で作った鳥になにやら言付けて飛ばすのを見ながら、ジェウセニューは「父さん、」と改めて呼びかけた。

 どうした、とヴァーンが振り向く。

 べち、と緩く握った拳がヴァーンの頬に当たった。


「……え、」

「オレ、父さんにも、母さんにも、たくさん話したいことがあるんだ」

「うん?」

「<龍皇>サマに言われたんだ。オレ、もっと親にワガママ言っていいんだって」

「あの方、人の息子になに吹き込んでるんだ?」

「オレ、たくさん言いたいことがある。たくさん聞きたいことがある。けど、流石に今日は疲れたし、マンシンソーイだから、また今度、晩ご飯食べに来たときにでも時間がほしい。それまでに、もう少し頭ン中、整理しておくから」

「……わかった」


 言いたいことを言い終えると、タイミングを見計らったかのように執務室の扉が叩かれた。

 ヴァーンが許可を出すとシアリスカがひょっこりと顔を出す。


「ねー、ジェウセニューが帰るっていうけど、ルネロームも帰る? 二人とも帰るならヴァーンはこのままベッドに突っ込んで縛り付けるけど」

「そうねぇ、ヴァーンにはゆっくり休んでほしいし、今日は帰るわ」

「おれ縛り付けられんの? 自分で休めるからゆったりさせて?」

「自分で休まないから縛りまーす。わかった、二人を家に送り届ければいいんだよね」


 帰る準備ができたらしい。

 呼びに来たシアリスカに礼を言って、ヴァーンに軽く手を振り、ルネロームと並んで執務室を出る。


「わたしがいると、ヴァーンってばカッコつけちゃうからね」


 くすくすと笑う母と「カッコつけしいだもんね」なんてケラケラと笑うシアリスカの声を聞きながら、ジェウセニューはようやく終わろうとしている今日を思うのだった。

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