第45話 七色の光
高い『島』の一つで、精神統一に座禅を組んでいたスハイルアルムリフはふと目を開けた。
気配を感じる。
こちらを圧倒してやろうという、若々しくも猛々しい、快い気配が。
スハイルアルムリフは知れず口元を緩める。
またぞろあの小さな人属の子が仲間を引き連れて腕試しに来たのだろう。
もう既に何度目になるかわからない挑戦に、スハイルアルムリフは少しの楽しみを見出していた。
元は必要だからというだけの試練だった。だが、今は。
(さて、今日はどこから来るつもりだ)
足を組んだまま、いつでもどのような体勢にもなれるよう気を全身に行き渡らせる。仮にも<龍皇>の右翼を仰せつかっているのだ、無様な真似は許されない。いや、許さない。
スハイルアルムリフは耳をそばだて、風の動きを読む。
気配は九つ。
ジェウセニュー・サンダリアン、シュザベル・ウィンディガム、ミンティス・ウォルタ、フォヌメ・ファイニーズ、ネフネ・ノールド、イユ・シャイリーン、メルベッタ・ダーキー。そして我らが同胞たるマースティルダスカロスとアルゴストロフォス。
ところでアルゴストロフォスはともかく、何故指南役につけただけのマースティルダスカロスまで手を貸しているのだろうか。
まぁ、いい。
風が吹く。
初手でやってくるのは――、
「で、りゃ、あああああああっ! ヴォル……キャトル!!」
目を焼くような金色の奔流。
黒く短い髪に赤く燃えるような金色の双眸は見間違いようもない。
――ジェウセニュー、だと……!?
スハイルアルムリフは軽く目を見開く。
この試練はジェウセニュー本人が魔法によってスハイルアルムリフに一撃入れることが要だ。
陽動で誰か体格の似通った者を目くらましにするかと思っていたが。
当の本命が真っ先に来るとは。
なにを考えているのだろうか。スハイルアルムリフは訝しみながらも雷撃を無効化する。
霧散した金色が軽く肌を撫でるが、この程度で合格点をあげるわけにはいかない。そもそも鱗が現出するまでもない、風に吹かれただけのようなものだ。
(さて、次はどうくる?)
スハイルアルムリフは表情も動かさずに、正面に立った少年を見た。
***
――いいですか、セニュー。
ジェウセニューはシュザベルに言われたことを思い出す。
目の前には翡翠の双眸を爛々と輝かせた美しい一匹の龍。
気を抜けばすぐにでも身体が震えて立てなくなってしまいそうだ。
『――いいですか、セニュー』
ああ、わかってるよ、シュザ。
ジェウセニューは声に出さずに頷く。ここにはいない八人の友人たちに向かって。
『まず、裏の裏をかく方法を考えましょう』
『裏の、裏?』
『そう。ハイルさんは最終的にセニューが魔法で一撃入れに来る、と思っているはずです』
『そりゃ、それが条件だし』
『ならばセニューは力を温存して、囮の私たちが先に出てくると思うのが自然でしょう』
だから、とシュザベルは言った。
だから、“真っ先にジェウセニューが攻撃を仕掛ければ”スハイルアルムリフは驚くはずだ、と。
驚けばそれだけ隙ができる。その隙に――、
「ぷ、プランB!!」
「?」
ジェウセニューの突然の叫びにスハイルアルムリフは目を丸くする。
視界の端で大小の影が二つ、飛び出すのが見えた。
「盛り上がれ、ノリャ・ドゥー!」
「風よ――シフィユ・ドゥー!」
ネフネによってボコボコと盛り上がった柔らかな土が、シュザベルの風で細かな砂塵のように宙を舞う――簡易目くらましだ。
スハイルアルムリフは咄嗟に目を細めて腕で顔を守る。
その隙にジェウセニューは男の前から姿を消した。
『もう一つ、ハイルさんには重要な欠点があることに気付きました』
『欠点!? ハイルさんに?』
『はい。彼は龍族、それも種族内で一二を争うほどの強大な力を持つ実力者です』
『そう。だからどうやったら倒せるのかわからないんだよな』
『……だから、です』
『うん?』
『彼は強大な力を持っている。だからこそ、私たちのような小さな者と戦うことに慣れていないのですよ』
『……どゆこと?』
『ハイルさんは強大な力を持つと同時に、巨大な龍体をも持っています。あれだけ大きければ、私たちなんて本当に小さくてか弱い虫のようなもの』
『む、虫……』
『虫相手に本気で戦う人はいますか? 虫の大群ならばその巨体を生かして一気に叩けばいい。……ですから、今回のように、私たちのような羽虫を丁寧に、殺すことなく、傷付けすぎないように戦うというのは苦手の様子』
『……それが、欠点?』
『はい――欠点に、なりえるはずです。今回の場合は』
まさか自分を羽虫とさえ言ってのけるとは思わなかったが、シュザベルの目は本気だった。
スハイルアルムリフはあまり器用ではない。ちまちまとしたことは苦手だ。
それに気付いたのはシュザベルとイユが彼に稽古をつけてもらっていたからだ。
仲直りしたのだから一緒に修行してもいいのではと思っていたが、スハイルアルムリフの偵察を兼ねていたとは。ジェウセニューが考えないことまでシュザベルは考えている。
そういうところは尊敬しているのだ、ジェウセニューは。
振り返りながらもジェウセニューは気を引き締め直す。
まだ始まったばかりだ。気は抜けない。
簡易目くらましが晴れる前にポイントFに向かわなければ。
走る。
走って見えた先。
「フォヌメ!」
「ああ、わかっているとも! ――さぁ、炎神の子らよ――宴を始めよう!」
軽くフォヌメの肩を叩いてジェウセニューは走り去る。
フォヌメの詠唱が始まる。……先に聞いていた詠唱と違う気がするのは気のせいだろうか。
スハイルアルムリフにジェウセニューを追いかける理由はないが、そこは彼の甘さだろう。ゆっくりとした足取りだが確実にジェウセニューを追ってきてくれている。
その優しさに甘えてジェウセニューは更に走る。
ポイントF。
そう設定したのはスハイルアルムリフが瞑想していた『島』より東にある別の『島』。
ジェウセニューはそこに向かって龍体化したマースティルダスカロスの背を蹴る。
一足飛びで東の『島』の土を踏むと、ジェウセニューは一呼吸置いてまた身を隠した。
代わりにイユとメルベッタが飛び出す。
「輝きの鎖よ――ライル・ドゥー!」
「闇の槍よ――シェイグ・ドゥー!」
二人の詠唱で鋭い光の鎖と闇色の槍がスハイルアルムリフを射る。
小声でメルベッタが「ちゃんと、使えた……!」と喜んでいるのは誤差だ。
スハイルアルムリフは鎖と槍を難なく避けると、二人に向かって手刀を繰り出す。
イユがメルベッタの襟首を掴んで乱暴に引くことで回避。髪の毛先が数ミリメートル風に流されていったのはご愛敬だ。
受けたイユにはそれに魔力が全く籠っていなかったことに気付いた。
「ご、ごめん!」
「いいよ! ……次、来るぞ」
小声の応戦。
イユは短く詠唱して閃光をスハイルアルムリフに投げる。
目を庇うスハイルアルムリフ。その隙に二人はくるりと反転、離脱した。
それを風の感覚だけで見送って、スハイルアルムリフはなるほど、と小さく呟く。
「力を分散し、小出しにすることでこちらの消耗を狙っているのか? ふむ、龍族(われら)相手でなければ有効な手だろうな」
感心するスハイルアルムリフの横から詠唱の終わったフォヌメの炎弾が炸裂する。
スハイルアルムリフはそれを片手の一振りで消してしまった。
「なっ……この僕の美しき焔を見もせずに……!」
「ばっか! バカなこと言ってないでさっさと移動しろ!」
通りがかったミンティスに耳を引っ張られてフォヌメが去っていくのを見送り、スハイルアルムリフは肩をすくめてあからさまに誘導されている場へ向かうために足を踏み出した。
追う速度が速くて一度ミンティスの水弾が降り注ぐが、スハイルアルムリフはそれもさらりと躱してしまう。
ミンティスが小さく舌打って駆けていくのを小さく笑って見送るスハイルアルムリフ。
ジェウセニューは物陰からそれを見て、更に息を殺した。
――狩りの基本はまず、獲物に気付かれないようにすること。
そう、これは狩りだ。
小さいころから何度となくやってきた、狩りだ。
相手は大物。しかも特別に頭のいい主。
そんな格上ともいえる相手を仕留めるためには相手の裏をかかなければならない。
自分を自然の中に溶け込ませ、相手を油断させる。
それだけで足りない相手だから、今回は囮を使う。――友人たちだ。
罠を仕掛けて、そのポイントに獲物を誘き寄せる。そのための、囮。
風の多いこの龍族の里では風向きにも注意しなくてはならない。
ジェウセニューは気を付けつつ更に移動した。
「スハイルアルムリフさま、かくごー!」
威勢のいい声を上げてネフネとそう変わりない年齢の子どもの姿になったアルゴストロフォスが火を吹く。
スハイルアルムリフは事もなくそれを避けると、アルゴストロフォスの額を指で弾いた。
ゴッッッ、と人体からしてはいけない音がしてアルゴストロフォスは元の赤い子龍に戻る。
「うう、よーしゃないのだ……」
「同胞相手に加減しては礼にもとるからな」
小さな者にも容赦はないが丁寧に相手をしてくれるスハイルアルムリフへの最後の囮。
準備は整い、全員定位置につき、必要な者は詠唱を済ませた。
「アル、どけぇぇぇっ!」
ぴっと小さく鳴いてアルゴストロフォスがパッとスハイルアルムリフから離れる。
首を傾げたスハイルアルムリフはようやく、己の足元になにかが描き込まれているのに気付いた。
「……これ、は……」
シュザベルが最後の仕上げに円の最初と最後を繋ぐ。
「今だ!!」
ジェウセニューが吠え、七人の魔法族(セブンス・ジェム)たちが足元に両手を付けた。
「光の巫女よ――ライル・キャトル!」
「深淵なる闇よ――シェイグ・キャトル!」
「肥沃なる大地の精霊に請う――ノリャ・キャトル!」
「風より来たりし旅人――シフィユ・キャトル!」
「蒼き果てない水の女神――ウォタ・キャトル!」
「華麗なる炎の化身たる僕に力を――フィラ・キャトル!」
「――ヴォル・キャトル!」
七つの声が重なり足元の魔法陣が白く光る。
「何――ッ」
スハイルアルムリフは目を見開くがもう遅い。
文字に表せないような轟音が辺りに響き渡る。
魔法陣の中心にいたスハイルアルムリフを包み込み、天に向かって虹色の光が噴出した。
男の姿は影となって見えない。
少年たちはぽかんとその炎上するかのような七色を見上げた。
「……えっ」
「……えっ、ちょ……えっ」
「や、やりすぎた? 龍族相手とはいえ流石に全員でキャトルはやりすぎた?」
「キャトルはやりすぎって言った! キャトルはやりすぎって言った!」
「は、ハイルさぁん……!?」
口々に混乱を漏らす一方で、ふとジェウセニューだけが我に返る。
ジェウセニューは誰より早く地を蹴った。
光が消えていく。
拳を握り込む。
「――ヴォル……」
詠唱する暇などない。
「――サンク!!」
握り込んだ拳を放出。
全身に金色の鱗を出現させたスハイルアルムリフに向かって拳を突き出した。
雷鳴。
シュザベルたちは突然の強い光に目を覆う。
動かない。
音が止んだ。
時が止まったかのように誰一人として動けなかった。
光が収まり、風も止む。
「……あ、」
声を漏らしたのは誰だっただろうか。
魔法陣の中心で拳を突き出したまま動かないジェウセニューと拳を受け止めたままのスハイルアルムリフの姿が見えた。
全身の金色の鱗が徐々に光を収め、元のつるりとした人間と変わりない肌に戻っていく。――いや、一ヵ所だけ。
つぅ、とスハイルアルムリフの左頬に赤い雫が伝った。
パリ、パリ、と遅れて紫電が弾ける。
「――合格、だな」
ふ、と笑ったスハイルアルムリフは指で頬を拭い言う。
へたり、とジェウセニューは地面に座り込んだ。
「や……」
シュザベルたち六人とようやく空から降りてきた二人の龍族は目を丸くしてお互いを見やった。
「やったぁぁぁぁぁぁっ!!」
わっと全員がジェウセニューのもとへ駆ける。
スハイルアルムリフはすっと音もなくジェウセニューから離れもみくちゃになる少年たちを目を細めて眺める。
「やったよ、セニュー!」
「ハイルさんに一撃入れてやったんだ!」
「作戦成功!」
「やったじゃん、セニューくん!」
口々に言いながら誰も彼もがジェウセニューの黒髪を混ぜっ返す。
ジェウセニューは未だにぽかんと半分口を開けて放心していた。
「……ごうかく……?」
「そうですよ」
「オレ……外出ていい……?」
「うん」
「……ごう、かく……」
ぱちぱちと瞬き、ジェウセニューはくるりと辺りを見渡した。
ぐーぱーぐーぱー、手を無意味に動かす。
「や……」
いつの間にか遠くにいるスハイルアルムリフの左頬には小さいながらも赤い線が見えた。
じわじわと実感が湧いてくる。
「やったぁぁぁぁぁっ!!」
両腕を振り上げて全身で喜ぶ。振り上げた右腕がフォヌメに当たったような気がしたが気のせいということにしておいた。
(これで……母さんと父さんを探しに行ける!)
しかも小さな傷とはいえ、あの龍族の実力者に対してやってのけたのだ。
強くなった。
そう太鼓判を押してもいいだろう。
(もう、足手まといなんて思わせない!)
神族の上層部ほどの力を手に入れられたわけじゃない。流石にそこまでの力は求めていない。
けれど、今度こそ。
今度は。
(今度は、オレが二人を助ける番だ!)
ジェウセニューは拳を握りしめる。
新しい風が吹き始めていた。
***
アーティア・ロードフィールドは相棒のヴァーレンハイト・ルフェーヴル・メルディーヴァを連れて神界の地方へ向かった。
強く『視た』結果、そちらの方へ痕跡が見えたからだ。
アーティアは一度『目』を使いすぎて少々倒れかけたのだが……それは割愛する。
二人が向かった先はヤシャたちのいる天幕だった。
「やぁ、久しぶり」
おやと目を瞬かせたのは休憩中だったシュラとコウ・アマネ・エーゼルジュ。
補給用のさして美味しくもない携帯食料を齧っていたコウはそれを飲み込むと、アーティアに向かって大袈裟なほどに手を振った。
「ティアちゃん! ひっさしぶり~。十年ぶりくらい?」
「神族(ディエイティスト)時間出してこないで。半年くらいだから」
「そうだっけ。ま、いいや。どうしたの、わざわざこんなとこまで」
ちょっとね、とアーティアは肩をすくめて辺りを見渡す。目を細めてなにかを探すようなアーティアを見て、少女の能力とその使い道を察したコウは口を噤む。
隣でシュラは少女の相棒の男を見た。ヴァーレンハイトも肩をすくめて首を振る。
……こいつはポーズだけ取ってみただけで、ただ単に説明するのが面倒くさいだけだ。
「……最近、この近くで異様な魔力を検出するようなこと、あった?」
静かなアーティアの問いに、神族たちはぎくりと身体を固くした。
そこにどこぞから帰ってきたヤシャが天幕に現れる。
「お、ティアとヴァルじゃん。どうした?」
困った顔でどうしたものかと思案するコウと意外な珍客の姿を見比べる。
そしてなにか思い当たったのか、ああ、と小さく頷いた。
「ティア、また身長伸びた?」
「なにも思い当ってないよね、それ。ぼくは半分神族だからそんなにすぐ身長伸びない! 嫌がらせか!」
冗談だよ、とヤシャは笑って残った左手でアーティアの頭を撫でる。少女はバランスを取るのが難しいとわかっているのでその手を無理に跳ね除けられなかった。
「んで、どうした。……伯父関係か」
アーティアはこくりと小さく頷く。
それを見てシュラとコウが周囲に音声遮断の魔法をかけた。ついでにヴァーレンハイトも認識阻害の魔術を展開する。
アーティアの伯父――すなわち、ヴァーン関連の話だからだ。
こんな開けて誰が聞いているかわからない場所で簡単にできる話ではない。味方ばかりとはいえ、階級によってはまだまだ秘匿された情報だからだ。
アーティアは魔法と魔術が展開されたのを確認して口を開く。
「伯父さんたちの痕跡――というか、伯父さんたちを消した『何者か』の痕跡を追ってきた。流石にここまでは残ってなかったけど、四天王の人たちにここに反乱軍の奴らとヤシャたちがいるって聞いたから、とりあえず様子見に」
ざぁっと砂っぽい風が吹く。
アーティアは鬱陶しそうに自分の真っ白な髪を撫でた。
天気は憎らしいぐらいに快晴だ。
「あの場に残っていた正体不明の魔力……に、近いものをこの辺りに来てから感じるようになってる。はっきりとは見えないけど……なにか、手がかりになる痕跡はあるはずなんだ」
それを聞いてシュラとコウはそわそわと落ち着かない様子で携帯カップに入ったお茶を飲んでいる。
ヤシャは考えるように首を捻った。
「手がかり……それは場所か? モノか? 場所ならその場に行かないとわからねぇもんか?」
アーティアは少し考えて首を横に振る。
「いや……頑張ればその痕跡のある場所にあった――強い思念や魔力の残るモノを持ってきても視える、と思う」
「強い思念や魔力、ねぇ……」
不意にヤシャはポケットの中からごそりとなにかを取り出し、簡易机の上に置いた。シュラたちと共にアーティアもそれを覗き込む。
それはなにやら小さな部品のようだった。
アーティアの両目が強大な魔力を感知する。
「……これ……」
「ちょっと散歩がてら、な。リングベルが見つけてきた人質救出ルートの一つを使えるか試してみたんだが、ありゃハズレだな。人質見当たらなかったわ」
で、とヤシャは事も無げに部品のようなものを指し、けろりと言う。
「代わりに不気味なもん見つけたんで、土産に。役に立つんならいいが」
「……は? 人質救出ルートに? 散歩? は? なにやってるんですか、バカですか、バカなんですね私の兄弟は!? 現場の総司令官が直々に潜入捜査やってんじゃねぇぞこのボケナス!!」
「リングが思ったより優秀でなぁ。いくつかルート見つけてきたから使えるかどうかの確認しとこうと思って。睨み合いも飽きたし」
「飽きたの一言で行くな!! だから簡単に死にかけるんだよてめぇはよぉ!?」
「シュラ、シュラ、言いたいのはわかるけど口調。口調が戻ってるから」
わいわいと騒ぎ出す神族幼馴染組を余所に、アーティアはその部品のようなものをじっと見降ろした。
部品、というか、なにかの破片のようだ。
表面はなにでできているのか、つるりとしている。色はくすんだ金色に汚れた白のラインが入っているように見える。
「……ヴァル、これ、なにに見える?」
「……素材とか気にしないでカタチだけ見れば……テーブルの角が欠けたやつ、とか」
「素材はなんだろう」
「うーん……なんか、見た覚えが……」
ヴァーレンハイトは面倒くさそうにその辺に置いてあった簡易椅子を引っ張ってきて座る。それは元々ヤシャが座っていたものだが、今の彼は双子の弟に怒られるのが忙しそうだから勝手に使ってもいいものとした。
ううん、とヴァーレンハイトは腕を組んで唸り――ふと自分の腕に嵌っている細い腕輪の存在を思い出した。
「あ、これだ」
「どれ」
「これ。前にティアが物々交換の果てにくれた腕輪。使用魔力減少のアーティファクト」
「……ああ!」
これ、とヴァーレンハイトが軽く腕を持ち上げて見せたのはつるりとしたフォルムの簡素な腕輪。
以前アーティアが貰ったものの、ヴァーレンハイトの方が持っているに適していると判断して投げ寄越したものだ。
確かこれも古いアーティファクトだった――古い?
「……古アーティファクトの、欠片……」
言い合いをしていた神族たちもアーティアの呟きを拾って、はっと顔を見合わせた。
そう思って見れば、その素材のわからないナニカはアーティファクト特有の魔力を有しているように見えた。
そっとアーティアはそのナニカに手を伸ばす。
拾い上げて、手のひらの上で転がしてみた。
「……ちょっと、視てみる」
「……ほどほどにね」
ヴァーレンハイトが小さく声をかけてきたのを無視してアーティアは手のひらに乗る程度しかないそれを『視』た。
言いようのない、膨大な魔力がアーティアの双眸を照らした。
アーティアが小さく呻く。
ちか、と目の前が光り、『視』えたのは――、
「……大きな……古い、アーティファクト……」
目を細める。痛い。
まるでじりじりと目を焼かれているようだ。
「人……子ども? ……誰かと話してる……」
残念ながら声までは聞こえない。アーティアは『視』ているだけだ。
「大きな、アーティファクトをいじってる……? 改、造……」
「!」
「……それが……ふたつ……」
「二つ!?」
思わず声を上げた神族たちの言葉に耳も貸さずアーティアは更に欠片を注視する。
ずきり、ずきり、目が、頭が痛む。
「地図……印がつけられた場所に……移動、するのかな……うん、移動する途中でぶつけて、片方のアーティファクトが欠片を残して……これが、その欠片」
つぅ、とアーティアの目から一筋の赤が流れた。
がたりと音を立ててヴァーレンハイトが立ち上がる。
「ティア、もういい。もうそれ以上は……」
「ん、もう少し……」
「ああ、もう!」
血涙を流すアーティアの腕を掴んでヴァーレンハイトは少々乱暴にアーティファクトの欠片を少女の視界から遠ざけた。
ばちんっ、なにかが弾ける音がしてアーティアはぐらりと身体を傾かせる。
それをヴァーレンハイトが両手で受け止めて深いため息を吐く。
「……両目、酷使しすぎたら失明するって前におれ、説明したよね」
「……ごめん」
アーティアも、人知れず焦っていた。
従兄弟たるジェウセニューは無事だと確証がある。だが、伯父たるヴァーンと友人のルネロームは?
……四天王たちとはまた違い、アーティアもまたその凶報に衝撃を受けていたのだ。
ヴァーレンハイトの腕の中でアーティアが小さくヤシャを呼ぶ。
「どうした」
「この辺の地図、ある? 見えたもの書きたい」
「おう、用意する。……目は大丈夫か」
「へいき。ちょっと痛いだけ」
「ちょっとだろうと痛いもんは平気じゃねーんだわ」
ヤシャは苦笑してアーティアの目を軽く拭ってやる。血涙を流すほどがちょっととは思えなかった。
もぞもぞと居心地悪そうにアーティアはヴァーレンハイトの腹に背をつけると、ほうと息を吐いた。どうやら少し疲れたらしい。
「……ヤシャ」
「なんだ」
「お城の人たちから、ジェウセニューに連絡、とれる?」
「多分」
じゃあ、伝えて。
アーティアは眠たそうに身じろぎする。
「ジェウセニューを狙ってる……カムイに似た、少年……が、魔法族の、集落に――」
そこまで言ってアーティアは力尽きたのかこてりと首を傾げたようにして眠ってしまった。
ヴァーレンハイトは小さな少女を抱え直して外套の中に納める。
「……魔法族の集落……?」
「カムイに似た、少年……」
ヤシャとシュラが顔を見合わせた。
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