第43話 イユの話、メルの過去 3

「と、言うワケでぇ~、俺をかばったせいでメルベッタちゃんは魔法が使えなくなってしまったのでした~」


 アハハ、とイユはふざけた調子で、しかし自嘲に満ちた様子で締めくくった。

 話の途中から下を向いてしまっているので、シュザベルからはイユの表情が見えない。

 手元では行き場のない感情を吐き出すためか短い草を千切っては放って、まるで八つ当たりのようだ。


「ほんっと、バカだよねぇ……よりによって魔獣の子なんて拾ってさぁ……」

「……」


 ジェウセニューの家のあれこれで麻痺しがちだが、本来の魔獣というものはとても危険で凶暴な生き物である。恐ろしい生き物で、種類によっては相当な手練れの冒険者や旅人でなければ退治できないものさえ存在するくらいだ。

 幸い魔法族の集落のそばにはそれほどまでに強大な力を持つ魔獣は出現しないが、それでも年間数人ほど怪我をすることがあるくらいには厄介な存在だ。

 しかしその厄介さをまだよく知らない子どものことだ。

 怪我をしていたというから、弱っている姿を見てつい可哀そうだとでも思ってしまったのだろう。その厄介さを知り尽くした大人や(主に畑関係の害獣退治で知っている)地魔法族の者ならば、瞬間良心が咎めるだろうがそれを無視して見なかったことにすることは可能だろう。

 でも、十になるかならないかの子どもであれば、それは。


(弱者を助けたいと思う、その気持ちは間違っていないのでしょうが……)


 だがこの世界を生きる者としては間違いだったのだろう。小さな子どもを責めるわけにはいかないが、結果が結果なのでなにも言えない。

 ただ、目の前の青年は自分を責めすぎている、とシュザベルは思った。

 イユはまだブチブチと名もない草を千切っている。


「貴方が神界に行きたがったのは……」

「……うん、流石にそんな場所なら、メルベッタちゃんの魔法を取り戻す方法がわかるかなって。ごめんね、セニューくんのためじゃなくて」

「それは……構いませんが……」

「でも、やっぱついてきてよかった。この龍族の里でようやく、手がかり見つけられたから」


 そう呟くイユの表情は安心していて、どこか疲れているようにも見えた。

 この口ぶりと道中のメルベッタの様子から、イユが自主的に探していたのだろう。そして、メルベッタはそれを知らないようだった。

 いや、なにかを察してはいるようだが、具体的になにを探しているのかはわからないようだった。

 それがメルベッタの時折イユに向ける不安そうな視線の原因だろうか。

 それならば……、


「イユさんは……どうしてそれを一人で背負ってしまっているのでしょうか」


 え、と、ようやくイユがシュザベルの方を向いた。目をぱちくりと瞬かせ、シュザベルを見上げている。


「かつて、私は……大切な人に別れを告げました」

「……?」

「彼女のことが、本当に大切だから……離れるのが、そのときは一番いいことだと思ったんです。でも、私は彼女を諦めきれなかった。共に過ごしたかった。だから、ずっと一人でその方法がないか、どうして私たちは一緒にいてはいけないのかを探りました」


 三年以上前のことだ。

 シュザベルは現在の恋人であるティユ・ファイニーズに別れを告げた。

 当時は他種族との交際、婚姻等が禁忌であり認められていなかったからだ。おそらくその原因はそれぞれ七種の魔法族の質を、安定した数を守るため。

『封印の守り手』である魔法族を絶やさないためだった。

 今でこそシュザベルもそれを理解しているが、当時はその封印についてなどどのような書物にも一切触れられておらず、集落の誰も知らない状態だった。

 誰も知らないのに、律儀に守らなければならない決まりがあることが不満だった。

 だから、シュザベルは必死になって調べた。

 どうして魔法族の中ですら、他種族は交際してはならないのか。こんなにも近くに居るのに、と。

 転機が訪れたのは三年前の大精霊祭の日。

 シュザベルは生涯、あの日のことを忘れないだろう。


「三年前から魔法族は他種族との交際や婚姻、集落から離れることを禁忌とするのはやめました」

「……うん。それで俺とメルベッタちゃんは集落を出て旅をするようになった」

「はい。私は……再度、彼女に想いを告げ、晴れて彼女と共に歩むことができるようになりました」

「よかったじゃん」

「ふふ、はい。……ですが、かつて別れを告げた理由、そしてずっと一人であれこれと調べていたことを知られ……怒られました」


 怒られた? と、イユは首を傾げる。

 シュザベルは苦笑する。本当だったら、口にするのも恥ずかしい過去だ。いつもの友人たちがそばにいたならば絶対にこんな話はしない。したくない。

 でも、イユにはこの話をしてもいいと思った。いや、しておいた方がいいと思ったのだ。


「怒られたというか、叱られた……ですかね。彼女は言いました。『どうしてわたしたち二人の未来に関わることなのに、一人でなんでも決めてしまうの』、と」

「一人で……なんでも……」


 シュザベルはこくりと頷く。


「私のしていたことは、彼女と共に居るための道を探すこと。彼女と共に居たいと思っているのは私の自己満足で、エゴ。……そう思っていたのですが、幸か不幸か……いえ、幸せなことに、彼女も私と同じように、私と共に居たいと願っていてくれたのです」

「あっれ、これイユクン惚気られてる?」

「真面目な話なのですが?」


 おっと、ごめん、と、イユは肩をすくめる。


「私は探っていることを知られて集落から爪弾きにされる危険を冒しているつもりでした。だからこそ、彼女を巻き込みたくはなかった。ですが、彼女は『それこそ他人事じゃないんだから、巻き込んでよ』、と」

「……」

「それはそうです。だって、彼女の未来にも関わることだったのですから」


 イユはなにかを考えるように再び俯いた。


「……ここまで言えば、イユさんにも私の言いたいことがわかると思います」

「…………うん、」

「どうして、メルさん自身のことなのに、メルさんになにも話さず、イユさんが一人で全て背負う必要があるのですか」


 おそらくだが、シュザベルにはイユの考えが想像できる。

 きっと、自責の念に駆られているのだろう。経緯が経緯だから。

 それはわかる。シュザベルだって同じことがあったら、今のイユと同じことをするだろう。

 でも、それでメルベッタを不安にさせているのでは、本末転倒だ。


「それ、は……」


 イユは答えられない。


「自責の念に駆られるのは当然でしょう。私も同じ状況ならおそらく同じようにするでしょうから、気持ちはわかる……と思います」


 でも、それでは相手を傷付けるだけなのだ。


「一度、ちゃんとメルさんと向き合うことをお勧めします。……私と、彼女のようにすれ違いたくないのであれば」

「…………」


 イユは考え込む。

 少し脅すようになってしまったが、シュザベルは二人にはよくよく話し合う時間が必要だと思った。


「……まぁ、ある程度時間はありますし、別にここにいる間にしなければならないわけではないので、ゆっくり考えたらいいと思いますよ」

「……うん、そーする」


 イユはゆっくりと頷くと、遠くを眺めながら、また手元の草を抜いて適当に放った。

 風が吹いて千切られた草が宙を舞う。そのままシュザベルたちが来た方向へと飛んでいった。

 これからイユはしばらく悩むのだろう。

 別行動になった友人たちはそれぞれ技の研鑽をしたり、ファッションについて語ったりするのかもしれない。

 シュザベルができることと言えば、知識を深めることくらいだ。

 空気に徹していてくれていたスハイルアルムリフを窺うと、すぐに気付いて視線だけでなにかと問うてきた。

 彼に質問などをするだけでなく、強くなる方法を聞いてみるのもいいかもしれない。

 シュザベルは青い空を見上げる。

 いつの間にか、日が傾き始めていた。

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