第40話 魔法族の集落では 6
風が吹く。
少し強い風だ。
ティユ・ファイニーズは読んでいた本のページを片手で抑えた。花の香りに意識が現実に引き戻され、本から顔を上げる。
随分と読書に熱中してしまっていたようだ。いつの間にか遠くに見えていたはずの黒い雲が近くにまで来ている。夜には雨が降るだろう。家の裏の花壇に雨除けカバーをかけるべきかと思案する。
先程まで読んでいたのは百五十年ほど前のリーヴルという人物が著した極西にあるアポミナリア遺跡について記された分厚い学術書籍だ。
母に店番を頼まれたのでこうして店先に椅子を持ってきて読んでいるのだが、少しばかり集中し過ぎていたようで、店奥の作業台を見れば近所のおばさんの字で『イーラの花とペトル・グラスの花を貰っていきますね』と書かれたメモにその分の代金が重しとして置かれているのが見えた。
ティユはやってしまったと眉を下げる。
きっとおばさんは声をかけてくれたのだろうが、反応しなかったのだろう。明日にでもおばさんの好きなペコラ草でも持ってお詫びに行こう、とティユは代金とメモを拾い上げる。
雨のにおいが近付いてきている。
代金を指定の場所に仕舞って、店先に出る。空を見上げると先程よりも更に雨雲が近付いてきていた。
「嫌な雲ね……なんだか嵐が来そう」
不意に恋人のシュザベル・ウィンディガムのことを思い出した。
彼がこの集落を旅立ってもうどれほどになるだろう。こんなに会わなかったのは――数年前、彼に別れを切り出されて避けられていたとき以来だ。
ティユはふるりと肩を震わせ、腕を擦る。
今は避けられているわけでもないから平気だ。
彼だって、しばらくしたら帰ってくると約束してくれた。
……無事だろうか。旅というものは過酷だと聞く。
(怪我とかしてないといいけど)
胸の上で煌めく緑石の指輪をそっと撫でる。
なんだか悪い予感がするのはどうしてだろう。
ちなみに一緒に旅立った下の弟のことは心配していない。あの子は何気に豪運で、自分で思っているよりも頑丈だから。
心配するとしたらその弟が周りに迷惑をかけていないかくらいだ。
「……みんなで無事に帰ってきて……」
しばらく炎精霊神殿の方角に祈りを捧げ、ティユは店終いの準備をしようと椅子の上に置いた本を取った。
ぴしり、
身体が固まってしまったかのように突然、引き攣る。力が抜けたせいで本が地面に音を立てて転がった。
「……え……?」
かくりと足からも力が抜けてティユはその場に座り込むようにして崩れ落ちる。
なにが起こった?
ティユはぱちりと目を瞬いた。
それは一瞬の出来事。
あっという間に通り過ぎた違和感はもうどこにもなかった。
しびれたような脳の奥が警鐘を鳴らしている以外は。
「今、の……は……」
はっと空を見上げる。遠くで雨雲が稲光を堪えきれずにこぼしている。
「……レフィス……?」
炎精霊神殿の方角を見る。なんだか、嫌な感じがした。
立ち上がって全身に力が入ることを確認し、一人頷く。
ちょうどそのとき、店の奥から妹がひょこりと顔を出した。
「ティユお姉様、そろそろ片付けの時間ですわよね? お手伝い……」
「シュマ、ごめんね! ちょっとわたし、レフィスのところ行ってくる!」
「え、ちょ……お姉様!?」
シュマの声を背に、ティユは神殿へ向けて走り出した。
神殿はそれほど遠くはない。なのに、どうしてこんなにも急いて息が苦しいのだろう。
神殿の前に人がいる。
そのうち、上の弟が地面に蹲っているのが目に入った。
「レフィス!」
「ティユ姉さん!?」
ぎょっと目を見開いたレフィスは水精霊神官ラキアに支えられていた。彼らの顔色は悪い。
その前に立ち塞がるようにしてラキアの幼馴染ミシアが手を広げ、なにかを睨み付けている。
視線の先を辿れば、驚いた顔で座り込むリークとモミュア。その前に立つ見知らぬ少年。
ああ、と少年の薄い唇が小さく歪む。
「また人が増えてしまっタ……やはリ、無計画はいけませんネ」
「あなたは……誰?」
蹲ったレフィスのそばにしゃがみ込み、ティユは視線だけを少年に向けた。
よく見れば少年に対峙するようにして雷精霊神官ニトーレと守護精霊クロアがいる。そのそばにはラキアのもう一人の幼馴染であるミズナギが腰を抜かしたようにして座り込んでいた。
なにがあった?
視線だけでラキアに問う。
ラキアは震える声で、そっと「突然、彼が炎精霊を奪ったんだ」と囁いた。
息をのむ。
炎精霊を奪った?
苦虫を噛み潰したような顔でレフィスは小さく「大丈夫」と肩に置いたティユの手を軽く叩いた。
「大丈夫って、なにが……」
「すぐ、取り戻す……。ティユは、大丈夫か?」
「……少し、身体が痺れただけ。今はもうなんともないわ」
そう、とレフィスは胸を撫で下ろした。
ティユは呆れてレフィスのこめかみをつつく。どうしてこんな状況で人の心配をしているのだろうか、この弟は。
ティユとレフィスは、レフィスとフォヌメほど似た顔立ちはしていないが、双子である。昔から時折、どういうわけだか片割れのことを察することが出来た。
二歳のころ、ティユは親が目を離した隙に椅子から落ちた。頭を赤くして泣いたのはレフィスの方だった。
五歳のころ、レフィスに炎精霊神官の資格があるとわかった。遊びに出ていたはずのティユは突然家に帰ると言って周囲を困らせていた。
六歳のころ、一人で遊びに行ったレフィスが帰らないとき、ティユが突然泣き出し足を痛がった。そのほぼ同時刻にレフィスはちょっとした段差から転がり落ち、足をくじいていた。
その他にも迷子になったティユを、当時まだ行ったことのなかった港にレフィスが真っすぐ探しに行って見つけたり、片方が怪我をした箇所と同じところを痛がったりすることがよくあった。
年齢が二桁になったころから少しずつ頻度は減っていったが、時折二人は同調したかのようにお互いを強く感じることがあるのだ。
そして今。
まさにレフィスの危機だった。先程ティユが感じた全身の違和感は、レフィスの命と同じくする炎精霊が彼のそばを意図せず離れたから。
強い痛みだった。
それは即ち、彼の命をも削られたのだという証。
「……っ」
ティユはそっと立ち上がって少年を見る。
見たこともない、知らない少年だ。
冷たくなってきた風が彼の琥珀色の髪を揺らしている。詰襟のシャツに前合わせの変わった服。大きな斜め掛けの鞄。
そして、右手には小さな鳥籠。その中に見える、見慣れた炎精霊の姿。
ティユには彼(彼女)の声は聞こえないが、炎精霊は焦ったようにくるくると鳥籠の中を回っている。出口を探しているようだ。
甘えん坊な彼(彼女)のことだ。きっとレフィスの名を呼んでいるに違いない。
ティユは少年から目をそらさずに早口で短縮詠唱を終わらせる。
ぽ、ぽ、ぽ、ぽ、ぽ、と焔の弾丸がティユの周囲で回転する。
「悪いけど、事情は聞かないわ。炎精霊さまを返してもらう! ――フィラ・ドゥー!」
重弾となった火焔が少年に炸裂した。
少年は避ける間もなく――じゅわ、と水蒸気を上げてティユの重弾が蒸発した。
「!」
真っ白な水蒸気が霧散し、少年の姿が再びティユたちの前に現わされる。その姿は無傷。
どうして、と呟いてティユは目を見開いた。
横でミシアも驚いたようにまつげを震わせる。
少年の前に立っていたのは――若い女性の姿が二つ。
一人は黄みがかった淡い色の髪を靡かせている。その髪からひょこりと覗くのは虎柄の三角の獣耳。ネコ科のそれは周囲を警戒するようにぴくりぴくりと動いている。長い尻尾は毛を逆立たせてぴんと天を向いていた。
もう一人は赤みがかったセミショート。そこから延びる角はくるりと丸まっており、白いふかふかとした耳は申し訳なさそうにへにょりと垂れていた。薄紅のコートを寒そうに掛け合わせる姿は……見慣れない姿だが、よく見慣れた少女のもの。
「の……ノノカ……?」
「ストラ!」
「……レーさま、ごめん……ノノ、無理……」
ぼそりと呟かれるようにして落とされた声は聞き慣れたものよりも低い。
成長した姿を晒したノノカとストラは少年を守るようにして立っていた。
先程ティユの重弾を蒸発させたのはストラの水魔法だと気付いて、一同ははっと息をのんだ。
「ノノ、炎精霊、守る……スト、水精霊、守る……役目。だから……レーさま、ごめん……」
すっと上げられるノノカの右手は真っ直ぐにレフィスの方を向いている。
腕が振るえている。
ぱちりと瞬きした瞬間、ノノカの目から光が消え、綺麗な星のように金色に光る瞳は石ころのように沈んだ。
見ればストラの目も同じように輝きをなくしている。ただの人形のようだ。
今まで考えたこともなかったが、守護精霊の優先順位は精霊神官ではなく精霊そのものということか。
もっとも、精霊が離れてしまえば普通、精霊神官の命はないも同然なので知る機会がある方がおかしいのだが。
「――フィラ・トロワ」
「――ウォタ・トロワ」
炎の弾丸がティユやミシアたちに向かって、水の槍がニトーレたちに向かって放たれる。
「ええっと、――水よ、壁となり我らを守れ! ――ウォタ・ドゥー!」
「雷よ、盾となれ! ――ヴォル・ドゥー!」
ミシアとニトーレの短縮詠唱。
目の前で火焔が蒸発し、ティユの頬を熱風が撫でる。
「ストラ!」
クロアの姿が成長し、ストラとノノカ同等の姿に変化する。がしりとクロアはストラと組み合い、拮抗した力で地面が抉れた。
バチバチと雷電が、流れる水の帯が二人の周囲でぶつかり合う。
背後からニトーレがいくつか雷魔法を放っているが、全てストラの溢れ出る魔力に飲み込まれている。
「ストラ! そのまま魔力を使えばラキアが死ぬぞ!?」
「フーッ」
組み合うままの二人は動けず、ニトーレの補助なしにクロアは拮抗を保てない。
ティユの背後でラキアが苦しそうに呻いた。
かと言ってティユとミシアもそちらに加勢は出来ない。目の前のノノカがさせてくれない。
舞い散る木の葉のように火の粉がノノカを守るようにして発生している。それを抜けるだけの魔法力がミシアにはなかった。
つうとミシアの頬を汗が伝う。
レフィスとラキアを守るためにティユは手を広げて重弾を量産するが、火力はノノカの方が上だった。
ミズナギは泣きそうになりながら精霊を奪われた二人の精霊神官を引っ張ってなるべく安全な場所へ下がろうとしているが、ラキア一人ならまだしもレフィスも一緒だ。青年二人を抱える腕力をミズナギは持っていない。
ティユは下唇を噛む。
重弾が出来るとて、彼女はただの勉強好きの小娘だ。実戦経験なんてない。
ミシアは多少、魔獣討伐に加わったことはあるらしいが、そもそも相手は魔獣よりも力ある精霊直属の守護精霊だ。
精霊神官の力量によって守護精霊の力は変わる。後ろで力を吸われている弟たちを見れば、守護精霊の力は限界まで引き出されていると思ってもいいだろう。
彼女たちを傷付けるわけにはいかない。けれど、そんなことを言っていられるほどこちらの戦力は芳しくない。
横でミシアが奥歯を噛み締める。
何度も蒸発する火焔と水の奔流のせいで屋外だというのに蒸し暑い。まるで東方の夏のようだ。
「し、シンラくん! やめ……やめて! どうしたの!?」
「シンラクくん、一体なにを……!?」
シンラクというのは少年の名前だろうか。リークとモミュアが少年の足に縋りつく。
少年は二人を困ったように見下ろし、首を振った。
「すみませン、小生は確かに精霊の力を欲しはしましたガ、守護精霊までは計算外でス」
「と、止められないの?」
「はイ。彼女たちの意思を操るような真似ハ、決しテ……」
ただ、と少年は首を傾げる。
「このアーティファクト……鳥籠の効果でしょうカ? どうやら守護精霊は錯乱状態にあるようですネ」
こちらには好都合でス、と少年はそっと少女たちの手を外した。
「リークさん、モミュアさん、騙したつもりはありませんガ、申し訳ありませン。小生には精霊の力が必要なのでス。案内、ありがとうございましタ。そして、友人だと言ってくれたことモ……嬉しかっタ。その気持ちは嘘ではありませン」
「シンラくん……」
「少しだケ、精霊をお借りしますがすぐに返しますのデ、そのまま守護精霊さんと遊んでいてくださイ」
少年はそう言うと炎精霊の入った鳥籠を鞄の中に仕舞い、代わりに空の鳥籠を取り出した。軽く振るとベルのようにりぃんと鳴る。
ぐらりとニトーレの体が傾いだ。
「……抵抗しないでくださイ。苦しいのはお嫌でしょウ?」
「るっせぇ……黙ってそこの二人みてぇにほいほい精霊盗られてたまるかっ」
「いや、オレたちもほいほい盗られたわけでは……」
弟たちがもごもごと小さく口を動かすが、ニトーレは無視した。
ちらりとミシアがティユを見る。
「ねぇ、ボクがあの羊っ子を抑えるから、ティユはあのがきんちょの邪魔して」
「……わかった」
にっとミシアは口角を上げると、一直線にノノカへと走った。いつの間にか纏った水の膜がノノカの火焔を防ぐ。それでも全ては躱しきれずにミシアの髪や服を焼いた。
ミシア、と背後でラキアが叫ぶが彼の動きは止まらない。
ミシアの細い足がノノカの横っ面を叩く。ノノカはそれを両手で受け止めた。
じゅう、とズボンが焼け、ミシアの足が焼ける音がする。
「っう……」
「ミシア!」
ティユは小さく詠唱していた何度目かの重弾を形成、ノノカの後ろにいる少年へと放つ。そのうちのいくつかがノノカの火の粉に取り込まれ、ティユとミシアへ火の雨を降らせた。
「きゃあっ」
「ティユ!」
後退るが、弟たちに危害を加えさせるものかと踵に力を入れて踏ん張る。
少年は驚いたようだが火焔弾を食らった様子はなかった。りぃんという音が止まる。
「ッ、邪魔しないでくださイ……傷付けるつもりはありませン」
「水精霊(ラキアのたいせつなもの)奪った時点でっ、傷付きまくりなんだよっ!」
足を掴まれたままのミシアが拳をノノカの頭に叩き込んだ。ノノカはその場から動かなかったが、額が割れたようでつうと赤い雫が鼻の方へ伝っていった。
げ、とラキアが顔を引き攣らせる。
「お、おまえの馬鹿力じゃ守護精霊と言えども無事では……」
「だいじょーぶ! 足取られて力入んなかったから!」
言いながらミシアは再び取られた右足に力を込める。じりじりと肉の焼けるにおい。ノノカは両足で踏ん張っているが、地面を靴底が抉った。
ぽたり、ノノカの血が土に落ちる。
水膜で誤魔化してはいるが、ミシアの足もそろそろ限界だろう。少女のようなミシアの顔が苦痛に歪んでいる。
ティユの力では少年まで火焔が届かない。
悔しい。
弟一人、助けられないなんて。
ティユは唇を噛む。鉄を噛んだような味がした。
「……仕方ありませんネ。雷精霊はあとでお借りしまス。それまでここで守護精霊さんたちと遊んでいてくださイ」
くるりと少年が背を向ける。
行かせてはいけない。
行かせてしまえば、次は光か、闇か、地か……風か。
(シュザベル……っ)
脳裏を過るのは彼の姿。彼だったら、この場をどうやって切り抜けるだろうか。
ノノカの火の粉がティユの肌を焼く。
じわりと目尻に浮かんだ涙は周囲の熱であっという間に乾いてしまった。
「――炎精霊よ」
小さく破れた唇が何度目かの詠唱を始める。
きっとこの重弾を放てばティユの魔力は枯渇して動けなくなるだろう。それでも、背後には守るべき家族が、友人がいた。
「――全てを焼く業火よ」
ティユは手を広げてきつと少年を睨み付ける。
「――我が魂の焔よ」
弟が焦った声でティユを呼んでいる。
先程、視界の端で妹が誰かを呼びに行くのが見えた。他にも何人かの人が力の強い大人や他の集落の精霊神官を呼びに行く声が聞こえた。
「――煌めきを、力に変えて」
あと少し。
あと少しだけでいい。
ティユならば少年を足止め出来るはずだ。それくらいなら、出来るはずだ。
切れた唇に浮かぶのは笑み。
「――我が刃となれ!」
ティユの周囲に火焔が舞う。
もう外の音は聞こえなかった。
少年の足が止まり、こちらを振り返る。
炎魔法族とは違う赤の両眼が驚愕に見開かれた。
「――フィラ・キャトル!」
ティユの髪すら焼いて、流星のように赤い槍が少年へと向かった。
いくつかは手前のノノカとストラにかき消された。
それでも勢いを失わない焔槍は少年を襲った。
少年は足元の少女たちを守るようにそこを動かない。
少年に槍が突き刺さる――はずだった。
「えっ」
声を上げたのは誰だっただろう。
ティユの焔槍は少年の前で大きな蛇へと変わり地面に落ちた。
「――アーティファクト・魔蛇の誘い」
少年の手にはいつの間にか小さく細長い笛のようなものが握られていた。少年の薄い唇がそっとそれを吹く。
ぷわぁん、とあまり聞き慣れない笛の音がした。音に合わせて地面の蛇たちが鎌首をもたげる。
長さは少年の身長くらい。頭は小ぶりのスイカくらいありそうだった。
それがしゅるしゅると赤い舌と身体をくねらせてティユを睨む。
逃げろ、と誰かが叫んだ。
けれどもう、ティユには足を動かすほどの力は残っていなかった。
「ティユ!」
シュザベルの声の幻聴まで聞こえた。
ティユはかくりとその場に座り込む。大きな蛇がぬらぬらとした口を大きく開けて跳びかかってくる。
ティユはゆっくりと目を閉じて――
「馬鹿ですか、貴女は!」
驚いて目を開けた。
目の前に、いないはずの人が立っている。
見慣れないくたびれた外套を羽織った、見慣れた薄い緑の髪が揺れている。
「――シフィユ・ドゥー!」
風が刃となって大きな蛇の首を刈り取った。
ぼとぼとと地面に落ちた蛇は一瞬だけ炎のように揺らめくと、風によって掻き消えた。
大丈夫ですか、とティユの前に跪いて肩を抱くのは――
「シュザ……ベル……?」
「はい。遅くなって、申し訳ありませんでした」
見間違いようのない若草色の双眸がティユを映していた。
ティユの中で張り詰めていたものが解けて、暖かい雫が瞳から零れ落ちた。シュザベルは慌ててどこか痛いのかと聞いてくるが、ティユは首を横に振る。
いいや、本当は全身が火傷で痛い。髪だって、一部焼けてしまった。
それでもティユは力の入らない両腕に力を入れてシュザベルの首へと回した。
「ばか、遅いわよ……」
すみません、と彼はもう一度謝る。
本当は、彼はなにも悪くないとティユだってわかっている。
涙は止まらなかった。
「もう、イチャイチャするのはあとでにしてくれる?」
「無事か、姉さん……あと兄さんも!」
声の方を見れば、シュザベルの友人ミンティスと下の弟フォヌメがシュザベルの前に立ち塞がっていた。
どさりと残りの大蛇が地面に落ちる。
新手の登場に少年は一歩、後退する。
「おっと、逃がさねぇぞ、シンラク・フォート!」
更に新手。
黒髪に薄っすら赤く光る黄色の目。
「セニュー……!」
少年の足元でモミュアがほうと息を吐いた。
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