第38話 魔法族の集落では 4

 水精霊神殿の応接室に入り、護衛神官たちに近寄らないように言いつけ、ラキアとレフィスを除く四人は簡素な椅子に座った。護衛神官が持ってきてくれたお茶を口に含んで一息吐く。

 ラキアは今、水精霊も守護精霊もいない以上守りが薄い。なのでレフィスをつけたが、ラキアの幼馴染二人への説明はレフィスに任せた方がよかったかもしれないとニトーレは少し後悔していた。


「それで、話しってなんですか、ニトーレさま」


 ミズナギはいい。真面目だし、ちゃんと人の話を聞こうという姿勢がある。

 問題はミシアだ。こいつはどうにも人の話を聞いているのかいないのかわからない。あと本当にラキア以外に興味がない。どうやったらこんなちゃらんぽらんが育つんだ、ラキアよ。

 ニトーレは地味に痛むこめかみを押さえて簡単に、今ラキアが陥っている状態について説明した。

 ミズナギは両手で口を覆って声を出すのを控えていたが、目を見開いて驚いている。

 ミシアは――ラキアがピンチということは理解したらしく、ぽかんと口を開けていた。


「……は?」

「それでおまえたちも、なにかラキアの身の周りで変わったことなかったか、気付いたことはないかを聞きてぇんだが」

「は?」


 ミシア、壊れたように「は?」しか言わない問題。

 ニトーレはミズナギを見るが、少女は首を横に振る。


「私は……特に気付いたことも思い当たることもないです……すみません」

「いや、俺たちもラキア自身も気付かなかったんだ。謝ることじゃない」


 ミズナギはそれでもなにか思い出せることはないかとうんうん唸っている。

 ちょうど三人が黙ったとき、ラキアとレフィスが応接室に顔を出した。ラキアは本日二度目の風呂である。

 中途半端に乾かした髪にタオルを乗せて、自分の普段着である青の上下に着替えていた。


「なんだ、服も着替えたのか。似合ってなくて面白かったのに」

「似合ってないのわかってて着せたのか……?」


 二人のやり取りを聞いてレフィスは楽しそうにケラケラと笑っている。


「はぁ!?」


 突然、ミシアが大声を上げて椅子から立ち上がった。

 横のミズナギと立ったままのラキアがびくりと身体を震わせた。

 どうした、と問うニトーレの声に反応しないミシアの服の裾をミズナギが恐る恐る引っ張る。


「どうしたの、ミシア?」

「はぁ? ラキアから大事なものを奪ったやつがいる? は? ボクの許可なく? え? なんで? なんでラキアなの? ボクのラキアを困らせてるやつがいるの? は? 許されなくない? ――ぶっ潰す!」

「ラキアは大丈――待って、ミシア。待って、なにも情報がないのにどこに行くの!? あ、お茶が……っ」

「……え、ミシアがこんなに慌てるって実は本気でヤバい? いや、まぁ、ラドミッドさまにバレたら本当に殺されるよな……死にたくない……まだ死にたくない……」

「ああ、可哀想なラキア! すぐにボクが助けてあげるからねとりあえず犯人は潰す!」

「だからミシア、落ち着いて……ラキアも大丈夫だから! そのためにニトーレさまたちが来てくれたんでしょう? 落ち着い――ああ、ミシア、窓から外に出ようとしないで!」


 暴走するミシア、止めようとするミズナギ、それを見て鬱にスイッチが入るラキア、それを落ち着かせようとするミズナギ……混沌とした声が応接室に響いた。

 はは、とニトーレは乾いた笑いをこぼす。


「あっはははは、ミズミシラキは相変わらず仲が良くて愉快だなぁ」

「いや、ニトーレさん……おい、ニトーレ! 現実逃避しないでこれどうにかして!」

「っていうか変な括り方しないでくださいよ! ああ、お茶こぼれた!」


 ニトーレは肩を落として特大のため息を吐いた。どうしろというのだ。ニトーレの横ではクロアが猫のように毛を逆立てて左腕にしがみついている。完全に警戒する子猫状態だ。

 それを引き剥がして、窓から出ようとするミシアの脳天に拳骨を落とし床に座らせる。続いてラキアにデコピンして意識を現実に引き戻させ、ついでにレフィスの頭に手刀を落としておいた。

 大人しくなった青年たちを放置してミズナギの前のカップを拾った。中身は全部、床のカーペットが吸ってしまっているがカップが割れて怪我をしなかっただけいいとしよう。

 椅子に座り直したニトーレは懐から外で見つけた魔法陣を写した紙を取り出して、全員に見えるようにティーテーブルの上に置いた。

 顔を見合わせたラキアとレフィス、ノノカもそろそろと空いた椅子に座り、それを眺める。ミシアは大人しく床に座らせたままだ。勝手に立ち上がってどこかに行かないように、正座した膝の上にクロアを乗せておく。


「さて、特に手掛かりがない今、水精霊を連れ去った犯人が残したのは神殿周囲に置かれたこの魔法陣(血痕入り)だけだが……これについてなにか意見があるやつはいるか?」

「何度見ても、見たことのない陣だよね。ティユ姉さんならなにか知らないかな?」


 レフィスの双子の姉であるティユは勉強家で、特に考古学に造詣が深い。古い遺跡や遺物がメインだが、古い魔法にも多少は学があるようだ。

 ちなみに、ティユとレフィスは旅立たせたフォヌメの兄姉である。

 参考としてティユに話を聞きに行くことも選択肢に入れて、ニトーレは腕を組んだ。


「俺としては、気になったのはこの陣が彫り込まれていた場所だな」

「場所? 確か……神殿の角の柱に彫り込まれていたとか」

「ああ。結界としての陣ならその配置になるのはわかる。けど、どうして柱の下の方だったんだ? 俺はともかく、クロたちの目線ではすぐに見つかる……ということはガキには見つけやすい高さってことだ。見つかりにくく消しにくい場所として高い場所に彫り込んだ方がいいんじゃねぇか?」

「あー、確かに」


 けれど犯人はあえて子どもの目線で見つけられるような場所に魔法陣を設置している。

 一応、時限式の人払い魔法もかけられていて集落の子どもたちが近付いて見つけるようなことはなかったが、神殿内には護衛神官たちが残っていた。いつ誰が見つけてもおかしくない状態だった。

 見つかれば訝られるのは目に見えている。それでもどうしてだか犯人は見つかっても構わないと言わんばかりに堂々と魔法陣を残していった。


「そもそも、犯人の目的がわからないな……どうしてオレはまだ生きているんだ? 精霊を奪うのが目的じゃないのか?」


 ラキアが不安そうに首を傾げる。

 時折、魔族(ディフリクト)が精霊を奪おうと襲撃してきたこともあるが、そのときは精霊神官の命など顧みない方法ばかりだった。

 今回も魔族の仕業だろうか。だとすれば、どうして姿を現さず、精霊神官を殺そうとしないのか。


「……今回は魔族の仕業じゃない、とか?」

「まぁ、魔族はいつも真正面から来るもんな……」


 まだ魔族ではないと確定したわけではないので容疑者候補から除外はしないが、他の犯人像も上げておくべきだろう。


「今更、誰か集落の人が精霊をどうこうするとは思いたくないなぁ」

「顔見知りの犯行は気まずいしな……」

「あとは観光客か? こないだ神殿に入れろって騒いでたやつはどうなったんだったか」

「あの人たちならしばらくごねて、駄目だとわかったら船乗って帰ってったよ」


 港や集落の入り口に検問を敷いているわけではないので出入りが自由過ぎて、今何人の観光客がいるのか誰も把握出来ていない。港の宿に問い合わせれば宿泊客の数くらいわかるだろうが、何人かの割合で集落の人と意気投合した観光客がその住人の家に泊まっているというケースもある。その場合は宿に問い合わせたところでわかるはずもない。

 というか折角の数少ない客だ。敵だとは思いたくはない。


「とりあえずティユ姉さんに魔法陣について聞いてみない?」

「そうだな。ただ話してても仕方ねぇか」


 冷めたお茶を飲み干して椅子から立ち上がる。当然のようにミシアも床から立ち上がった。膝に乗っていたクロアがころりと転がった。


「……ついてくる気か?」

「とーっぜんでしょ! だって、ラキアのピンチなんだよ?」

「まぁ、人手があるのはいいか。邪魔すんなよ」

「だーいじょーうぶ! ラキアに迷惑をかけたことなんて一度もないよ!」

「えっ」

「えっ」


 ミシアはふふんと胸を張るが、それを見た幼馴染二人は目を丸くしている。よく仲良くしてるな、こいつら、と思いながらもニトーレは気付かなかったことにした。

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