第35話 魔法族の集落では 1
青年は一人、魔法族(セブンス・ジェム)の集落に立っていた。
ここには知り合いもいない。
ここには彼を知る者はいない。
ここには――、
「小生の求めるものがあるのでしょうカ」
詰襟の上に着込んだ前合わせの服の懐を漁って、小さな箱を取り出す。
琥珀色の髪が風に揺れる。
からん、と小箱から幽かな音がした。
「……まダ、元気なようですネ」
ふふ、笑いながら青年は小箱を仕舞った。代わりに取り出したのは鳥籠のような入れ物。
中には青く光るなにかが入っていた。
りぃん、りぃん、
光るなにかが鈴のような音を発する。
青年はそれを見て、小さく首を傾げた。
「申し訳ありませン。小生、精霊の言葉はわからないのですヨ」
りぃん、りぃん、
怒ったようにそれは鳥籠を内側から叩く。しかし意外にも頑丈なようでびくともしない。
りりりりりぃん、りぃん……、
青い光は寂しそうに、苦しそうに鳴いた。
青年は口角を上げて鳥籠を顔の高さまで掲げる。
風が吹く。
風が吹く。
「ふフ、そのまま大人しくしておいてくださイ。小生はなにモ、あなた方を害そうというわけではないのでス。たダ――力を貸してほしいだケ」
少しだケ、我慢していてくださいネ。青年はそう言って、懐に鳥籠を仕舞った。もうりぃんという音も、からんという音も聞こえない。
外から見ても、彼がなにかを懐に入れているとは気付かないだろう。
青年は斜めに掛けた鞄から地図を取り出す。それは魔法族の集落の地図。ありもしない、<雷帝>と精霊神官の居場所を示す地図。
「ううン、次はどの精霊にしましょうカ」
七つの神殿の一つに×印をつけ、青年は首を捻る。
精霊神官に常に誰かがついている風と闇は駄目だ。あとにしよう。
そうなれば、残るは四つ。どれにしようかな、と歌うように指でつつく。
とん、と指が止まったのは炎のマーク。
「少々人が多いですガ、まぁなんとかなるでしょウ」
呟いて、青年は地図を鞄に仕舞い込んだ。
風が吹く。
伸びをして、さてと言葉をこぼして青年は歩き出した。
目指すは北東の方角にある炎魔法族(ファイニーズ)の集落。
青年――シンラク・フォートは水精霊神殿をあとにした。残るは静謐と暗闇だけ。
風が吹く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます