第31話 神界の現状 3/3
片腕の男は左腕で輝いていた婚礼の腕輪を口にくわえ、左手でポケットに深く突っ込んだ。
しっかりと閉めたそこならば、前線に転がり出たところでどこかに落とすことはないだろう。
彼の長い黒髪を砂混じりの風が叩く。一応、うなじの辺りで結ってまとめてあるが、こうも風が強いと鬱陶しいばかりだ。
(中央に戻ったら切っちまうかなー)
しかし切ってしまうと、意外とこの髪を気に入ってくれている新妻が悲しむなぁと片腕の男――ヤシャはため息を吐いた。
場所は中央から遠いとある地方の町から少し離れた天幕の中。天幕といっても寝るための場所ではなく、地方遠征時の作戦会議室用の天幕なので壁はなく、風や砂埃は防げていない。
肉眼でようやく見える町の様子を睨みつけるようにヤシャは見た。
数日前からこうして町を見ているが、反ヴァーン派、いや、反乱軍の首魁と思しき影は見当たらなかった。
ヤシャは舌打ちして簡易椅子に座り込む。三年のリハビリで片目片腕での生活には慣れたが、前線に出るには少々危なっかしい。
それでもヤシャがこの地方遠征に出たのは、彼の本職である密偵やだまし討ちが必要だと感じたからだ。
先の争いである革命戦争や第三期神魔戦争の英雄であるヴァーンや四天王には表立って任せられない任務を請け負うのが、革命期からのヤシャの役割だ。
彼らは真正面から、自分は裏から。
汚い仕事は全てヤシャがこなしてきた。もちろん、自分で望んでやっていることだ。
(ま、未だにヴァーンやシュラは甘いこと言ってっけどな)
二人は特にヤシャが汚れ仕事を買って出るのが気に食わないようで、事あるごとに前面に出そうとする。
実は人前に出るのが好きではないヤシャとしては迷惑でしかないのだが、もし自分が彼らの立場なら確かに同じことをするだろうなと思う。
そんなことを考えていたら、町の様子を伺いに行っていたシュラとその部下コウ・アマネ・エーゼルジュが帰ってきた。
二人は疲れた顔をして、簡易椅子に座って作戦会議台に突っ伏した。
「も~~~~無理。ぜんっぜん出てこないし、こっちの話聞く気なーし」
コウは足をバタバタさせながら口を尖らせる。
町の様子を見るだけでなく、交渉までしてきたようだ。それも上手くいかなかったらしく、シュラも珍しく機嫌が悪い。
「もう民間人も残っていないようですし、一気に叩き潰した方が早いのでは?」
「いないとも限らねーし、はっきりとした敵対行動を起こしたわけでもねーのにこっちから攻めちゃ、こっちが悪者だろうが」
「そうですけど~~~~私ももー無理って言いたいですよ……」
「言ってんじゃねーか」
「ちゃんとしたお風呂入りた~~~~い、お菓子食べた~~~~い、ラセっちゃんやニアリーたちと女子会した~~~~い、のんびりお茶した~~~~い、マッサージ行きた~~~~い」
「肩ならシュラに揉んでもらえ」
えー、という不満そうな声が二つ重なる。
今日もまたあちらを睨むだけで終わってしまいそうだ。連れてきた兵の数は少なく、交代で見張りや夜番をするにもそろそろ不満が上がってくるだろう。
なにもないのが一番だが、さっさとなにか行動を起こしてほしいのが本音だ。
「――ヤシャ教官」
「今は教官じゃなくて上官。どうした、リングベル」
音もなくヤシャの背後に現れたのは随分と可愛らしい顔をした少女。くりくりとした丸い目にやわい髪。ただその恰好は地味な土色の制服に包まれている。
彼女はリングベル・リーン・ジングル。
ヤシャの教え子であると同時に現在は副官として片腕のないヤシャの代わりに動く部下である。
リングベルは姿勢を正すと、へにゃりと眉を下げた。
「教官……じゃなかった、司令官。町に探りを入れてみましたけど、なんか数人の女の人と子どもたちが地下に囚われてるっぽいんですよ~~~~! どうしましょう!?」
リングベルの報告を聞いて、だらけていたシュラとコウもぱっと顔を上げる。
その顔は険しい。
「……報告は的確、簡潔に。ぽいじゃねーんだよ、確証を得た上で報告しろ、アホ娘」
「うう、すみません。女性三名、男女合わせた子ども四名が地下の倉庫に囚われているのを発見しました。民間人……この町の住人と思われます。名前などの個人特定は今、クロガとドーナにさせています。すぐに確認できるかと」
「民間人が残っていたか……突撃は出来なくなったな、シュラ」
「仕方ありませんね。こちらが人質に気付いたと悟られないよう、交渉は続けますが宜しいでしょうか」
ヤシャは頷いて、リングベルに人質となっている彼らを救出できるルートはないかを探るように新しく命令する。
リングベルが去るのと同時に飛び込んできたのは、中央にいる四天王たちからの伝令獣と副官補佐のイーグルとハウンドだ。
二人には数人の部下をつけて他の地方の町や村を偵察に行ってもらっていたのだ。
イーグルは野生的な青年で、鳶色の髪をしている。
ハウンドは状況によっては飼い犬のようにも番犬のようにもなる、犬耳のような帽子がチャームポイントの青年だ。二人とも、リングベルと同じ制服を着ている。
ヤシャは二人を一瞥して、少し待つように左手で示す。
イーグルは小さく舌打ちをしたが、ハウンドはきりりと姿勢を正した。今日は真面目な忠犬モードらしい。
伝令獣からの伝言を受け取ると、すぐに伝令獣は魔力の粒子、魔素となって消えた。
内容は「ヴァーンが蛇毒にやられている可能性があるので毒に詳しいハウンドを中央に戻してほしい」ということ。
ヤシャがハウンドを呼ぶと、青年ははぁいと軽い返事をした。
「ハウンド、報告が終わったらすぐに中央に戻ってシアかカムイを訪ねてくれ。おまえの知識が必要らしい」
「へ? オレの知識?」
「毒物関係」
「はーん、なるほど? あ、なら部下のパフダンを連れてってもいい? あいつ、オレも知らない毒にも詳しいんだ」
「わかった。連れていけ。詳しい話は向こうで聞いてくれ」
はぁいとハウンドは気の抜けた返事をした。
ヴァーンの話は既にシュラから聞いている。上手く隠しているが、コウも幼馴染が心配で時折中央の街の方角を見ている。
ヤシャだって、こんな中央の街から遠い地方で面倒な案件に関わっていなければすぐにだって城に戻ってヴァーンの捜索に加わりたい。
しかしヴァーンの不在を知ってか知らずか、反乱軍の動きは日に日に活発になる。ヤシャがこの町の近くに留まっているのは、この町で古アーティファクトの改造が行われているかもしれないからだ。
一応他の町や村にも手を回しているが、なかなか有力な手掛かりが見つからない。
「あ、オレの方はハズレだったよ。アーティファクトのアの字もなーい」
ハウンドが手を上げる。
ヤシャはわかったと頷きながら、戻ったら全員上官への態度や礼節を叩き込み直そうと決意する。
ハウンドの隣でイーグルは親の仇でも見るかのような目でシュラを睨んでいた。シュラは目を逸らすだけで、コウは双眼鏡片手に町の方を見ていて気付かない。
そういえばイーグルはシュラが嫌いだったなと思いながら、任務中に私情を交えているイーグルは上官への態度だけでなく公私混同しないよう訓練する必要もあるなと脳内メモに書き足しておく。
嫌な予感がしたのか、ハウンドとイーグルはふるりと背筋を震わせた。
「イーグルの方はどうだった?」
「はっ、西の村には古アーティファクトが持ち込まれた形跡が発見されました。例のアーティファクトで間違いないかと。ですが――既に別所に持ち出されたあとっした」
「そこからの足取りは」
「現在、部下が追跡中です。あの野郎ども、上手く隠蔽しているらしく、なかなかすぐにはいかねぇです」
「おまえ、その口調でなんで許されると思った? まぁいいや。イーグルは再び西の村に向かい、アーティファクトの追跡を頼む。ハウンドはさっき言ったように、パフダンを連れて中央へ戻ってくれ」
「はぁい!」
「はっ!」
二人は音もなく姿を消す。そこだけは上達したな、とことが終わったら褒めてやるリストに二人の名前を入れておく。いい上司たるもの、褒めるべきは褒めるのだ。
(ことが終わったら、ねぇ……)
ヴァーンがいない以上、いつ終わるかわからない。いや、もしかしたら、既に噂になってしまっているように、本当に戦争が始まってしまうやも。
ヤシャはふるりと首を振る。
それをさせないために今、ヤシャは地方へ目を光らせているのだ。
簡易椅子から立ち上がる。
座ったままのシュラとコウがヤシャを見上げた。
「交渉はコウを中心に続けてくれ。シュラはいつでも先陣切れるように準備しとけ」
「はーい」
「はい。……人質はどうしましょう?」
「もちろん助ける。けどだらだらしてらんねぇ。イーグルが例のものの場所を特定し次第、そっちに奇襲を仕掛ける」
二人も立ち上がる。
ヤシャは司令塔としてここを動けない。全ての兵の位置を把握し、戦場を見透かすためには情報が必要だ。
近くにいた兵を呼び、地図や見取り図などの資料を再度集めるように指示を出す。
「三日以内にケリをつける。コウ、全力で口説いて来い」
にんまりとコウが口角を上げる。シュラはそれを見て肩をすくめた。
「目の前で他の男を口説くなんて、ちょっと妬けてしまいますね」
「あはは、帰ったらシュラのことも口説いてあげよっか?」
「無条件降伏しか道はないじゃないですか」
「おまえら、イチャつくなら二人っきりのときにしてくれ」
「ヤシャに言われたくありませんよ」
軽口を叩きながら二人は天幕をあとにした。ヤシャはため息を吐いてそれを見送る。
(三日で片付けてやる。そしたら……)
そのときにはヴァーンとルネロームは城に戻っているだろうか。
いいや、戻っていなければならない。そのために四天王たちが動いているのだ。
自分が城に戻ったら二人揃って出迎えながら「遅かったな」「怪我はない?」と声をかけてほしい。新妻には悪いが、真っ先に見るのは彼らの息災な笑顔がいい。
甘い考えだ。わかっている。左手の拳を握り締める。
夕日が傾こうとしていた。
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