第25話 (友)いざ、神界へ
アーティアとヴァーレンハイトの宿も同じ宿だった。
翌朝、宿の一階で待ち合わせている。一階カウンターの横には小さな待合スペースがあり、シュザベル・ウィンディガムとネフネ・ノールドがそこに着いたときにはもうアーティアと未だ船を漕いでいるヴァーレンハイト、それからイユ・シャイリーンの姿があった。
アーティア曰く、イユはそこで寝ていたらしい。
「おはようございます。……どうして部屋で寝なかったんですか?」
「ん、おはよ~。なんでもないよ、気にしないで~」
ひらひらと手を振っているが、欠伸を噛み殺せていない。ただ身支度は済ませているようで、頭のカンザシもきっちりといつもの位置に収まっていた。
気にするなと言うことだし、シュザベルも気にしないことにした。
すぐにミンティス・ウォルタとフォヌメ・ファイニーズもやってくる。その後ろにメル・ダーキーの姿も見えた。
「おはよ、メル。眠れた?」
「……おはよう……イユくん、ごめんなさい」
「言いっこなーし。イユクンが勝手にしたことだからね」
二人の会話は相変わらず二人にしかわからないが、気にしないことにする。
「朝ごはんにしようか」
アーティアの言葉に全員が頷く。眠たそうだったネフネも元気よく両手を上げて返事をした。
宿の正面の建物が朝早くからやっている食堂だということで、七人揃ってそちらへ向かう。
七人でも広いテーブルに通され、案の定、アーティアは二人分と言って数十皿の注文をする。
「あと……グレープジュースと水」
「……ティア、よくジュースと一緒に食事出来るね。味混ざらない?」
「平気。水だと味気なくない?」
「水だからね」
そんな会話を聞きながらシュザベルたちも朝食用プレートやパンを頼んだ。
相変わらず、二人の旅人のどこにそんな量の食べ物が入るのだろうという量だ。朝から昨晩と似たような量を食べるとは思わなかった。
「二人とも、昨日の夜もだけど、すっごい食べるよね……苦しくならない?」
「なったことない。っていうかぼくは三年前よりは減った方だと思うんだけどな」
隣でヴァーレンハイトが「そうでもない気がするけどなぁ」と呟いていたがアーティアは聞こえなかったのかそちらに視線を向けることもなかった。
「ぼくの場合、燃費が悪いんだよ。魔力量が多いから、その分、食事量も増えてるんだと思うんだけど……」
余りそんな話は聞いたことがないが、魔法族(セブンス・ジェム)以外の種族はそういう傾向でもあるのだろうか。と思ったが、横のヴァーレンハイトは黙って首を振っている。
……アーティアは単によく食べるだけのようだ。
「おれは魔術を使うのにエネルギーがいるからなぁ。使えば使うほど腹は減るし、眠たくなる」
「そういう例もあるんですね」
「魔術師は割とそういう傾向があるかな」
「あんたほど寝る魔術師は他に見たことないけどね」
ヴァーレンハイトはよく寝る。話の途中でも寝るくらいなので、集落の秘密基地で集まって喋っている最中にもよく寝ているのを見た。外でもそうらしい。
アーティア曰く、下手をすると魔獣や野盗と遭遇したときにも寝ているときがあるのでどうしようもないとのことだ。
……それは危ないと思う。
そんな話をしていると料理が運ばれてきた。礼をして頂くことにする。
「あ、そうだ。昨晩のうちに軽く調べてみたんだけど、神界へ行くための門がある場所まで少し歩くことになるよ」
「神界へ行くための門……ですか」
「そう。通路って言ったらいいかな。通行証を持っていないと通れないから、道を教えただけじゃ神界には行けないよ」
なるほど、とシュザベルは頷く。
通路は人里離れた場所にあることが多く、ここから少し北に行った山に一つあるらしい。
荷物の確認をしてから昼前にはシアル・カハルを発とうということになった。
お金という心配ごとがあるが、どうにか神界に行くことが出来そうだ。
手分けして旅支度を済ませて待ち合わせの場所に行くと、アーティアに向かって頭を下げる数人の大人の姿という混沌とした光景が出来上がっていた。
一緒にいたはずのヴァーレンハイト、メル、ミンティスの姿はといえば少し離れたところに座って困惑を隠せない様子だ。いや、ヴァーレンハイトだけは相変わらず船を漕いでいる。
そっとそちらに近寄って、メルとミンティスに事情を聴く。
「なにごとですか?」
「……自分たちにも、さっぱり」
シュザベルはイユと顔を見合わせた。
頭を下げる大人の内の一人、男性が軽く頭を上げてアーティアを見上げた。
「お願いします! なにとぞ、領主さまにお会いになってくださいますよう!」
「お願いします!」
一度頭を上げた大人たちが合わせて再び頭を下げる。もう少しで地面に頭がつきそうだというのは過言だろうか。
うんざりした顔のアーティアはそれを睨みつけるようにして「い、や、だ!」と言った。
「なにとぞ!」
「なにとぞじゃなくて。いい加減にしてよ。ぼくはもう街を出るんだ、そんな時間はない」
「ロードフィールドさま! なにとぞ!」
「あれ、言葉通じないのかな……領主に会うメリットがない、時間がない、その気がない」
なにとぞ、という大人たちは頭を下げるばかりだ。アーティアはうんざりとした顔を隠しもせず、頭を振った。
アーティアと目が合ったシュザベルは唇の動きだけでなにがあったのかを問うてみた。彼女は肩をすくめて大人たちを指差す。
「昨日の騒動の詫びがしたいとか、被害者を出さず騒動を治めた礼をしたいとか、そんなことで領主の館に来いって言われてるだけ」
「えっ、すごいことじゃーん」
イユが口笛を吹いて囃し立てる。アーティアは嫌そうにイユを見上げた。続いて思い出したようにヴァーレンハイトを見る。睨みつけたところで座ったまま眠っているが。
「ヴァルも一緒に呼ばれてるはずなのに、なんでそこで寝てるんだろうね」
「なんでこの体勢で寝れるの?」
ミンティスがツッコミながらヴァーレンハイトをつついているが、起きる気配はない。
というか領主という偉い立場の人との謁見をそんな軽い調子で嫌そうに断っていいものなのだろうか。
「旅人だから気ままに過ごしたい」
「旅人ってそんな自由人なの……」
なにか支障があるのではと待っているから行ってきてはと提案したが、アーティアは首を振る。
「領主に会っても礼とか言ってお金にもならないメダルか盾を貰うだけだもん。そんな時間あったらギルドで任務のひとつやふたつ請けた方が全然いいと思う」
大人たちは頭を下げた状態のまま困惑してお互い顔を見合わせている。いい加減、頭を上げろ。
全員が揃ったことに気付いたアーティアはすたすたとヴァーレンハイトに近寄り、魔術師の頭をスパンと叩いた。いい音がし過ぎてシュザベルたちは驚く。
がくりと体勢を崩したヴァーレンハイトは眠たそうに目をこすりながらアーティアを見上げる。
「……話終わった?」
「終わった。もう行こう、付き合ってらんないし」
そんな! と領主の使いであるところの大人たちが眉を下げた。
それを無視してアーティアはヴァーレンハイトを引き摺って速足で歩いていく。シュザベルたちは慌ててそれを追った。
「ああ、なにとぞ!」
男性が悲鳴のように声を上げて追ってくるが、その足元のタイルを突き破って土が盛り上がり彼らの足を取った。
つんのめった男性を筆頭に大人たちが地面と抱擁する。
「へへっ、しつこいと嫌われちゃうんだぞ」
「……ネフネ」
「だってアーティアさん、すっごく嫌そうだったんだますよ!」
まぁいいかとシュザベルはなかったことにした。後ろを見たところ、追いかけてくる様子はないが、大きな怪我をしている様子もなさそうだった。
+++
北の方角にある山の麓には魔獣が異様に集まっていた。
ヴァーレンハイト曰く、神界への扉がある場所には神族の結界が張ってあり、魔獣はそこに入ろうとして集まってくるのだという。
「街灯とか焚き火に集まってくる羽虫みたいなもんだよ」
「……神族の力を感じると襲おうとする魔獣は結構いるんだよ。知能が高い魔獣なら、十五年前の魔族(ディフリクト)の長<冥王>の命令を聞いて理由なく襲ってくることはないんだけど……」
多くの魔獣に理性はなく、本能に従って行動する獣と同じようなものだ。いくら上位存在である<冥王>が命じたところで魔獣が人々を襲うのをやめることはない。
なるほど、と頷く余裕もなくシュザベルは風の刃で襲い来る鳥のような魔獣の羽を切り裂いた。
数が多いので話をする余裕などない。
しかしアーティアとヴァーレンハイトは最低限の指示を出し合いながら、雑談を交えて敵を屠っていく。
手慣れた様子はいっそ恐ろしさを覚えるほどだ。
アーティアが足の速い魔獣の足を大剣で切りつけ、羽を落とす。その間に無詠唱で魔術陣を展開したヴァーレンハイトが一帯を焼き払う。
それだけで数十の魔獣がただの物言わぬ亡骸になる。
イユとメルですら舌を巻く有様だ。
ヴァーレンハイトの魔術は彼の味方であるシュザベルたちを傷付けない。前衛に出ているネフネを襲おうとしていた猿のような魔獣の首を刎ねた魔術師の魔術は少年に当たらなかった。
そんな微調整、戦場で咄嗟に出来るものではない。
「ネフネにマーキングしておいただけだよ」
と簡単に言うのは眠たそうな目を擦っているヴァーレンハイト。
「ま、マーキング!? 個人の魔力を覚えてその魔力をもつ人物に一定の魔法が当たらないようにするという……理論上は可能であるとは知っていましたが、本当に出来る人がいるとは……」
「シュザ、驚くのはあとにして魔獣を退けてくれよ!」
フォヌメの火炎弾がシュザベルを襲おうとしていた猪魔獣の鼻っ柱に叩きつけられた。怯んだ隙にメルの闇色の槍がそれを串刺しにする。
「失礼しました! ――シフィユ・アン!」
小さな逆巻が起こり、狼魔獣の足を捻る。トドメはネフネが刺した。
一通り魔獣の波が引いたところでシュザベルは大きく息を吐いた。ミンティスやフォヌメも肩で息をするほどだ。
それに対して一番動いていたであろう前衛のアーティアはけろりとした様子で大剣を背中の鞘に戻している。片手には魔獣の核を入れた袋。
いつの間に集めたのだろう、袋はこれ以上入らないくらいにぱんぱんだ。
「ぜぇ、アーティアさん、すっげぇ! はぁ、おれちゃんよりずっと動いてたのに、ぜぇ、疲れれないですの?」
「……慣れじゃないかな。ネフネはまだ身体が小さいから物理的な力が足りないし、素早さを重視した方がいいんじゃない?」
「すばばさ」
「スピードはパワーだから」
「スペードはボア……!」
よくわからないが、小柄な前衛同士、なにか通じるものがあったようだ。ネフネが随分とアーティアに懐いている。
見ればミンティスとフォヌメ、メルはきらきらとした目でヴァーレンハイトを見上げている。
「無詠唱……カッコいいじゃないか! いやしかし長い詠唱をカッコよくこなすのも捨てがたい……」
「ヴァルさん、全部無詠唱で出来るの? 苦手な魔術とかないの?」
「……すごい……」
囲まれているヴァーレンハイトは尚も眠たそうだ。
「おれはただ詠唱するのが面倒だからなぁ……ほら、長い詠唱って舌噛むと痛いじゃん」
「それをすんなりとこなすのもエレガントでカッコいいんじゃないか! でも無詠唱発動もカッコいい……難しいところだな……」
「それにおれ、治癒魔術だけは扱えないんだよな……イユの方が凄いって」
突然の飛び火に、自分の怪我を治癒魔術で治していたイユはきょとんと目を瞬かせた。
「え、イユクン?」
「うん。相棒の怪我も自分の怪我も治せるじゃん。魔法師として光魔法も使えるのに、あんまり相性よくない治癒魔術を勉強したんだろ? 凄い」
「あっはは、そんなに褒めても細かい怪我しか治らないぞぉ~」
少しだけ耳を赤くしたイユはメルの怪我を癒していく。ネフネもいくつか小さな傷があったので治してもらった。
アーティアはとくに怪我もないらしい。流石だった。
「さて、あと少し核を拾ったら山登りだよ」
アーティアが言ったときだった。木の陰から数体の魔獣が飛び出す。
「まだ生き残りが……!」
「イユくん!」
アーティアが大剣を抜くより早く、魔獣の一体がイユに襲い掛かった。ヴァーレンハイトの魔術陣が展開し、他の魔獣たちを風の刃が切り裂く。
倒れ込んだイユ。魔獣に駆け寄るメルよりも早く、のそりと起き上がったのはイユの方だった。その手には髪飾りのカンザシが握られており、魔獣の血が滴っていた。
「あー、びっくりした……」
「……い、イユくん……怪我は……?」
「ん、平気、平気。ちょっと肩ぶつけたくらいだよ」
ほうとメルが胸を撫で下ろす。
その背中をカンザシを持つ手とは逆の手でイユが軽く叩いた。
それを見ていたフォヌメが目を丸くする。
「……誰だ、君は!」
「……イユだよ。ほら、まとめてた髪がカンザシ抜いたから落ちちゃっただけ」
「あ、ああ……」
まぁ、フォヌメが驚くのも無理はない。意外と長さのある明るい色の髪がふわふわと風になびいている。
前髪も長く、一部を残して後ろ髪と一緒にまとめていたようで目を隠すように揺れていた。
イユは手慣れた様子でカンザシを拭き、髪をまとめる。一本の棒のようなカンザシ一つで少し癖のある髪をまとめるのは凄いと思った。
改めて誰も怪我がないかをイユが確認して、一同は荷物を背負い直す。
「山の中腹くらいかな。獣道すらない場所だから、足元に気を付けてね」
「はーい」
アーティアを先頭に、ヴァーレンハイトをしんがりにして一同は山を登り始めた。
頭の上では太陽が傾き始めているころだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます