第24話 (友)ご依頼、承りました

 魔獣を街に持ち込んだのは扉と共に大通りに叩き出された冒険者三人組だった。

 彼らは名を上げるために田舎から出てきたのだがなかなか上手くいかなかった。なので強い魔獣を手の上で転がすように扱うことが出来れば名が上がるのではと考え、どういうわけだかその証拠として魔獣を冒険者ギルドの主やシアル・カハルの領主に見せてやろうという考えに至ったらしい。

 そこで理想に伴わない力量であればなにも起こらなかったのだが、彼らはそれなりに腕の立つ冒険者たちだったようで。


「……それで、魔獣を凍らせて圧縮して荷物に忍ばせ検問を潜り抜けた、と」

「そう。で、諍いに巻き込まれて売り言葉に買い言葉でこんなに大きな魔獣を捕らえることだって出来るんだ、と圧縮、凍結解除。大惨事。おかげで冒険者ギルドはしばらく運営縮小、向こうの通りにある商人ギルドが場所貸してくれるからそっちで営業するってさ」

「うっわ、迷惑……」


 件の冒険者三人組は騒動の罰としてしばらくタダ働きだそうだ。黙祷。

 その騒動を沈めたのは少女と男の二人組の旅人。

 この二人こそ、シュザベル・ウィンディガムたちが探していたアーティアとヴァーレンハイトである。

 少女――アーティアはサービスで入れてもらったジュースのストローを噛みながら、頬杖をついて冒険者ギルドの崩れた壁面を眺めている。

 その横で男――ヴァーレンハイトはこくりこくりと船を漕いでいた。彼は先程まで怪我人が出ないように近くの人たち全員に簡易結界を施していたのだという。ちょっと意味がわからない。

 それで、とアーティアはシュザベルたちを見上げた。


「なんであんたたちがこんなところに? ……それに、セニュー抜きで」


 やっと本題に入れそうだとシュザベルは友人たちと頷き合う。

 口を開こうとしたところで、ぴっとアーティアが遮るように手を前に出した。同時に横にいたネフネ・ノールドの腹の虫が切なそうに鳴く。


「……」

「……ここで話すのもなんだし、時間も時間だ。ごはん食べに行こう」


 アーティアの横の黒衣の魔術師の腹も鳴った。



 アーティアの案内で全員が向かったのは小綺麗な冒険者、旅人用のレストランだった。

 アーティアの小柄な背を先頭に、店員に案内され半個室のような大きなテーブル席に通される。

 いくらシュザベルたちが六人+二人の大人数だとしても、少々大きすぎるのではないだろうかと思うくらいのパーティテーブルだ。

 小綺麗なのでメル・ダーキーとミンティス・ウォルタが少し気後れ気味に促されるまま席に座っていた。それ以外のイユ・シャイリーンとフォヌメ・ファイニーズは気にした様子がないのは流石と言うべきかなんなのか。

 アーティアから時計回りにヴァーレンハイト、ミンティス、フォヌメ、ネフネ、シュザベル、メル、イユの順でぐるりと座った。

 店員がお品書きを持ってやってくる。


「とりあえず、ここのメニュー全部。あとこっちのここからここまで。全部大盛りで。飲み物はオレンジをストレートで。それから水も」

「え、ボクたちそんなに入らないよ?」

「? 自分たちの分しか頼んでないよ?」

「えっ」

「え?」


 シュザベルはお品書きを見て目を丸くした。アーティアが頼んだのはニ、三十品目のメインメニューと二つの飲み物。それが自分たち――アーティアとヴァーレンハイトの分だという。

 ジェウセニュー・サンダリアンが二人はよく食べると聞いていたが、よく思い返せば彼女たちとちゃんとした食事を囲むのは初めてだったかもしれないと気付く。

 同じように目を丸くするイユとメルを促してシュザベルは半ば呆然としながらメニューを選んだ。


「おれちゃん、野菜ハンバーグにする! 飲み物はメロンサンダー!」

「サイダーですね。私は日替わりプレートにします」

「チキングリル!」

「シアル・カハル風ドリア」

「じゃあイユクンはステーキプレートにしよっかな~」

「……季節の野菜と鶏ハムのパスタ」


 全員の注文をしっかりと繰り返し確認をした店員が下がるのを見計らって、アーティアが横のヴァーレンハイトに目配せをした。

 ヴァーレンハイトがなにを言うでもなく、彼を中心に金色に光る魔術陣が展開。全員を覆うようにして消えた。

 目を凝らすと薄っすらとした膜がテーブル一帯を覆っているのがわかる。

 シュザベルが二人を見ると、ヴァーレンハイトは眠たそうに目を擦った。


「なーんか、ちょっと人には聞かせられない話かなって。防音膜を張ったんだよ。よっぽど大きな声を出さない限り外にいる人には聞こえない」


 セニューいないし、とヴァーレンハイトは欠伸を噛み殺しながら言った。

 二人はそれだけの情報でこちらが余り大きな声で話すようなことではないことを話そうとしていると気付いたのかとシュザベルは下がる眼鏡を押し上げた。

 しかも黒衣の魔術師は無詠唱でこれだけのことをやってのけた。

 シュザベルは改めて二人を眺める。

 アーティアはその身長と同じくらいの大剣を背中に背負っており、大粒ながらもきりりとした眼は金と赤。頬はまだ子どもらしさの残るまろい肌で、少女らしい小さな唇は桜色。世間一般では可愛い部類に入るだろう。まだ十四歳くらいに見えるが、実際はこのメンバーの中で一番の年長者だそうだ。実年齢は教えてもらったことがない。

 横で半分寝落ちている男はヴァーレンハイト。今年で三十歳になると聞いているが、それでも若く見える方だ。赤銅の髪と同色の目。目はいつも眠たそうに半分閉じられている。服装はいつ見ても重たい色の長袖長ズボンの上に同色のケープと外套を羽織っている暑苦しい恰好。おまけに手にはグローブまではめているので顔と指先くらいしか肌は見えない。

 特徴的なのはその長身。集落でも長身の部類であったシュザベルやそれとそんなに身長の変わらないイユとメルよりも高い。横にいるのが小柄なアーティアなら猶更その身長が際立つだろう。……そしていつ見ても眠そうな男だ。


(人は見かけに因らないと言いますが……)


 この二人、聞けば冒険者や旅人でも知る人ぞ知る有名人なのだとか。

 シュザベルは意を決して口を開く。

 説明するのはジェウセニューがいなくなったこと、神界から魔族(ディフリクト)の男性が「しばらく帰らない」とわざわざ伝言に来たこと、雷精霊神官ニトーレが雷精霊(ヴォルク)から「ルネロームがいなくなった」と聞いたこと。

 アーティアは目を瞬かせて「雷精霊が?」と繰り返した。


「それで……ボクたちは居ても立っても居られなくて、集落を出てきたんだ。セニューを探すために」

「ニトーレさまからはアーティアとヴァルを探すように言われたんだよ。神界への行き方を知っているかもしれないからって」


 ミンティスとフォヌメも頷いて口を開く。アーティアはしばらく考える素振りをしたあと、横のヴァーレンハイトを見、続けてイユ、メル、ネフネを見た。


「シュザベルたちは……友達、だからいいけど。そっちの三人はよく知らない。信用出来る?」

「……え、」


 シュザベルだけでなくミンティスやフォヌメたちも目を瞬かせた。


「あのね、ぼくにとって神界は……一つの帰る場所でもあるんだ。旅の羽を休める場所。唯一の血縁のいる場所。……大切な、場所なんだ。だから、信用出来る人しか連れて行きたくないんだよ」


 確かに、彼女の半分は神族(ディエイティスト)だと聞いている。それならば故郷ともいえる場所になるだろうところに他人がずかずかと入り込んでいいものではない。

 シュザベルはイユたちを見た。


「三人はジェウセニューを助けに行くんだって言った。じゃあ、そっちの三人は?」

「……自分、は……」


 メルがなにか言いかけたのを、タイミング悪くネフネの「はいはーい」という声に遮られた。メルはもごもごと口を閉じてしまう。


「はい、はい、はーい、おれちゃん、ネフネ! おれちゃんね、シュマさんに認めらるるたいからシュザベルせんせたちについてきたんます! あのね、シュマさんはフォヌメさんより強い人が好きだって!」

「……シュザベル、通訳」

「……はい……」


 教え子がこんなで恥ずかしい気持ちになった。

 簡単にフォヌメの妹のシュマに惚れたこと、彼女の好みは「フォヌメお兄様よりもお強い方」であること、フォヌメと旅をすればその強さを知ることが出来るし更に強くなることも出来るだろうと考えて同行してきたこと(勝手についてきたとも言う)を伝えるとアーティアは片手で頭を抱えた。

 シュザベルも頭を抱えたくなった。


「神界もジェウセニューも二の次どころか意識の外じゃん」

「……すみません……」


 なんとなく謝ってしまったが、自分は悪くないと思うとシュザベルはぼんやり考えていた。

 イユとメルはどう答えるのだろうか。観光目的だと答えて怒られないだろうかと二人を見る。


「イユ・シャイリーンだよ。えーと、アティちゃん?」

「アーティア・ロードフィールド」

「おっけ、アーティアちゃんね~」


 ジト目で睨むアーティアをよそに、イユは「こっちはイユクンと一緒に旅をしてるメルだよ~」とメルを示している。


「イユクンたちがシュザベルくんたちについてきたのはー、まぁ、神界っていう珍しい場所に行くって言ってたから興味本位で、だよね~。あと、まぁ同郷の知り合いの友達が行方不明なんて、ほっとけないじゃん?」

「……」


 アーティアが無言でシュザベルを見た。なにも言えず、シュザベルはそっと目を逸らした。

 はぁ、とアーティアはため息を吐きながら厨房の方を伺い、まだ料理が届かないことを確認する。

 再びイユを見たアーティアはメルをちらと見て、またイユを見た。


「……その珍しい神界に行きたいのはそっちの子の関係?」

「――あは」


 イユはわざとらしく笑うだけでなにも答えなかった。心配そうにそんなイユをメルは首を傾げて伺っている。

 アーティアはもう一度、ため息を吐いて肩をすくめた。

 横で完全に寝こけているヴァーレンハイトをテーブルの下で蹴り上げた。びくりと傾いていた長身が揺れる。


「……なに……ごはん来た?」

「ごはんまだ。従兄弟どのが行方不明なんだってさ。だから明日、神界へ向かうよ」

「え、セニュー、行方不明なの?」

「そういう話を今してたの」

「……寝てた」

「知ってる」


 アーティアはもう一度、テーブルの下でヴァーレンハイトの足を蹴り上げた。

 痛いと小さく呟くヴァーレンハイトは無視してアーティアはくるりと一同を見回した。


「改めて、アーティア・ロードフィールド。依頼内容はあんたたちを神界へ連れて行くこと。承りました」

「あ、ありがとう、ございます」


 ほうと息を吐く。


「……依頼?」

「依頼でしょ。……旅人にタダ働きしろって?」


 アーティアはこてんと首を傾げる。


「まぁ、魔法族(セブンス・ジェム)の集落の人たちにはお世話になってるし……割引してあげてもいいよ」

「すみません、そもそもの相場がよくわからないのですが」


 うーん、とアーティアは小首を傾げて考える仕草をした。


「割り引いてここの支払い任せるくらいかな」

「……さっきアーティアさん、三十品目くらい頼んでましたよね」

「二人で三十六皿かな。今日は」


 今日はと言ったかこの少女。

 ちょうど、厨房の方から数人がかりで料理が運ばれてくるのが見えた。アーティアは待ってましたとばかりに頬を緩める。そうしていると先程、巨大な魔獣を一刀に伏した人物だとは思えない。ただの少女のようだ。……目の前にあるのは大盛りの料理たちだが。

 全員の料理が一斉に給仕され、注文内容に誤りがないか確認する店員も大変そうだ。どやどやとやってきた店員たちは料理を置いてすぐに礼をして下がる。

 また誰かの腹がぐぅと鳴った。

 顔を見合わせて、誰ともなく食事の礼を取って食べ始める。

 道中で食べた草とは違い、ちゃんと食べ物として育てられた野菜は真っ当に美味しいのだと再確認した。あと興味本位で美味しくないと言われた実を齧るものではない。

 旅人四人は流石というか、食べるのが早かった。

 中でもアーティアとヴァーレンハイトはテーブルからこぼれそうなほどにあった料理を無言で見る間に片付けていく。アーティアなんて、その小さな身体、小さな口でどうやって食べているのかわからないくらいだ。

 ぼんやり見ていたら横のネフネが人参のグラッセをそっとシュザベルの皿に乗せていたので頭をぐりぐりと拳で押さえてからその口にグラッセを突っ込んだ。ネフネは涙目でそれを飲み込む。


「シュザベルせんせのいじわる……」

「いじわるで結構。どうして野菜は基本好きなのに人参は駄目なんですか?」

「人参だけじゃないよ、ピーマンも嫌いだす!」

「威張らないでください」


 横でメルがくすりと笑っている。イユもそれを見て楽しそうだ。

 ミンティスがこそりと「支払い、どうする? 足りるかな」とシュザベルに尋ねる。簡単に計算した限りでは微妙に足りそうにない。ニトーレに貰った路銀は旅支度とここまでの宿代などで消えている。

 せっかく割引までしてもらったのにどうしようかと肩を落としたとき、何故かフォヌメが椅子から立ち上がった。


「安心したまえ! 僕に考えがある」

「考え~?」

「一応、聞きましょうか」

「君たちそろそろ失礼というものを学ぶといいよ。こほん、アーティアに僕の立ち上げたブランド『フォヌメズ・カラー~光と地を添えて~』の女性モデルをする権利をあげよう!」

「え、いらない」

「なに!?」


 なに!? ではない。

 誰が欲しがるんだというかなんだそのブランド名。そんなブランド名だったのか。

 いろんなツッコミが浮かんでは消えた。辛うじてため息だけを吐きだす。

 横でミンティスも同じような疲れた顔をしていた。


「君たち本当に失礼というものを学んだらどうだい!」

「フォヌメに言われたくないんだけど」

「ティア、モデルだって。やってみたら?」

「嫌。あんたがやれば」


 アーティアとヴァーレンハイトは食べる速度を落とさず、しかし不作法にならないように気を付けて食べながらしゃべるという芸当をしてのけている。

 ミンティスとフォヌメの不毛な言い合いは終わりそうにない。

 イユとメルはそれを見てくすくすと笑っている。

 シュザベルはまた人参を除けようとしたネフネの口に人参を突っ込みながら、ため息を吐いた。


(とりあえず、第一の目的は達成できました)


 ここまでで異様に疲れているが、これから神界へ行くという大仕事が残っている。いや、本当の大仕事は神界に行ったあとかもしれない。

 シュザベルは気を引き締めようとして――目の前の混沌とした状況を見て脱力した。

 明日のことは明日考えよう。

 日替わりプレートに残っていた付け合わせのパセリを口に入れる。苦いだけで、あまり美味しいとは思えなかった。


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