第22話 (セ)昔話と敵の名前

「そうじゃ、神族(ディエイティスト)の小僧の昔話をしてやろうか」


 <龍皇>がぽんと手を叩いた。

 え、とジェウセニュー・サンダリアンが止めるべきか迷っている間に<龍皇>は楽しそうに語り出す。

 ジェウセニューは止めようとした手を降ろして椅子に座り直した。


「そもそもあの小僧は所謂、戦争孤児でな」


 いきなり話が重かった。

 <龍皇>と知り合ったのは四代目として神族の長になってからだと言う。

 それ以前の話は本人からだったり周囲の友人兼幼馴染たちから聞いた話だそうだ。

 両親と生き別れたヴァーンはとあるサーカス団にある見世物小屋に売られたらしい。

 いきなり話が重い。


「あやつは親を知らずに育った。故に、家族というものを無意識にも欲していたのじゃろうな。族長の地位についてから、自らの血縁が残っておらぬかを探していた。わしも多少は手伝ったがの」


 理由はそれだけではなく、あとで自分は族長の血縁だと嘯いて近寄ってくる者が出てこないように、出てきても嘘だと見抜けるようにと調べていたようだ。

 族長という立場は随分と面倒くさそうだとジェウセニューは頭の隅で考える。


「そもそも、父さんはどうして族長に? その……センサイコジ? っていうのがなれるもんなの、ですか?」

「うむ、三代目がとんでもなく悪逆非道の傍若無人、厚顔無恥なお子でなぁ……わしも度々、手を焼かれたものよ」

「なんで父さんが……」

「それは他に立ち上がる者がおらんかったからじゃろうなあ。おるにはおったが、皆、死んでしまった。三代目族長に殺されたのじゃ。残っておったのは無気力に飼いならされるばかりの者たち。それを見ていられなかったのがあの小僧じゃった。あやつはな、自分のような子どもがいない世を作りたいとわしに宣言しおったのじゃよ」

「……」


 自分のような子ども――戦乱で親を失う子ども、飢える子ども。そんなことだろう。

 考え込むジェウセニューに、<龍皇>は微笑みかけながら続ける。


「小僧にとって、血の繋がった家族というものは憧れであり、指先からこぼれ落ちる砂塵のようなもの。決して、手の届かないはずのものじゃった」

「……オレと、母さんは……」

「うむ。あやつがようやっと手に入れた、儚い一時の夢よ」

「……」


 なにも言えなかった。

 ヴァーンには生き残った妹がいて、その娘がアーティアなのだという。だから従姉妹だと言っていたのかと出会ったころを思い出す。

 しかしその妹も既に鬼籍に入っているという。

 そして帰ってきたルネローム・サンダリアンとその息子のジェウセニュー。唯一の、ヴァーンの血の繋がった家族が自分だ。

 そういえば、夕飯を食べに来た日、時々眩しいものを見るような顔(目は見えない)でルネロームとジェウセニューを見ていることがあった。

 その理由が、少しわかった気がした。


(でも、そんな父さんがどうして母さんを――)


 気になった。

 けれど、二人に、父に直接聞くのだと決めたのだ。

 今は気にしないことにする。


「おぬしは小僧に愛されておる。なに、おぬしが思うほど、困ったことにはならぬだろうて」

「はい」


 両親が今、どんな状態かわからない。それを知るためにも、再び神界に行かなければならないと思った。

 そのためにも魔力制御が出来るようにならなければならない。

 ばちんと頭の横で紫電が爆ぜた。

 くくと<龍皇>が笑う。


「焦るでないぞ」

「……はい」


 そうは言っても、焦燥感は消えない。

 誰が、なんの目的で、ジェウセニューを狙い、両親が身代わりになってしまったのか。

 ジェウセニューを狙うことでなんの利益があるというのだろう。

 わからないことばかりだ。

 ジェウセニューが普段酷使しない頭を悩ませていると、玄関の扉を叩く音がした。

 顔を上げて扉を見る。すぐに扉が開いた。

 そこにいたのはのっぺりとした顔をした中肉中背の……やはり男女がわかりづらい人物だった。

 頭に小さな角が五つと背には緑がかった翼、尻から同色の尻尾が見えているから龍族(ノ・ガード)の者だろう。のっぺりした顔だが。

 彼(彼女?)はすたすたとリビングのテーブルにつく<龍皇>のそばに近寄ってきた。


「おお、ハリスクーストースか。どうした」

「<龍皇>さま~、ご歓談中失礼します~。実はですね~、管理しているアーティファクトの数が合わないんですよ~」

「うむ?」


 ハリスクーストースと呼ばれた彼(彼女?)はのんびりとした口調で持っていた紙束を見ながら報告を始めた。

 アーティファクトとは確か、大昔の龍族が作り出した魔法道具のことだ。

 そんな大層なものの管理報告だろうに、部外者であるジェウセニューがいるままで報告を始めている。

 なんだか緩い。それでいいのか、龍族。


「見当たらないアーティファクトは~、<毒蛇の小箱>といくつかの小さな戦闘特化ものですね~」

「うむ。なくなったもののりすと(、、、)はあるかの」

「はい~、こちらです~」


 ハリスクーストースは持っていた紙束をもそりと<龍皇>に手渡した。

 <龍皇>はさっとそれに目を通すと「うむ」とだけ頷く。


「どうしますか~」

「しばし様子を見るかの。どうせ持っていったのはシンラクの小僧じゃろうて」

「はーい、わかりました~。では失礼します~」


 のっぺりとした顔をぴくりとも動かさないまま、ハリスクーストースは紙束を<龍皇>から受け取ってすたすたと玄関から出ていった。

 ジェウセニューはなにか引っかかるものを感じながらその後ろ姿を見送る。


(……え、なに……? アーティファクトがなくなったのに、管理してるものがなくなったのにそれだけ……?)


 釈然としないものを感じる。何故だろうか。

 考え込むジェウセニューを、<龍皇>は相変わらずのほほんと微笑んだまま眺めている。


「ああ、おぬしには教えておいてもよいか」

「えっ、な、なにを……?」

「うむ。恐らく……というか、もう確定じゃろうな。シンラクという者がおぬしの両の親をかどわかした犯人じゃろう」

「……は?」


 シンラクとは先ほどアーティファクトを持っていった犯人(?)だろうか。それがどうしてヴァーンたちをどこかへやった犯人だということになるのだろう。

 意味がわからなくて、ジェウセニューは<龍皇>を見返した。

 <龍皇>は変わらぬ表情でジェウセニューを眺めている。


「アーティファクト<毒蛇の小箱>は名の通り小箱の形をしておってな、毒蛇の巣となっている小箱の中に異空間を作り封じ込めるもの。本来は毒蛇を封じておるのじゃな」

「はぁ……」

「それを使えばどんなに強い者でも毒蛇の巣に封じることが出来る。……おぬしが見たのは頭だけでも大人の背丈よりある大蛇であろう?」

「あっ」


 ヴァーンに突き飛ばされ、最後に見た光景を思い出す。

 大蛇の真っ赤な口、ぬらぬらとした舌、金色に光る双眸、うっそりと光る黒い鱗。


「誰かが……その、シンラクってやつが、アーティファクトを使って、父さんと母さんを……オレを?」

「うむ」


 <龍皇>のサファイアのような瞳がきらりと光る。


「なんの……ために……」

「さて、そこまではわからぬ。じゃが、謎の魔法ではなくアーティファクトが原因ということは、小僧たちは今も無事ということであろうな」


 え、とジェウセニューは目を瞬かせた。

 <龍皇>はこくりと頷く。


「魔法――いわゆる誰か個人しか使えぬユニークスキルや魔法であれば、どんな効果があるのか、どんな弱点があるのかも一切わからぬ。もちろん、術者も有名であれば別であろうが、特定するのは難しいじゃろう。しかしアーティファクトは唯一無二。しかもわしの作ったものじゃからな、弱点も知り尽くしておる。幸い、今回は持っていった者もどこの誰かわかっておるからの」

「なる、ほど……?」


 あんたが作ったんかい! という暴言は辛うじて飲み込んだ。

 いや、しかし弱点もわかっているというのは心強い。

 犯人であるシンラクとは何者だろうか。


「それで……その、シンラクってやつは誰なんだ? ……ですか」


 うむ、と<龍皇>は考え込むようにない髭をしごいた。


「シンラクはしばらくこの里に身を隠していた神族のお子じゃ」

「神族……?」


 反ヴァーン派というのが神界にはいると聞いた。その一派の者だろうか。


「あやつは三代目神族族長アドウェルサ・フォートの唯一残った親族の者。小僧が起こした革命の、三代目側ほぼ唯一の生き残りじゃよ」

「……じゃあ、父さんを……憎んで……?」


 <龍皇>は「さあのう」と首を傾げた。

 <龍皇>でもシンラク・フォートのことはよくわからないらしい。ある日ふらりと現れて龍族の里でひっそりと暮らしていたのだという。

 その彼がどうして、ヴァーンたちを、いや、ジェウセニューを狙ったのか。


「しかし、あやつの目的がなんにせよ、小僧たちが今は無事だということがわかったのじゃ。少しは安心せい」

「……はい」


 ほうと息を吐く。

 そう、大丈夫だ。大丈夫なんだ。

 言い聞かせて、少しだけ実感がわく。

 ぎゅっと唇を引き結ばなければまた涙腺が馬鹿になりそうだった。


「……あれ、」


 握り締めた拳を開く。

 血管のように手を巡る、きらきらしたものが見えた。

 それはゆっくりと、しかし確実に手を巡り、腕へ伸びている。いや、これは――


(魔力の流れ……?)


 自分の魔力が身体中を巡っているのが見えている。

 ジェウセニューははっと両手を見下ろした。

 全身を巡る魔力と、身体から溢れて漏れている霧のような魔力が見える。

 息を飲んで、霧のようになってしまった魔力に目を向けてなくなるように念じると、それはふわりとなくなって循環する魔力が増えた。

 霧のように漏れていた場所を意識すると穴が空いているように感じられたので、頭の中で繕うイメージをしてみた。穴が塞がる。


「……なんか……わかった気がする……」


 魔力を制御するということ。そして、何故今までそれが出来なかったのか。

 度重なるストレスで胃に穴が空くように、不安定な心境や成長で魔力の流れる場所に穴が空いていたようなものだったのだ。

 それがわかり、こうして見えるようになってジェウセニューはすとんと肩の力が抜けた。

 簡単なことだったのだ。

 <龍皇>が話を聞いてくれたこと、話をしてくれたことは無駄ではなかった。いや、必要なことだったのだ。


「<龍皇>サマ、ありがとう! なんか今なら出来る気がする!」

「うむ。よきかな、よきかな」


 ジェウセニューは立ち上がり、玄関から外へ飛び出す。

 なんだか開放的な気分だった。

 さっと頭上を影が過る。


「マースさん!」

「セニュー、<龍皇>さまとのお話しは終わったのかい?」


 見上げれば大きな黒く光る緑のドラゴン。その後ろをついていくように飛んでいるのは小さな赤色。


「マースさん、ハイルさんトコ連れてってくれないか?」

「スハイルアルムリフさま? いいけど……わぁっ」


 ジェウセニューはバッと島から飛び降りた。慌てたマースティルダスカロスがその背で青年を受け止める。


「も、も~ぅ、マースさんびっくりしちゃったよ」

「あはは、ごめん」


 ジェウセニューを乗せたマースティルダスカロスはぐんと上昇する。見えるのは最初に<龍皇>に出会った島とは別のまた広い島だ。

 その島に金色の髪を靡かせたスハイルアルムリフが立っている。

 翠眼を細めてマースティルダスカロスに乗るジェウセニューを見ている。目が合った。


「ハイルさん、しょ~~~~ぶっ!」


 叫びながら飛び降りる。

 紫電を身体にまとわせ、両手の間に白く光る雷の弾を作った。


「――ヴォル・キャトルッ!!」


 雷弾が音を立ててスハイルアルムリフへ襲い掛かる。

 ジェウセニューが島に着地すると同時に<龍皇>の側近が雷に打たれた。

 ドォーンッ、

 大きな音がして土煙が上がる。


「よっしゃ、出来た!」

「――ほう、思ったよりも早く制御出来るようになったようだな」

「!」


 土煙が晴れる。スハイルアルムリフの尻から生える尾っぽが振られ、晴らしたのだ。

 その姿は最初の場所から微動だにしておらず、傷もない。

 げ、とジェウセニューは顔を引き攣らせた。

 この空気感は覚えがある。――ルネロームとの訓練だ。

 スハイルアルムリフは眉一つ動かさず、パチンと指を鳴らした。

 ジェウセニューの足元が崩れ、宙に放り出される。


「ぎゃああああああっ」

「再挑戦を待っている」


 再挑戦の前に死ぬ! と思った直後、飛んできたマースティルダスカロスの背に受け止められ、地面への激突は避けられる。

 見上げれば、穴が空いたはずの島はもと通りになっていた。

 なにがどうなっているのかわからない。


「あっははははは。真正面からスハイルアルムリフさまに向かっていって、人属が勝てるわけがないだろう? セニューは無茶するねェ」

「……ぐぬぅ」

「セニュくん、すごいのだ! まほーがつかえるようになっているのだ!」


 わぁ、と勝負のことを忘れて自分のことのように喜んでくれているアルゴストロフォスを見て、ジェウセニューはマースティルダスカロスの背に大の字になって寝転んだ。

 マースティルダスカロスはゆっくりと降下していく。


「……強くなりてぇ……」


 ふふとマースティルダスカロスが笑う。


「組手の相手くらいならしたげるよん」

「お昼食べたらよろしく」


 いつの間にか日が高い。ぐぅ、と小さく腹が鳴った。


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