第20話 (友)旅の心得

 翌日の道程は驚くほどスムーズだった。

 道々、イユ・シャイリーンとメル・ダーキーの二人にあれこれと教えてもらいながら、シュザベル・ウィンディガムたちは軽い足取りでシアル・カハルへ向かう。

 途中の町で昼休憩を取って、荷物の確認をしたらすぐに発つ。

 イユ曰く「相手は旅人なんだから、急いで追いつかないとすぐにどっか行っちゃうもんだよ」とのことだ。確かに、約束しているわけではないからアーティアとヴァーレンハイトもどこかへ行ってしまうかもしれない。

 そうなれば神界へ行くのが遅くなってしまい、ジェウセニューがどうなっているのかわからないまま日が過ぎることになってしまう。それはまずい。


「やっぱりこの外套、僕に似合うものではないと思うのだけど」

「量産品だし、値段も手頃なものを選んだから文句言わないの」


 友人たちが話すのを聞きながら、シュザベルたちは先を行くイユたちのあとを追う。

 町を出て再びイユたちに教えてもらいながら歩いた。


「あの葉が小さいのは食べられる草、隣の黄みがかったのは食べられるけど美味しくはない草」

「なるほど」

「そっちの葉が大きいのは食べられない草、毒があるからね~」

「触らないようにします」

「そんでー、こっちの赤い芽が出てるのは食べられないけど美味しい草」

「えっ」

「あはは、嘘だよ。食べられないし触るとカブレるから触んないようにね~」


 イユはケラケラと笑った。隣でメルが肩を竦めてため息を吐いている。

 イユは二十二歳、メルは二十歳だそうだ。旅を初めて三年、大きなところには大体行ってみたとはイユの談だ。

 彼らは割とのんびりと旅をするタイプのようで、旅をすることを深刻には捕らえていない。けれど旅人には旅人のマナーがあるようで、そういうものは一通り学んだそうだ。


「最初はギルドで出会った冒険者に見習いがてらくっついて旅を始めたんだよ。いろんなことを教えてくれる親切な人たちだった。『旅で出会った人には親切にする』それが最初に教わったことなんだよね」

「なるほど……だから、私たちにも親切に?」

「それもあるけど、同郷の顔見知りじゃん。放っておいて危険な目にあったなんてあとから聞いたらゆっくり眠れないって」


 他にも最低限の荷物の中身についてや野営する際の注意点、舗装されていない道の歩き方などいろんなことをイユは教えてくれた。メルは時折イユの話が変な方向へ迷ったときに軌道修正をしたり、ちょっとした補足を加えてくれたりしていたが基本は聞き役だ。

 シュザベルやイユが楽しそうに話しているのを聞いて、ひっそりと楽しそうにしている。

 なんでも楽しそうに聞くメルに目をつけたのはミンティス・ウォルタとフォヌメ・ファイニーズだ。

 二人でメルに交互に話したいことを話しかけている。困らせるなと一応注意したが、当のメルが「……二人の話、楽しい……」と楽しそうにしているので放っておくことにした。

 しかしシュザベルとしてはいつも聞いているミンティスの惚気話やフォヌメのナルシストな衣装講座が本当に楽しいのか疑問だ。

 まぁ、本人が楽しいというなら止めないが。……止めなかった反動で友人二人の暴走が激しい。


「ねぇねぇ、イユにーちゃん。もっと食べれれる草の話してくれさい!」

「お、こういうの好き?」

「すき!」


 ネフネ・ノールドもイユによく懐いているし、彼の話し方は緩急が上手く少年でも飽きずに聞いていられるようだ。魔法族(セブンス・ジェム)の集落に戻って教師役を再開する際の参考にしようとシュザベルはメモに書き込む。


「その食べられる草についても初めの冒険者さんたちに教わったんですか?」

「んー、大体は。でも一部の食べられるものは実体験含むよ~。あ、ネフネちゃん、あの緑の鳥がつついてる木の実は熟してて美味しい証拠だよ」

「なるへそ!」

「……なるほど、野生の生き物はそういうものに敏感ですからね」


 そうそう、とイユは頷く。


「だけど鳥が食べてるのを邪魔したり、鳥の分まで取ったりしたらダメだよ。必要以上に取り過ぎるのもダメ~」

「はーい」


 ついでにその木の幹は剥がして噛むと甘いらしい。遭難しかけたときに知ったのだとイユは笑って教えてくれた。遭難したことがあるのか、とシュザベルは顔を引き攣らせる。

 イユとネフネは木の根元に座り込んで食べられる草を食んでいる。完全に文字通り道草食っている二人を引っ張って道に戻した。


「あ、旅の道中で食べられるもの探しといえば……虫も外せないけど、どうする? 一応教えとこうか?」

「……そう、ですね……実践はあまりしたいと思えませんが」


 魔法族に昆虫食文化はないが、遠くの土地ではよくあることだとは聞いたことがある。魔法族にはないが。

 そこまで考えて、以前ジェウセニューの家に遊びに行った際に出たお茶請けが大きな昆虫っぽい魔獣だったなと思い出して後悔した。忘れようと思っていたのについ思い出してしまった自分の記憶力の良さを少しだけ恨む。


「そういえば、魔獣食は……旅人や冒険者にとっては普通なんですか?」

「……えっ」

「えっ」


 思いもよらないことを聞いたという顔でイユが驚く。シュザベルは驚かれたことに驚いた。

 え……もしかして、普通ではない?


「魔獣食……魔獣かぁ……うーん……」

「……やっぱり食べませんか」

「いや、食べる旅人がいるのは知ってるよ。でも冒険者は魔獣狩りが主な収入源だったりするから、魔獣は食べないことが多いかな……そんなこと気にしない人は食べるかもだけど」


 イユたちがジェウセニューが割と日常的に魔獣食ってると知ったらどんな反応をするのだろうか。

 イユは「食料なくてヤバいときはイユクンたちも食べるけどねぇ……いや、マズくはないよ?」と言っているが、よく知っているとは答えられなかった。


(ルネロームさんやモミュアさんの料理の腕がいいのもあって、魔獣って美味しいものだと思ってました……)


 シュザベルは自分の認識がちょっとばかりズレていることに気付いてしまった。

 ジェウセニューの家に遊びに行くと高確率で母親のルネローム・サンダリアンが「晩ごはん食べていくでしょ? 今日はジェウが狩ってきてくれたお肉で、お肉のおうち作ったの~」と言いながら食器を並べていくので帰るに帰れなくなったことがよくある。稀によくある頻度で。

 それがまた美味しいので、普通に魔獣は食べられるものだと思っていた。

 いや、最初はなんの肉か知らずに食べていたのだが。


「――イユくん、」


 はっとメルが遠くを見た。

 呼ばれたイユは素早く周囲を見渡す。


「魔獣だ――来るよ」


 低いイユの声に驚いて、シュザベルたちは身を固くする。真っ先に我に返ったミンティスが横のフォヌメとネフネの背中を叩いた。

 シュザベルはネフネの荷物を受け取り、足元に下ろす。

 ネフネが鎖鎌を構える。

 メルが腰に吊っていた短い棒を取り出し、魔力を込めた。それはすぐに闇色の槍に変化する。アーティファクトの一種だとすぐに気が付いた。

 がさりがさりと音を立ててやってきたのは植物に似た魔獣。大きな双葉のようなものを腕のように動かし近付いてくるそれほど大きくない植物魔獣、切り株が動いているかのような魔獣、枯れ木のような魔獣が群れになってやってくるのが見える。


「うっわ、多いな……」


 ミンティスがげんなりとした声を出す。

 シュザベルは荷物から本を取り出し、目的のページを開いた。


「長い詠唱に入ります。援護をお願いしますね」

「またかー」

「ふっ、僕の魅力に魔獣たちも近寄らずにはいられないのかな……まったく、僕は一人しかいないんだから、こんなに大勢で寄ってたかって……なにを求めているんだい?」

「生き血じゃないかな」


 戯言を言っているフォヌメは放置して全員が戦闘態勢に入った。

 メルの黒い槍がしなり、最前線にいた双葉を串刺しにする。


「光の鎖を――ライル・ドゥー!」


 掛け声と共にイユの手には白く光る長い鎖が現れる。それを切り株の魔獣に投げると独りでに魔獣に巻き付き締め付けた。イユが勢いよく引いて遠くに投げる。地面に叩きつけられた切り株は本物の切り株に激突して半分砕け散った。

 見た目は木や植物に似ているが、それは外側だけ。実質は柔らかい生物のようで強い衝撃を与えるとさなぎのように潰れるのだと気付いた。


「――風よ聞け」

「――水の狩人よ」


 詠唱を始めたシュザベルのそばにミンティスとフォヌメが寄る。

 ネフネは鎖鎌を振り上げて三人に近寄ろうとする魔獣を牽制。


「――穿て、ウォタ・トロワ!」

「フィラ・アン!」


 槍のようになった水弾が目の前まで迫っていた切り株を貫いた。

 次いで炎の弾が周囲の双葉を焼く。

 きぃいぃいぃいいいいい、

 ぎぎぎぃぃぃぃいいいいぃぃいいぃ、

 耳障りな断末魔が頭に響く。


「――荒ぶる風の奔流――我が前を塞ぐ障壁を壊し……」


 風が逆巻く。フォヌメが靡く髪をふわりと掻き上げた。

 風が暴れる。フォヌメがくるりと回りリボンが風に舞った。

 風が呻く。フォヌメが――


「――ええい、鬱陶しいんですよ、このヒラヒラが!!」


 シュザベルは頬や首を掠めるフォヌメの髪とリボンを掴んだ。髪を引っ張られたフォヌメが放った炎弾が明後日の方向へ飛んでいきミンティスの水槍にかき消された。

 威力が途切れた水槍を見てミンティスが眉を吊り上げる。


「ちょっと、二人とも! ふざけるなら戦闘終了後にしてよ!」

「だってフォヌメが!」

「だってシュザが!」


 そんな三人を切り株魔獣の体当たりが襲う。

 三人はぎゃあと悲鳴を上げて地面に転がった。


「ちょっとちょっと、そこのおにいさんたちなにやってんの! 遊びじゃないんだけど~?」


 切り株魔獣の追撃が来る前にイユの光鎖が魔獣を縛る。

 それをメルの槍が穿つ。


「……遊んでるなら……遠くに行ってて?」

「はい……」

「すみませんでした」


 メルの圧に即座に謝る。

 遠くでイユが苦笑していた。

 こほん、とシュザベルは本のページをめくり、フォヌメに押し付ける。


「役割交代です。フォヌメ、全力でこのページの詠唱をしてください」

「なになに……これは炎魔法の四段階じゃないか」

「敵は枯れ木。なら燃やしてしまうのが手っ取り早いでしょう。それとも……出来る自信がない、とか?」

「ふっ。誰にものを言っているんだい? この僕だよ? 不可能を可能にし、不死鳥のように蘇る僕の実力を刮目するといい!」


 ミンティスがなにか言いたそうにしていたが、迫ってきていた双葉を足蹴にして水弾を炸裂させた。

 シュザベルも長い詠唱のいらない魔法に切り替えて魔獣たちの接近を防ぐ。

 ふわりと熱風がフォヌメを包み、赤い魔法陣が足元に展開する。


「――さぁ、聞きたまえ――この僕の美声を!」


 無駄にくるりとフォヌメが回る。リボンやフリル、髪がふわりと舞った。

 ぽ、ぽ、ぽ、ぽ、ぽ、

 小さく炎が弾ける。


「――麗しき青き焔より出でし火炎の申し子とはこの僕のこと!」


 ネフネが草を刈るように鎖鎌で双葉魔獣たちを薙ぐ。しかし大きな双葉を失くしても核が傷付いていないのですぐに新しい双葉を生やして前進してくる。

 恐怖というものがないのか、魔獣という生き物は。いや、そもそも生き物なのだろうか。よくわからない。


「――古の地を夢見る炎の乙女よ、僕の腕(かいな)を寄る辺に休め」


 シュザベルの風の刃が枯れ木を傷付けるが、根っこのような足を動かすのは止まらない。

 フォヌメが舞うのに合わせて炎の蝶がふわりと現れた。


「ああもう、エフェクトが鬱陶しい……!」

「しっ。静かに……詠唱失敗したらことですよ」


 くるりくるりと回るフォヌメ。もちろん詠唱にそんな動作は必要ない。要は術者の気分次第だ。


「――さぁ、聞くがいい! 刮目するがいい! 美しき業炎で全てを灰燼にしてあげよう!」


 フォヌメの赤い眼が辺り一帯の魔獣たちを射抜いた。


「――焼き尽くせ、フィラ・サンク!」


 轟ッ、

 竜巻のように燃え上がった火柱が凄まじい速度で前進。魔獣たちを食らうように地を舐める。

 イユがネフネの首根っこを掴んで安全な後方へ避難。メルも即座に火柱を避けた。

 避けられなかった魔獣たちが炎に飲み込まれていく。

 あとに残ったのは少々歪な珠が鈍く光るのみ。


「おお……流石の威力ですね。本にあった詠唱と少々違った気がしますが」

「ってかサンクって言った? サンク? キャトルじゃなくてサンク?」

「……一段階威力が上がっていますね。意外と隠れた能力を持っていたようです」

「ふふん。僕の実力を見たかい?」

「ええ、驚きました。確かにフォヌメの家はティユが重弾を使えたり、レフィスさんが炎精霊神官だったりするので……潜在能力は基本的に高いのかもしれません」


 光鎖を霧散させてネフネを小脇に抱えたイユと槍をもとの長さに戻し腰に直したメルが戻ってきた。

 三人とも大きな怪我はないようで、シュザベルはほうと胸を撫で下ろす。


「ほら、三人とも。怪我したトコ見せてみな」


 ネフネを地面に座らせ、全身を点検したイユがシュザベルたちに声をかける。

 魔獣に体当たりをされたりしれっと葉を飛ばしてきた双葉の魔獣などの攻撃であちこち切れているのに気付いた。

 服が! と叫んでいるのはフォヌメだけだが。


「僕の服が……それにここの髪が三センチ切れてしまった!」

「いっそ丸刈りにでもなれば鬱陶しくなかったのに」

「ミンティス、頬を切っていますね。消毒しましょう」

「はいはい、三人とも、仲良く傷見せてみなさいって」


 イユに促され、シュザベルも掠った腕を見せる。

 イユは傷薬を取り出すでもなく、ただ傷口に直接触れない程度にそっと手をかざした。


「――かの者に癒しを、クラル・ドイス」


 ぱっとイユの手と傷口が光り、瞬く間に傷が消えていく。それは治癒魔法ではなく、治癒魔術だと気付いた。

 治癒魔法は闇魔法族(ダーキー)が得意とする者が多い魔法だ。光魔法族(シャイリーン)であるイユが使えるものではない。

 それをメルではなくイユが使っている。そして詠唱が少し違ったのでシュザベルはこれが魔法ではなく魔術だと判断した。


「治癒魔術……ですね」

「そうだよーん。メルちゃんが向こう見ずな戦い方するからイユクン頑張って覚えたんだぁ」


 驚いている間にもイユは素早くミンティスとフォヌメの傷も癒してしまった。これくらいのかすり傷程度なら治せるのだとイユは言う。

 ちらりとメルを見ると、彼は唇を引き結んで俯いていた。


「メ~ル~、そんな顔してっとブサイクだぞ~」

「……自分も、治癒術が使えたらいいのに……」

「それはもう言いっこなしって決めたじゃん。今はイユクンが出来るから気にしなくていーんだよ」


 二人の会話に違和感を覚える。


「マホーつかえるのに、マジュツおぼえたなんて、イユにーちゃんヘンなのですな」

「こら、ネフネ」


 慌ててネフネの口を塞ぐが、もう遅い。

 あはは、とイユは怒るでもなく眉を下げて笑った。


「そーそー、イユクンってば変わりもんだからねぇ~。治癒魔術べんきょしたし、旅にも出ちゃうのさー」

「メルさんはヘンじゃない?」

「……自分は……自分も、変、かも……」


 メルは目を伏せる。長い睫毛が頬に影を作っていた。


「……自分は、魔法が使えない、ので」

「え、」


 目を瞬かせる。

 魔法が使えないとはどういうことだろうか。

 気になったがしかし詳しく聞くのも憚られた。また余計なことを言わないようにネフネの口を手で塞ぐ。


「もごもご」

「……さて、暗くなる前に魔獣の核を拾って野営準備しよっか」


 パンパンとイユが手を叩く。


「……ぷはっ! カクってなーに、イユにーちゃん」

「魔獣の核っていうのは、魔獣が持ってる……第二の心臓、みたいなもんかなー。魔力を溜め込む部分だから、すごーく魔力が貯まった石みたいなもんだよ」

「それをあつめるますか」

「そう。集めて冒険者ギルドに持ってくと換金してくれんだー。路銀稼ぎにちょうどいいんだよね。だから頑張って集めよ」

「はーい」


 全員がのろのろと動き出した。

 イユがぽんとメルの背を叩く。


「ねぇ、シュザ」

「なんですか、ミンティス」

「なんか悔しいから、あとでボクにも水魔法の詠唱教えて」

「ええ、もちろん」

「フォヌメにあんな活躍されたままにすんの、なんか悔しいな……」


 ふふとシュザベルは笑う。

 靴先にコツンと鈍色の歪な珠が転がってきた。

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