第19話 (友)旅は道連れ

 もう日が沈みそうだ。

 シュザベル・ウィンディガムとその一行は暗い街道を、フォヌメ・ファイニーズの手元の炎だけを頼りに歩いていた。

 港町から北の町へ行ったのは昨日の話。今朝、町を出てシアル・カハルへ向かった。

 そこまではよかった。

 途中に時折魔獣が出たくらいでトラブルはない。

 ただ、日が暮れる今の時間になってまで次の中継点である村に着かなかったのはシュザベル――いや、全員の想定外だった。

 暗くなってしまい、舗装されているわけでもない獣道のような場所をひたすら歩いているのが現状だ。


「ねぇ……これ、夜通し歩く気?」

「いえ……どこかで野宿した方がいいでしょうね」


 本当ならもっと早くその決断をするべきだったのだろう。旅初心者の一同にはその時間の見極めが出来る者がいなかった。

 村までの道がそれほど遠くないと慢心した結果でもあるだろう。

 最年少のネフネ・ノールドが「えぇ……野宿……」と少しだけ嫌そうな声を出した。

 シュザベルも旅に出るのだから覚悟はしていたが、進んでしたいと思うことでもない。

 しかしもう日はほぼ落ちてしまっていて周囲の様子は見えない。灯りはフォヌメの炎だけ。熱い。


「ここらで野宿しましょう」

「準備しようにも暗くて見えないよ」


 ミンティス・ウォルタの言う通りだ。

 もうお互いの顔すら、フォヌメの炎が当たる範囲でしか見えない。

 誰かの腹がきゅうと鳴った。


「……」

「……」

「……」

「……」


 無駄に沈黙が続く。その間にも日は山の向こうへ消えてしまっている。

 最年長としてこの場をどうにかしなければ、という気持ちがシュザベルの中にはある。焦り。

 そんなとき、ネフネが「あっ」と声を上げた。声のする辺りを見れば、フォヌメの炎に照らされるネフネの後頭部が見える。

 どこを見ているのだろうか。


「シュザベルせんせ! 見て、見て! あっちにあかりが見えるですよ!」

「灯り!?」


 灯りが見えるということは、そこに誰かがいるということだ。

 シュザベルはミンティスとフォヌメを見る。二人もこくりと頷いた。


「ネフネ、その灯りのもとへ案内してくれませんか。行ってみましょう」

「はーい!」


 ネフネはシュザベルの手を握り、あっちと開いた手で指を差す。指先はほとんど見えないが、フォヌメが少し炎を大きくしてネフネの足元を照らした。

 少し歩くとシュザベルの目にも灯りが見えてきた。焚き火の灯りだ。


「あ、だれかいらっしゃいますた!」


 焚き火のそばに座る影が見えてきた。そこに座っていたのは――


「あ」

「あ」

「あれ?」

「あ、イユにーちゃん!」


 そう、先日会ったばかりの光魔法族(シャイリーン)のイユと闇魔法族(ダーキー)のメルの二人組だった。

 先日と変わらない恰好で二人は向かい合って焚き火を囲んでいる。

 二人もこちらの顔を見て驚いた顔をしていた。


「わぁい、イユにーちゃんだ~!」

「うん。……うん? ネフネちゃん? どったの、こんなところで」

「えーと、まいご?」

「迷子じゃないですちゃんと地図通りに進んでいました暗くなる前まではちゃんとこの先の村まで一直線でした迷子じゃないですええ迷子にはなっていません」

「……そっかー。ネフネちゃんたち、暗くなって迷ったんだね」


 苦笑された。

 まだ迷ってはいないという発言はもう聞いてもらえなかった。


「……知り合いかい、シュザ」

「ああ、失礼しました。二人は初対面でしたね。光魔法族のイユさんと闇魔法族のメルさんです。三年前から旅をしているそうですよ」


 へぇ、と感心するように二人を見るミンティスとフォヌメを今度は二人に紹介する。


「友人の水魔法族(ウォルタ)のミンティスと炎魔法族(ファイニーズ)のフォヌメです」

「よろしく~」


 イユは軽い調子でひらひらと手を振っている。メルはそっとイユのそばに寄って、シュザベルたちの場所を開けてくれた。

 失礼しますと一声かけて、四人は焚き火のそばに座り込んだ。

 それで、とイユは一同を見回す。


「なんでこんな暗くなるまで歩いてたの? もし魔獣が出て来たら危ないトコだったよ?」


 軽い調子ではあるが、真剣な声だ。それは知り合いを心配するもの。

 いたたまれなくなって、シュザベルは思わず俯いた。


「すぐに村に着くものだと思ったんだ」

「うん。けど、人里の如何に近くだったとしても、暗くなる前に野営の準備をしなきゃ。暗くなってからじゃ遅い理由はわかる?」

「……手元が見えないから、だね」


 フォヌメの言葉にイユは真っ直ぐ頷いた。


「つまり、辺りを照らせれば問題ない、と」

「……うん?」


 がくりとフォヌメが崩れ落ちる。

 どうした、と思えばばっと顔を上げて意味深な謎ポーズをとった。


「僕の炎の導きにかかれば、些細な困難など恐るるに足らずだね! みんな今後も追随するがいいよ、リーダーであるこの僕の灯りに!」

「は?」


 ミンティスが低い声を出した。

 気持ちはわからなくもない。「は?」以外に言葉が出ないから。

 なんだか一人で責任を感じていたシュザベルは己の考えが馬鹿らしくなった。こんなもん、誰の責任でもなく自分たち全員の責任だ。

 シュザベルは顔を上げてフォヌメを見た。


「誰がリーダーですか」

「この僕に決まっているじゃないか」

「は?」


 ミンティス、さっきから「は?」しか言っていない。

 どうどう、と落ち着かせてイユとメルに視線をやる。二人ともぽかんとした顔で目を瞬かせていた。


「……すみません。ちょっとこの子、変なんです」

「えっ、あ、うん……うん?」

「変とはなんだ、変とは。シュザだって本ばかり読んでいる変人じゃないか」


 フォヌメよりマシですよという言葉は寸でで飲み込んだ。

 そのとき、騒がしいフォヌメとミンティスの声をかき消すようなぐきゅぅるるるという誰かの腹の虫が鳴く。


「……シュザベルせんせ、おなかへったます」

「そういえば、昼からなにも食べてませんでしたね」


 イユはメルと顔を見合わせて、仕方ないなと肩を竦めた。


「食べものはちゃんと持ってる?」

「はい。鍋に水を……ミンティス、お願いします」

「はいはい」


 ミンティスがシュザベルの荷物から出した簡易鍋に魔法で水を入れる。続いてフォヌメがそれを炎でお湯にした。

 ネフネの荷物から野菜と干し肉を取り出し、シュザベルが風魔法で一口大に切り裂く。それを鍋に入れて、再びフォヌメが鍋に火を着けた。


「……食材ってそのままの野菜を持ち歩いてるの?」

「え?」


 全員で首を傾げる。なにかおかしいことなどあっただろうか。

 メルが小さく「……重たくない?」とネフネに尋ねた。


「生野菜持って歩く旅人、初めて見た」

「えっ」


 聞けば、普通は固形食糧とちょっとした調味料、あとは干し肉くらいのものだそうだ。あとは現地調達が多いとのこと。

 なるほどと感心していると、旅人二人は呆れたように顔を見合わせた。


「……もうちょっとちゃんと調べてから旅立たないと危ないよ? そもそもなんでそんな軽装で旅なんかしようと思ったワケ? しかも最年少は九歳の子まで連れてさ」

「それは……」


 シュザベルは友人たちと顔を見合わせる。まさか神界に行くためにアーティアたちを探しているとも言えない。

 困っていると、ネフネがあのねとイユの袖を引く。


「あのねあのね、セニューさんを探しに神界へ行くですだよ」

「えっ」

「……………………ネフネ、それは他言無用だと言いましたよね?」


 シュザベルの顔が引き攣る。二人はどう思っただろうか、と恐る恐る様子を伺う。

 二人はぽかんと口を開けて固まっていた。


「……神界?」

「うん、そーだす」

「ネフネはもう黙っててくださいね」


 いい具合に茹で上がった野菜にミンティスが調味料を入れて完成させる。それを器に注いでネフネに渡した。ネフネは空腹だったのでそっちに夢中になる。


「……急ぎで探しに行くことになったんです。準備不十分は、確かに危険でしたね」

「責めてるワケじゃないよ。ただ、やっぱり同じ魔法族(セブンス・ジェム)の仲間としては放っておけないなって思ったんだ」


 優しい人だ。メルもこくりと小さく頷いている。


「イユクンたちでよければイロイロ教えたげられるよ~」

「ありがとうございます」

「おっと、真面目クンだったか」


 シュザベルも器にポトフモドキを注いで友たちに配る。自分の分を両手で持って冷えた指先を温めた。

 ネフネが隣のイユに人参をあげようとしているのを、名前を呼んで阻止する。イユはくすくすと笑っていた。


「食べなよ。冷めちゃうよ」

「……はい」


 息を吹きかけて少しだけ冷まし、フォークで元干し肉を刺す。白い湯気が可視化している。


「……ちょっとしょっぱいですね」

「塩入れ過ぎかな。加減が難しいや」

「こっちのイモはまだ時間をかけるべきだったね」


 ふふとミンティスが笑う。フォヌメも眉を下げて笑った。ネフネが人参をイユにあげようとしているのを名前を呼んで阻止する。またか。


「干し肉に使われた塩分ですかね。そもそも碌に料理もしたことがないのに旅立っていきなり出来るようになるわけがありませんでしたね」

「手伝いはあくまで手伝いだよね。ラティスの料理が恋しい……帰ろうかな」

「帰らないでくださいね」


 一応、口だけで言っているのはわかっているが釘を刺しておく。

 しばらく無言で咀嚼する時間だけが過ぎる。イユとメルの二人はもう携帯食料で夕食を済ませたらしい。

 大して美味しくもないポトフモドキをひたすら食べる。

 全員が食べ終わったことを見計らってか、イユがちらとメルを見てから口を開いた。


「ね、イユクンたちも連れてってくれない?」

「え」


 いきなりなにを言い出すのだろうかと見れば、メルも驚いた顔をしていた。


「イユくん……?」


 メルも怪訝な顔をしている。

 えーとね、とイユは首を傾げた。アシンメトリーな髪が揺れる。


「ちょっと考えてたんよね。イユクンたちが同行することでキミらは旅のあれこれを知ることが出来る、迷わずに済む。イユクンたちはちょっと珍しい旅が出来る。ウィン・ウィンってやつじゃん?」

「はぁ……」


 シュザベルは友人たちと顔を見合わせる。

 確かに旅について初心者な彼らは教え導いてくれる存在がいるというのはありがたい。だが、行先は神界だ。神族(ディエイティスト)の住む場所だ。

 どんなところかわからない。

 なにがあるかわからない。

 そんな場所に、そんなふわっとした理由だけで連れて行っていいものだろうか。

 本当は悩むまでもなく、同じ魔法族の仲間だとしても部外者である二人を巻き込むわけにはいかない。申し出は断るべきだ。

 けれどこれから先、なにがあるかわからない以上、旅慣れた人たちの同行というのは心強いことこの上ない。

 あと光と闇の属性が加わることで魔法の戦術に幅が出来るのではとシュザベルは頭の隅で考える。いや、旅の第一の目的は忘れていない。


「……」

「ダメ?」


 駄目というか……。シュザベルたちは返答に詰まる。

 イユの横でメルもため息を吐いていた。


「……イユくん」

「なぁに、メル」

「……みんな困ってる……」

「でもさ、神界って一度は行ってみたくない?」

「……」


 青年は困ったように考え込んでしまった。


「……イユくんは、神界に行きたい?」

「神界っていうかー、目新しいトコかなぁ。しかもしかもー、神族さまのいる神界なんて場所、見たことない魔法とか魔術とかあるかも! ほら、わくわくしてこない?」

「……わくわく……」


 イユはシュザベルと同じように魔法学について興味があるのだろうか。そうは見えないが、人は見かけによらないものではある。そうは見えないが。

 ふむ、とフォヌメが頷く。なにかを理解したような顔でイユとメルを見た。


「二人とも、素直じゃないね。僕と共に来たいというなら、はっきりそう言えばいいのに」

「……うん?」

「僕のカリスマと美しさが人を呼んでしまう……ああ、なんて罪な存在なのだろうか、僕は!」

「なにをどう解釈したの?」


 思わずミンティスがつっこむ。シュザベルはミンティスに同意した。

 が、フォヌメの暴走は止まらない。いつも通りだが。

 イユはぱちぱちと目を瞬かせるが、こてんと首を傾けたままにこりと笑う。


「……うん、そーそー。フォヌメくん見てると面白いし、一緒に行きたいなぁ。いいでしょ?」

「ふふふ、本当に罪な存在だな、僕は……。いいとも、僕について来たいというなら止める理由はないよ! 僕が神界まで導いてあげよう!」

「よっ、フォヌメくん、すごーい!」


 神界へ行く方法がわからないから、恐らく知っているであろうアーティアとヴァーレンハイトを探しているのだ。神界へ導いてくれるのはどちらかといえばその二人であって、フォヌメではない。

 イユも楽しそうに手を叩いたりしていて、でも害意はなさそうでどうしたらいいのかわからない。

 シュザベルはミンティスを見た。ミンティスもシュザベルを見た。ちらとメルを見れば、彼も困惑してこちらを見ている。


「メルさんは、神界行きを望んでいるんですか?」


 聞けば、少しだけ考えるようにして、小さな声でもそもそと喋る。やっぱり彼はあまり人と話すのが得意ではないようだ。


「……イユが行きたいなら、それでいい」

「そうですか」


 メルは仕方ないなという風に笑って、隣のイユを見る。イユとフォヌメはある意味相性がいいのか、あれこれと話している。

 ついてきてくれるのは歓迎出来る。まだシアル・カハルまでは少し遠い。


「まずはシアル・カハルまで行きたいんです。道中、よろしくお願いしますね、メルさん」

「……うん。よろしく……シュザベルくん、ミンティスくん」


 やけに静かだと思ってネフネを見れば、いつの間にか焚き火に当たるようにして眠っていた。お腹がいっぱいになってそのまま寝ていたのだろう。気付かなかった。

 シュザベルは未だ楽しそうにしているフォヌメとイユを邪魔しないようにそっとネフネに簡易寝具の掛布団をかけてやる。

 新しく二人、パーティに加わることになったがこれからどうなるのだろうか。

 まずは目指すはシアル・カハルまでの最後の中継点である町だ。

 シュザベルは欠伸を噛み殺して、ミンティスが洗ってくれた鍋を荷物の中に仕舞う。

 流れ星が頭上を通過したことなど、誰も気付かなかった。


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