第18話 (セ)早さで勝負!
朝日が昇ったころに起きだして、ジェウセニューはマースティルダスカロスに連れられて「底」に降り立った。一緒にアルゴストロフォスもいる。
三人で簡単な準備運動をして、いよいよ魔力制御の訓練を始めることになった。
「って言っても、マースさんが教えるまでもなく、誰かしらからヒントは貰ってるんじゃない?」
マースティルダスカロスに言われ、ジェウセニューは頷く。
昨日のヴァーンによる魔力制御訓練でのことを思い出す。
たくさん難しいことを言われたが、今のジェウセニューは『本人が意図せず周囲に危害を加えてしまう力を持っている者』能力者と同じような状態ということだ。
そして、呼吸の仕方を忘れてしまったようなもの。
意識するのは循環。
「まずは……魔素を取り込むことを意識してみる……?」
魔素は通常、目に見えない。それをどうやって感じるか。
ジェウセニューはゆっくりと深呼吸を繰り返す。
「そうそう。呼吸は身体中に巡る。それこそ血液と一緒にね。だから、呼吸を意識するのは正解だよ」
「……はいっ」
マースティルダスカロスに褒められ、少しだけ頬が緩む。……本当だったら、こんなやり取りをヴァーンとしたのだろうか。
拳を握り、目を瞑る。
呼吸を意識して、血の巡りを考える。
パチン、となにか弾けた気がした。
「……難しい……」
呼吸を意識して行うのは出来る。だが、血液循環を意識して行えるだろうか? 答えは否。
マースティルダスカロスも腕を組んで首を傾げる。
「正直、アタシも能力者に会ったことはないし、魔法が使えてたのに使えなくなった子の指導もしたことないからどーしたもんか考えどころなんだよねェ。指南役に選ばれといてなんだけど、セニューが自分で掴むしかないと思う。……まぁ、組手とかの相手くらいはしたげるからさ」
指南役ってなんだろ。
ジェウセニューは首を振ってもう一度、深呼吸をした。
呼吸は鼻から。入ってきた空気は胸の辺りにあるなんとかいう臓器に運ばれ、そこから血液と一緒に血管を通って全身を巡る。心臓、腹、太もも、足先で折り返して……、
「っだぁぁぁぁぁぁ! 難しい! わからん! 魔術師っていっつもこんなこと考えてんのか? んなわけねぇー!」
キレた。
もともと難しいことを考えるのは苦手なジェウセニューだ。今まで頑張って集中してただけでも凄いことだろう。
せめて魔素、魔力が目に見えたら少しは違ったかもしれないが、残念ながらジェウセニューは魔力感知能力を持っていない。
ジェウセニューはがっしがっしと頭を掻き回し、その場に蹲った。
あーりゃりゃ、とマースティルダスカロスも肩を竦めている。
しばらくそこで休んでな、とマースティルダスカロスは言った。
ジェウセニューはため息を吐いて短い草の生える地面に腰を下ろす。
「さて、じゃあ今度はアルの番!」
「うぅ~、がんばるのだ」
黙って見ていたアルゴストロフォスがぴょこんと跳ねる。
頑張れ頑張れ、とマースティルダスカロスが応援しながら手を叩いた。
なにをするのだろうか。
ジェウセニューが見ていると、アルゴストロフォスはぎゅうと目を瞑ってネコが毛を逆立てたときのようなポーズをした。
「う、う、う、う、う~」
「変わってないぞぉ」
アルゴストロフォスの周囲で薄い霧のようなものが渦巻く。
カッと身体を光らせてアルゴストロフォスは「うりゃぁっ」と叫んだ。
「……」
「……」
「……」
ぽふん、と間抜けな音がして、光が治まった。霧のようなものもいつの間にか消えている。
アルゴストロフォスはといえば――翼がなくなっていた。
ブフ、とマースティルダスカロスが吹き出す。
「あっはははははは、アル……アル! それじゃあただの大型爬虫類じゃないかい」
「え? ……わぁん、アルの翼~!?」
なにが起こったのかわからなくて、ジェウセニューは目を瞬かせる。
目尻の涙を拭ったマースティルダスカロスはそれを見て「あのね」と説明してくれた。
「アルはまだ人型に変化(へんげ)出来ないんだ。それで練習してるんだけどねェ」
なかなか上手くいかないようだ。
アルゴストロフォスはぷくりと頬を膨らませてマースティルダスカロスを睨んだ。
「マースだって、角も翼も残ってるのだぞ」
「あはは、確かに」
マースティルダスカロスに額をつつかれたアルゴストロフォスはころんと後ろに転がった。両手両足(前足後ろ足?)をぱたぱたと動かして起き上がろうともがいている。
ジェウセニューが起こしてやると、そのまま腕にしがみついてすんすんと泣き出した。
「……あーあー、マースさん泣ぁかせたー」
「泣き虫ちゃんだねェ、アルは。人間族(ヒューマシム)で言えばまだ三歳くらいの赤ちゃんみたいなもんじゃないかい?」
「泣いてないのだぞ! それにアルはもう八十四歳なのだ。赤ちゃんじゃないやいっ!」
「は、八十四歳!?」
ジェウセニューの声に二人はきょとんと首を傾げた。
てっきり四、五歳くらいだと思っていたのだ。自分よりずっと年上だと知って絶句するジェウセニューに、ああ、と合点がいったようにマースティルダスカロスは頷く。
「アタシたち龍族(ノ・ガード)の成人は五百歳くらいが平均だよ。百歳未満はまだまだ赤ちゃんさ」
「赤ちゃんじゃないのだぞ」
ぷくりと膨れる頬をつつくマースティルダスカロスは楽しそうな笑顔のままだ。
「アタシだって、まだ成人してちょっとしか経ってないしねェ」
「……いくつ?」
「いくつだっけ。えーとね、五百四十一歳だったかなぁ」
平均的な成人が五百歳でそこから四十一年経ってもまだ「ちょっとしか」経っていないらしい。長命種だとは聞いていたが、恐ろしいくらいに長生きだ。
そういえば、<龍皇>はそもそも世界が出来たころに生まれたとさえ聞く。一体いくつなのか、聞く気力もない。
龍族の里は龍族しかおらず、外から誰かがやってくることもほぼないことから、のんびりとした風土が根付いているのだろう。
「百歳を超えるころにはみんな大体人型に慣れるように、ヒトの姿で過ごすことが多くなるんだ。まぁ龍体の方が楽だってやつもいるから、そこは好き好きだけどね」
「マースさんは、どっちが楽?」
「んー、どっちかっていうと龍体かなぁ? でもセニューといるときは人型(こっち)でいるよ。でかくて鬱陶しいだろう?」
「そんなことねぇよ!」
いきなり大声を出したジェウセニューに龍族二人はぽかんと口を開けた。
はっと我に返ってもごもごと言い訳を重ねる。
「あ、いや、えーと……龍体っていうのもカッコいいし、鬱陶しくなんてないぞ! オレ、ずっとドラゴンっていうのに憧れてたんだ!」
嘘ではない。冒険譚のほとんどでは敵役だったが、稀に仲間になる物語もあった。
それを読んで以来、ジェウセニューの心には空を駆けるドラゴンの挿絵がずっと残っている。
本当にドラゴン――龍族と会うことが出来たのだ。友人たちに自慢してやろうと思うくらいには舞い上がっている。
ただ、両親のことが引っかかりっぱなしなのでそれを表に出さないようにしてきただけであって(出来ているとは言っていない)。
マースティルダスカロスとアルゴストロフォスは顔を見合わせ、今度は二人がもごもごと口を動かす。
「あ、あはは……そうやって言われると……へへ、嬉しいねェ」
「セニュくん、セニュくん! アルも! アルも、カッコいい!?」
「ああ、もちろん! 赤い鱗なんてサイッコーにカッコいい!」
「えっへへぇ~」
二人は同じように両手を頬に当てて、見るからに照れている。
二人曰く、そんな風に褒められることがないのだという。何故かと思えば、龍族は他の種族に比べて大きいものが多いため、どうしても他の種族に寄ろうとすればその巨体が邪魔になる場合が多く、どうも自分の大きさが好きではない者が多くなりがちだそうだ。
「他の種族……人属なんて、ちっさくてなんか可愛らしいじゃん?」
「そう……なのか?」
龍族の感覚はよくわからないなと思った。
まぁ、普通に巨人族(ティトン)以外の種族は龍族に比べると虫のように小さいだろう。可愛いのかはわからないが、一緒にいようとすればその巨体で潰してしまいかねないと慎重にはなるだろう。
でもここは龍族の里だ。気にすることなどないのに。
「成人した暁には、<龍皇>さまの許可を得れば里の外に出てもいいんだ。それでみんな、一度は外に遊びに行くんだけど……」
しょんぼりとマースティルダスカロスは肩を落とす。
龍体で行けば無駄に恐れられたり、家々を潰してしまいかねない。完璧な人型に変化出来る者ならばその心配はないだろうが、龍族で変化が得意な者など<龍皇>とその側近二人くらいのものだという。
他はマースティルダスカロスのように角や翼、鱗、ときには尾っぽなどが残ってしまうために龍族だとバレて慄かれるらしい。
(確かに、オレもここに来るまで龍族なんて物語の中のものだと思ってたし)
でも実際に彼らはいる。そして普通に悩みだってあるし、談笑したり上手くいかなくて泣いたりする。
普通のヒトたちだ。
(<龍皇>サマは別格だけど、他の龍族はオレたちとなにも変わらないんだな)
ただちょっと姿が大きかったりするだけで。
よし、とジェウセニューは拳を握る。
「アル、オレと勝負しようぜ!」
「へぁ? しょうぶ……?」
「ああ。オレがまたちゃんと魔法を使えるようになるか、アルが変化出来るようになるか、どっちが早いか競争だ!」
「あっはは、いいねェ。じゃあマースさんは審判やったげるよ」
マースティルダスカロスも乗り気だ。
アルゴストロフォスはどうだろうか、と顔を覗き込んだ。
「やる!」
きらきらとした蜂蜜のような瞳が一層輝いていた。
ふんふんと鼻息荒く、腕をぐるぐると振り回している。
「アルだってもう赤ちゃんじゃないのだぞ! セニュくんよりはやくできるようになるのだ」
「よっしゃぁ、じゃあ競争な」
「のぞむところなのだぞ」
ジェウセニューは拳を差し出し、アルゴストロフォスの手と突き合わせる。
やる気が出てきた。
もう一度、脳内でヴァーンの言葉を反芻する。それだけでは足りない。この三年間で母に教わったことも思い出そう。
拳を握り直し、ジェウセニューは深呼吸をする。
少しだけ、体内を巡るものが見えたような気がした。
「……ふふ、競争相手がいると早く強くなるもんだ」
楽しみだね、とマースティルダスカロスが二人の子どもを眺めている。
そんなことは、集中し始めた青年と子龍には目にも入らないのだった。
+++
ふぅ、と青年は息を吐いた。
琥珀色の髪を海風が撫でる。
あまりにもいい天気過ぎて、青年は目を細める。
目の前では小さな港で賑わう魔法族(セブンス・ジェム)たちの姿。
青年はくるりと周囲を見渡してこくりと一人頷いた。
店が立ち並んでいるが、それも数多くない。魔法族以外の種族も見えるが、往復船の乗組員ばかりだ。あとは数人の物好きな商人たち。
市場はもう撤収したあとのようで、買い物客もあまりいない。
青年はもう一度辺りを見渡し、息を吐いた。
ここまで来るのに相当な時間がかかってしまった。
青年の目的は、ここで果たされるだろうか。不安と期待が入り混じり、青年は前合わせの変わった服の襟元をぎゅうと握り締めた。
いいや、弱気になってはいけない。絶対に、叶えるのだ。
決意を新たに、青年は荷物を抱えなおして一歩、足を踏み出した。
拍子にトンと肩にぶつかる影。
「おっト」
「きゃっ。……す、すみません」
「いいエ」
黒い髪に薄い黄色の目をした少女だ。魔力の質やその外見的特徴から雷魔法族(サンダリアン)だと判断する。
「もう、モミュアってば。ちゃんと前を見ないと……今に海に落ちるわよ」
あとから追いかけてきたのは同じく薄い黄色の目をした派手な衣装の少女。踊り子のようだ。
彼女も魔力の質と外見的特徴から雷魔法族だと気付いた。
青年は出来るだけ柔らかな笑みを浮かべて二人を見やる。
「小生もよそ見をしていたのでお相子でス。すみませんでしタ」
いえ、とモミュアと呼ばれた少女は手を振った。並んだ踊り子のような少女もぺこりと頭を下げる。
「その恰好、旅の人でしょう? 今、船が着いたところだし、それに乗ってきた人ですか? それなら猶更、船旅で疲れてるのにこの子がすみませんでした」
「リーク……わたし、自分で謝れるわ。子どもじゃないんだから」
モミュアはこそこそとリークと呼んだ踊り子のような少女を肘でつつく。
青年はくすりと笑った。あまりにも少女たちが可愛らしかったからだ。
そうとは知らず、笑われた二人はあわあわと慌てだす。
「す、すみません……」
「いいエ。本当に気にしないでくださイ。……そうダ。申し訳ないと思うなら一つ教えていただけませんカ」
「はい、もちろん。なんですか?」
「宿を取りたいのでス。どこにあるか教えてくださイ」
二人の少女はきょとんと目を瞬かせたあと、お互いの顔を見合わせた。
「宿……あ、新しく出来たんだったわね」
「そうね、思わずありませんって言いそうになったわ」
「あっちの赤い屋根の雑貨屋さんの正面――ネコの可愛い置物がある扉が宿の扉よ」
「あア。……ありがとうございまス」
青年はぺこりと頭を下げる。
少女たちはいいえと手を振った。
もう一度、荷物を抱えなおした青年は少女たちに再度お礼を言って宿の方へ歩き出す。
ミャアミャアと頭上を海鳥が飛んでいく。
「本当ニ……この地に小生の探し物があるのでしょうカ……」
青年の声は小さく、海風に攫われて誰にも聞かれることはない。
青年は息を吐く。
ネコの可愛らしい置物がある横の扉を押す。カラン、とドアチャイムが鳴った。
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