第17話 (友)初戦闘
さて、一方のミンティス・ウォルタとフォヌメ・ファイニーズである。
二人は宿を出て大通りに出た。食料は市場を見ればいいだろうが、その他の必要物資は一か所にまとめられてはいない。ちょっと面倒な方を押し付けられたかもしれないとミンティスは少しだけシュザベル・ウィンディガムを恨んだ。
とはいえもう出てきてしまったものは仕方がない。フォヌメと二人でああでもないこうでもないと言い合いながら店を渡り歩いていく。
時折、服や装飾品の店を見たがるフォヌメを引っ張っていくつかの品を買い終えたミンティスは一人、「やっぱりフォヌメはフォヌメだから、ボクがしっかりしないと」と気を引き締めた。
余談だが、フォヌメはフォヌメで「ミンティスは年下の子どもなんだから、僕がしっかりしないとね」なんて思っている。知らぬが仏。
「さて次は……簡易寝具や調理器具を探そう」
「その前にちょっとあっちのブティックを見てみないかい? あのショーウィンドウにある青いストールなんて僕のためにあるデザインだと思わないか」
「はいはい思わない思わない。さっさとしないと日が暮れちゃうよー」
「あの店は装飾品も豊富なようだね。おや、あそこに置いてある髪飾りは……僕の好みとは違うけれど、君の彼女に似合うんじゃないかい?」
「えっ、どれ?」
二人の寄り道が決まった。
ミンティスはいっそフォヌメを引き摺るようにして彼の指す店へと入る。
衣服がメインの店だが、確かに装飾品も豊富らしい。フォヌメが好みではないが彼女――ラティス・ウォルタに似合うだろうと言った髪飾りを見る。いや、お前の好みはどうでもいいよと思いつつ、ミンティスはいろんな角度から髪飾りを眺めた。
髪ゴムに冠を模した飾りがついていて、桃色のイミテーションストーンがあしらわれたデザインだ。ラティスがつけたらきっとどこの貴族の姫君よりも可愛らしいだろうとミンティスは夢想する。
フォヌメの自分好きはどうでもいいと思っているが、そのセンス(他人へのコーディネート)は信頼しているミンティスだった。
背後ではフォヌメが店員とデザインの方向性や色味の違いがあるかどうかなどについて尋ねて困らせている。
「これラティスへのお土産にしよう。……フォヌメ、そんなに服買ってどうするの? 嵩張るんじゃないかな。これからボクたち西の街を目指すんだよ? そんなに荷物増やしてどうするのさ」
「流石の僕も言い返していいかな? その手に持った髪飾りはどうするんだい」
「ラティスへのお土産」
「これから西の街に行くのに」
「だからたくさん服買っちゃ駄目だって」
「……なら一つくらいなら構わないだろう?」
「そうだね、一つくらいなら」
ツッコミが誰もいないのである――!!
結局、ミンティスは髪飾りを丁寧に包装してもらい、フォヌメは青みがかったストールを買った。
ありがとうございましたーという店員の声に見送られて店を出る。
「いい買い物したね」
「ああ、いい買い物だった」
ツッコミが誰も(以下略)。
満足した二人は宿へ戻ろうと歩き出したところで――宿を出てきた理由を思い出した。
「……あ、シュザにあれこれ買ってくるように頼まれてるんだったね」
「……そういえばそうだったね」
二人は顔を見合わせて、戻ろうと引き返していた足を店が立ち並ぶ方へ向け直した。
そもそも集落を出てきたのはお土産を買ったり、ブティックを見るためではない。
(セニュー、無事でいてね……!)
白々しいことこの上なかった。
+++
「へっくしょーいっ」
「わぁ、セニュくん、だいじょーぶなのか?」
「……なんだろ、誰かがオレの噂でもしてるんかね」
そんな会話が龍族(ノ・ガード)の里で行われていた。
+++
翌日、早朝。
シュザベルは隣のベッドで眠るネフネ・ノールドの「畑の水やり!」という寝言で目を覚ました。まだ日が昇ったばかりの時間だ。
欠伸をしながら隣のベッドを覗き込むが、当の本人はまだ夢の中らしい。
寝直すにしても時間が微妙だったので起きることにした。
のそのそとベッドを這い出て髪を手櫛で梳く。ベッド脇の背の低い棚の上に置いた眼鏡をかけて洗面台に向かう。
久々に読書で徹夜をしなかったのでいい睡眠が取れた。
顔を洗って髪を整え直している間にフォヌメが起きだし、続いてミンティスも起きてきた。交代で洗面台を使い、身支度を整える。
「ネフネ、朝ですよ」
「ん……かーちゃん?」
「貴方の母親になった記憶はないです」
ぺしりと頭を軽くはたいてやりながら布団を引き剥がす。ネフネはもぞもぞと身動ぎをしていたが、しばらくすると眠たそうな目を擦って起き上がった。
「シュザベルせんせにおこされるのシンセン~」
「はい、おはようございます。早く身支度をしてしまいなさい。朝ごはん、食べるでしょう?」
食べる! と元気にベッドから飛び降りたネフネは変な寝ぐせをつけたまま洗面台に向かっていった。
その間にシュザベルも荷物の整理をする。必要な食糧や道具は四人で分けて持っているが、それでもやはり結構な量になった。
パンパンになった鞄を見下ろし、シュザベルは首を傾げる。
「ヴァルさんたちはこれほど荷物を持っていたでしょうか……」
「どうだろう。いつもセニューの家かニトーレさまのところに泊まってたみたいだから、どれくらいの荷物だったかは見た記憶がないや」
ネフネが洗面台から離れて身支度を整え終わったのを見て、四人は揃って部屋を出た。食事は昨晩と同じように宿の一階にある食事処で済ませる。
旅人や冒険者向け、朝方港についた徹夜の船員たち向けに量が多い朝食だった。シュザベルには少々多すぎたので、半分くらい残してしまったのは申し訳なかった。あれ以上食べたら吐く。絶対に吐く。
宿を出るころにはだいぶ日が昇っていた。
「さて、西の街を目指しましょうか」
「おー」
ミンティスとネフネが右腕を上げて同意する。
昨日ミンティスとフォヌメが買ってきてくれた近隣の地図を開く。西の街はシアル・カハルというらしい。
そこに着くまでにいくつか村や町があるので、そこを中継していけばいいだろう。
「まずはここから北にある町を目指せばいいかな」
「そうですね」
地図とコンパスを確認しながら港町を出る。途端に荒野が広がっていて、故郷の集落を行き来するのとは違うのだと自覚する。
舗装されていない獣道。ここから何人もの旅人が、冒険者たちが、旅立っていったのだろう。少しだけ踏み均されて道のようになっている。
さり、と靴底が小さな石を踏みつける。
重たい荷物を抱えなおし、友人たちと顔を見合わせる。――誰ともなく頷いた。
「さぁ、出発だ!」
フォヌメが声を上げる。一歩、外へと踏み出した。
――港町を出て十五分で魔獣に囲まれた。
「うっそでしょ」
「残念ながら現実ですよ……魔獣の群れの注意喚起は聞いてませんでしたね」
ネフネが荷物を置いて鎖鎌を構える。
荷物を守るようにして全員で背中合わせに魔獣を睨みつけた。
もう一人くらい前衛が欲しいところだが。
「……フォヌメ、前に出て囮――ごほん、前衛やりませんか。目立ちますよ」
「今、囮って言わなかったかい? 嫌だよ、服が汚れるじゃないか!」
「いいからいいから。ちょっと火炎放射したらいいだけだからさ」
ぽんとミンティスがフォヌメの肩を叩く。
囮云々は冗談だとしても、本当に詠唱の時間を稼ぐための盾もとい前衛が足りない。
ぐるぅぅ、と野犬に似た八つ目の魔獣が涎を垂らしながら飛び掛かる体勢に入った。
「ネフネ、無理はしないでくださいね! ――シフィユ・アン!」
小さな風の刃がミンティスに飛び掛かろうとしていた魔獣を切り裂く。鼻っ柱を切られた魔獣はきゃうんと悲鳴を上げて後ろに飛びずさった。
「魔獣狩りなら、畑をあらすガイジュータイジと同じだよ!」
ネフネは元気よく鎌を振った。飛び掛かってきた魔獣三体を一気に切りつけ後退させる。しかしまだ成長途中の身体、一撃で倒すような腕力を持っていない。
シュザベルはそれに気付いて持久戦は回避しなければと強く決意する。
(なにか、打開する策を――)
ミンティスとフォヌメも詠唱破棄して小さな水球や火球で魔獣たちを後退させるが、なかなか決定打にはならない。強い魔法を出そうとすれば、詠唱に時間がかかるのだ。
「ウォタ・アン!」
「フィラ・アン!」
水球と火球のトルネードがシュザベルに飛び掛かって来ていた魔獣の腹を貫いた。
「! 今のは……」
「なにあれ、威力やば」
「僕の炎とミンティスの水が打ち消しあわずに重なった……?」
はっとシュザベルは二人を見た。
昔読んだ本に相乗効果を狙う魔法について書かれていたのを思い出す。あれは結論として机上の空論、実際にやるには無理があるとされていたが。
(いえ、今二人は実際にやってのけた……そしてわずかながら威力が上がっていた!)
「二人とも、今のをもう一度やってみせることは出来ますか?」
「え? ええっと……どうだろう、偶然だし……」
「おれちゃん、そろそろ手いっぱいなんだすけど~!」
とにかく二人には出来るだけ同時に魔法を発動させるように指示し、シュザベルは大きく息を吸った。
「状況を変えるために少し詠唱に入ります。頼みましたよ」
「えっ」
ちょっと待ってとミンティスたちが言っているが、もう詠唱に入ったシュザベルの耳には入らない。
ぼわりとシュザベルの足元に緑に光る魔法陣が浮き上がった。
「――風よ告げよ――その怒りを」
一気に魔力が吸い取られるような感覚に倒れそうになるが、シュザベルは足に力を入れて続ける。
「――其は清純なる風乙女――其は正当なる風の賢者――其は麗しき風の騎士」
シュザベルに飛び掛かった魔獣をネフネの鎖鎌が切り裂く。
「――怒れ――怒れ――怒れ――怒れ――怒れ、怒りを持って我が敵を切り裂け!」
魔法陣が一層光を放つ。
はっとミンティスが息を飲んだ。
「――全てを飲み込め、シフィユ・キャトル!!」
轟ッ、
凄まじい風がシュザベルの周囲から湧き起こる。
風は渦巻いて徐々に勢いを増していく。
それはシュザベルとその周囲の友人たちを中心として大きな柱の如き竜巻となる。
魔獣たちが巻き上げられ、天に向かって放り投げられた。
巻き込まれないように踏ん張った魔獣は全身を切り裂かれてどうと倒れる。
それは一瞬か、それとも数分の出来事だったのか。
風がやみ、重力に逆らえない魔獣たちは硬い大地に叩きつけられ絶命した。
「……えっぐ」
「うわ……」
ミンティスたちが呆然とその光景を見ている横でシュザベルはふらりとした眩暈を覚えた。辛うじて足に力を入れて倒れることは阻止する。
「シュザベルせんせ、だいじょーぶ?」
鎖鎌を腰に戻したネフネがそっと近付いてきた。それに頷いて、少し切ったらしい頬を指す。
「ちょっと魔力を使い過ぎただけですよ。それより、ほら、怪我をしているじゃないですか」
「んー、これくらいだいじょぶなます!」
放置するわけにもいかず、荷物の中から絆創膏を取り出して貼り付けてやった。若干、具合が悪いので適当になったのは目を瞑ってほしい。
ついでに水を飲んで息を落ち着かせた。
「それにしても凄い威力だったね。キャトルまで使えたなんて、シュザすごいじゃん」
「詠唱の時間を稼いでくれたおかげですよ。初めて実行してみましたが、あれくらいの威力になるんですね……」
うん? とミンティスとフォヌメが首を傾げた。
「流石に集落周辺であの規模の魔法を発動させるような開けた場所はありませんし、ぶっつけ本番でもなんとかなってよかったです」
「……シュザ? もし完全に君だけが中心の竜巻が発生していたらどうするつもりだったんだい?」
「そのときは……そのときでしょうね。まぁ、なんとかなってよかったです」
「ちょっと待って、そんなイチかバチかな状態だったの!? こわっ!」
「なんとかなってよかったです」
「それ言えばいいと思ってるでしょ」
ぽかぽかと背中を叩いてくるミンティスを放置して、シュザベルは地図とコンパスを取り出して方角を確かめる。
真っ直ぐ北に進めば最初の目的地である町が見えてくるはずだ。
「本で読んだ詠唱を試してみる機会が出来てよかったです」
「よかったねぇ……けど次からはちゃんとボクたちが無事でいられるかどうかを重点的に考えてから行動して」
「善処します」
もう、とぷりぷり怒るミンティスも荷物を抱えなおして、ネフネが荷物を背負ったのを見計らって歩き出す。あちこちでトマトのように潰れている魔獣だったものは見なかったことにしつつ避けて歩く。
歩きながら、でもさぁとネフネがシュザベルを見上げた。
「シュザベルせんせ、カッコよかった!」
「……ありがとうございます」
突然、フォヌメがそれだ! と叫んだ。
隣を歩いていたネフネがびくりと驚いた猫のように飛び上がる。
「シュザ、今まで読んだ本は風魔法についてだけかい?」
「いいえ、集落にあった本なら属性関係なく読みましたよ」
「なら炎魔法の中に僕を更に美しく魅せるものはなかったかい」
「なかったですね」
即答。
魔法をそんな基準で見たことはないので、あったとしても知らないというのが本当のところだが。
「それより私としては二人が行った合体魔法――『リンクする』とでも言いましょうか、あの状態が興味深いです」
友人二人は顔を見合わせる。
「そう言われても、結局出来たのはあの一回だけだったしね……」
「やっぱり偶然だったのでは?」
「いえ……試行錯誤してみる価値はあると思います。例えばですが、私の風とフォヌメの炎で竜巻など起こせたらすごいことになりそうじゃないですか」
「……それはちょっとカッコいいね」
自分をよく魅せるの大好きっ子が釣れた。
確か、とシュザベルは荷物の中から家から持ってきた一冊の本を取り出す。
パラパラと捲って、すぐに目的のページを見つけた。なんだろうと三人も覗き込もうと首を伸ばす。
「このページに書かれているのですが、リンクして魔法を発動させるというのは机上の空論扱いです。ですが、お二人は実際にやってみせた。ならばこれは一考する価値のある記述となります。理論としては同時に発動するだけでなく、共に信頼し、心を通わせる必要があるとか」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……やめよっか」
「何故ですか、ミンティス! 貴方は先ほどフォヌメと心を通わせたのではないのですか!?」
「その心を通わせるって言い方やめてくれるかなぁ!?」
「フッ、僕に心酔していたとは……ミンティスも隅に置けないじゃないか」
「し、て、な、い、よっ!」
もう、と怒ったミンティスはスタスタと先を行ってしまう。フォヌメが無駄にいい笑顔でそれを追う。シュザベルはネフネと顔を見合わせた。
「ねぇねぇ、せんせ。おれちゃんもみんなと合体技したいでしょぉ」
「したいです、ですかね。リンクさせるにはもう少し魔法の技術を磨かないといけませんね」
「ちぇー」
ミンティスたちの正面から大鷹のような魔獣が奇声を上げて襲い掛かろうとしていた。
「ネフネ、行きますよ!」
「うん!」
走り出す。
まだ北の町は見えそうにもなかった。
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