第13話 (友)魔法講義
ゆっくり休んだおかげか、夕食の時間にはすっかり具合がよくなった。シュザベル・ウィンディガムは船員に言われた通りに本は遠ざけ、暗くなってきた海上を眺めていた。
夕食は船内の食堂で頼むか、持参するかだったので食堂に集まって取ることにした。ミンティス・ウォルタが呼びに来たのに答えて、シュザベルも船内に入る。
夜の海は明かりがなく、少々恐ろしい。昼前のようにまた大型魔獣が現れたらと思うと居心地が悪かった。
船員曰く、夜は魔獣も休むし、魔獣避けのなにやら魔法だか魔術だかを周辺に張るので大丈夫だそうだ。少しだけ安心する。
「あ、シュザベルせんせ、元気なったー!」
「ええ、心配おかけしました」
食堂に先に来ていたネフネ・ノールドが両手を上げて喜ぶのを見て、頬が緩む。
四人用の席に着く。今晩のメニューは黒パンとクリームシチューだそうだ。付け合わせのサラダはザワークラウトと呼ばれるキャベツの漬物。
以前、本で読んだことあるものが出てきたのでシュザベルのテンションは人知れず上昇した。
「そういえば、あれから船の方は大丈夫だったのでしょうか」
黒パンに齧りつくネフネの隣でフォヌメ・ファイニーズが頷く。
「ああ、奇跡的に船底も無事だったらしいよ。ふふ、僕が乗っていたからかな……」
「船首はバッキバキみたいだけど、まぁ向こうの港町に着くまでは持つみたい」
ミンティスがシチューのブロッコリーをそっとフォヌメの皿に移しながら教えてくれた。フォヌメは気付いていない。
ミンティスといえば、とシュザベルは昼前の戦闘で気付いたことを思い出した。
「ミンティス、あの魔獣と戦っているときの魔法、いつもよりも威力が増していませんでしたか?」
「ああ、そうなんだよね。なんかよくわかんないけど、すっごく気持ちよかった」
ほう、とフォヌメも自分の世界から帰ってくる。
ふむ、とシュザベルは考え込む。
「もしかして、水魔法族(ウォルタ)は水辺で能力向上するのでしょうか?」
そんな話はどんな本にも書いていなかった。そもそも魔法族(セブンス・ジェム)が外敵と戦ったりした記録があまり残っていないのだ。
新しい発見かもしれないとシュザベルのテンションは更に上昇する。
「なるほど……では僕も環境によっては能力向上することが……また魅力的になってしまうな」
「え、火事場にでも行くの?」
「火山の火口かもしれませんよ」
ならば風魔法族(ウィンディガム)であるシュザベルは風が吹いている限り、能力向上が望めるのではなかろうか。
ふと静かだと思って正面に座るネフネを見た。シチューを口に運びながらも難しい顔をして眉間に皺を寄せている。
「どうしました、ネフネ」
「うーん……」
スプーンをくわえながら唸る。行儀が悪いと一言いえば、素直にやめる。
シュザベルせんせ、とネフネはシュザベルを見上げた。
「魔法ってなんであんなに長いのますか?」
「『ます』じゃなくて『です』を使ってください。……もしかして、詠唱のことですか?」
「エイショー」
初めて聞いたという顔をするネフネに再び頭痛がしたシュザベルは頭を抱える。
いつぞや授業でやったはずだ。全く覚えていないのかと思うと教師として悲しくなる。
「えーと、ネフネ。そもそもどうやって魔法を扱うかはわかっていますか?」
「えっと、マリョクをねって、長いのいう!」
「……はい、三十点あげましょうね」
わーいと喜ぶネフネにため息を吐く。横ではミンティスが苦笑していた。
「ネフネ、いい機会だからちょっと授業しましょうか」
「えー」
「えーじゃない。まず魔法というのは魔力を練り、行使者のイメージで形も威力も変わります。そんな不安定な魔法を形式的に扱うようにするのが詠唱です」
嫌そうにしていた割に、ふんふんと頷いてネフネはシュザベルの話を聞いている。
その横でフォヌメが「そうなのか……」と呟いたのは聞かなかったことにした。
「詠唱があれば、ほぼ統一されたイメージが持てるでしょう。そうすれば扱う魔法の形や威力も統一されます。それに、詠唱することで集中しより良く魔力を練ることが出来るという理由もあります。……とりあえずそういうものだと理解しておいてください。他にも三十二通りの理由がありますが、今日は省略します。専門的なことが多いので」
ここまでいいですか、と問えば、ネフネは元気よく首肯する。
シュザベルも頷いて続けるために口を開いた。
「なので教本に載っている詠唱を覚えるということは大事なことでもあるんです」
「う……」
「少しずつ覚えればいいんです。必要に駆られれば覚えるでしょうし。さて、次は詠唱の中身について少しお話ししましょうか」
コップに入った水で唇と舌を潤す。
「まず魔法には属性があります。なにかわかりますか、ネフネ」
えっと、とネフネは天井を見上げながらなにかを思い出そうとする。しばらく待っても答えは出てこなかった。
「……せめてご自分の属性である地くらいは言ってほしかったのですが」
「ち? ……あ、地魔法族(ノールド)の地だ!」
「はい。ということは……他の属性はなにか、もうわかりますね?」
「はい、はい! 地、やみ、ひかり、かみなり、水、風!」
「……一つ足りませんよ」
「僕の炎魔法族(ファイニーズ)を忘れるなんて、なんてことだ」
横からフォヌメがぷりぷりと怒っているがネフネは意に介した様子もなくぺろりと舌を出した。
改めて七つの属性を言い直し、どやぁと効果音が付きそうなしたり顔で満足そうに胸を張っているのが微笑ましい。
「私たち魔法族の属性ですね。一応他にも生活魔法や補助魔法などがありますが、そちらはまた今度にしましょう。主に攻撃魔法と呼ばれる分類になるこの七つの属性魔法は、一番形式が作られていて学びやすい魔法となっています」
「ねーねー、シュザベルせんせ。なんでおれちゃんたちはそれぞれのゾクセーにわかれてるの? なんでその魔法しか使えないの?」
それは歴史学の範疇になるな、と思いながらも自分から興味を持ってくれたことに嬉しく思う。
歴史についてはティユが好むジャンルなのでいつも任せっきりだ。わかりやすく教えられるだろうかとシュザベルはネフネを見下ろす。
魔法族の歴史に関しては三年前の大精霊祭で触れたし、復習として先月もやっていた気がするが気が付かなかったことにした。
「まず魔法族の発生がどのようにして起こったのかは覚えていますか?」
「なんか……前まであったフーインがどうのって……あれ、せいれーだっけ」
「管理者と呼ばれる方々が世界にとってとても危ないものを封印したのが魔法族の集落のある土地。そしてそのときに生まれたのが七精霊で、七精霊の加護を受けたのが精霊神官さまです。そのときに七つの属性が生まれたと言われています」
何故、魔法族はその属性の魔法しか使えないのか。それはその時代に遡る。
精霊神官とその周囲にいた者たちはのちに魔法族と呼ばれる者たちとなり、七つの内の一つの属性の魔法が使えるようになった。
精霊の加護があったから魔法が使えるようになったので、その加護を授けてくれた属性の魔法しか使えないのだ。
そこまで説明すると、ネフネはわかったようなわからなかったような顔でとりあえず頷いた。
「これが魔法族の成り立ちです。では話を戻して、属性と詠唱の話ですよ。詠唱についてはそれぞれ教本に載っているのを覚えるのが第一です。慣れた方や精霊神官さま方のように力の強い方はある程度、省略することが可能です」
「じゃあ、精霊神官さまになれば、教本のエイショーをおぼえなくてもいいですのか?」
「精霊神官さまになるには精霊さまの加護が必要なので、なろうとしてなれるものではないですね」
ちぇー、とネフネは唇を尖らせた。ついでにザワークラウトが入った皿をこちらにそっと押したのでこちらも笑顔で押し戻す。
「詠唱は基本的に精霊さまへの祈りが込められることが主です。誰に祈っているのか、そしてどの段階の魔法を扱うのかというのが短い詠唱となります」
「だんかい」
「魔法の段階は八段階の強さがあります。弱い方から強い順にアン、ドゥー、トロワ、キャトル、サンク、シス、セット、ユイット」
「ユイット以上はないのます?」
「ないのですか、ですね。ええ、一応人類が使える魔法の威力としての最上限となります」
さっさと食べ終わったミンティスは水を飲みながら少し詰まらなそうに聞いている。彼の母親は前水精霊神官だからこの程度のことは耳に胼胝が出来るほどに教わっているのだろう。
少しだけ付き合わせて申し訳ない気持ちがある。
その前の席で新鮮な気持ちで聞いているオバカは放置することにした。
「続いて誰に祈るのか、というのは精霊さまに由来します。光魔法族(シャイリーン)はライルと唱えます。例えば『ライル・トロワ』、なんて風に。他の属性は闇、シェイグ。地、ノリャ。風、シフィユ。水、ウォタ。炎、フィラ。雷、ヴォル。……さて、では地属性の二段階目を使いたいときの詠唱は?」
「えっとえっと、おれちゃんの地魔法族がノリャで、二段階目がドゥーだから……『ノリャ・ドゥー』!」
シュザベルが正解ですと微笑むと、ネフネは再びどやぁと嬉しそうに胸を張った。まぁ、以前やった講義なんですけど。
「一般に集落の人たちは三段階目、トロワまで扱うことが出来る人が多いです。精霊神官さまとなると、長く詠唱すれば五段階か六段階まで使えるとか」
「長くエイショーすると、強い魔法が使えるのです?」
「基本的には。とはいえ限度はあるので、トロワまでしか使えない人が長い詠唱をしたところでサンク……シスを使えるかどうかでしょうね。私は試したことはありませんが、詠唱すればキャトルまではなんとか使えるようです」
「じゃあじゃあ、おれちゃんも長いエイショーすればユイット使えんのかですよ?」
「数日詠唱をし続ければ使えるかもしれませんね」
にっこり笑ってやると、ネフネはひくりと頬を引き攣らせた。ユイットなんて一応段階としてあるだけで、使える者がいたという記録すらない。
「これが魔法の詠唱と属性、威力についてです。わかりましたか」
「はーい!」
少々一部の理解が怪しいが、ネフネは元気よく手を上げた。
まぁ威力の弱い魔法やわざと弱めた魔法は生活魔法と変わりない。現にシュザベルの母は先日も「シフィユ・アン~」なんて言いながら洗濯物を室内乾燥させていた。雨の日にはよく見られる光景だ。
「で、先ほどの話はミンティスの詠唱と実際の威力に差があったので違和感だったんです」
なるほど、とネフネは首を傾げる。横で同じようにフォヌメも首を傾げていた。
「ミンティスが詠唱を間違えたのではないのかい」
「ボクがそんな変なミスすると思ってる?」
「……ないか」
こくりとシュザベルも頷く。
「なので海上という場が影響しているかと考えたのです」
「なるほど、つまりやっぱり僕が火のある場所へ行けば更に強くなれる、と」
「火事場泥棒でもするの?」
「そんなセンスのないことするわけがないだろう!?」
しかし火のある場所なんて水場よりもずっと限られているだろう。もっと限られているのは雷属性であるジェウセニュー・サンダリアンかもしれないが。
あとセンスがあれば火事場泥棒をするつもりか、フォヌメは。倫理観というか彼の基準は未だに理解出来ない。
「いろいろ検証してみるのも面白いかもしれませんね。フォヌメを火口に落としてみるとか、ミンティスを海に落としてみるとか、機会があったらやってみましょう」
「落とさないでくれないかなぁ!?」
「死ぬ! 流石の僕でもそれは死ぬ!」
どうせなら光魔法族と闇魔法族(ダーキー)のデータも欲しいところだとシュザベルは一同を見る。バランスよく属性は被っていないパーティだ。即席とはいえそれなりにいいパーティなのではないだろうか。
しかし問題が一つある。
「ところで、私とミンティスは完全に後衛なんですよね」
「……あ、確かに」
「フォヌメは……環境によっては魔法を使えば大変なことになりますし」
「うっ」
「……………………ネフネ、この旅についてくると言うことは、前衛で頑張ってもらうことになるんですよ。わかりますか」
きょとんとネフネは目を瞬かせる。
本当は年下で、しかも自分の半分くらいしかない子どもにそんなことを任せるのは間違っていると思う。
けれど、無理にシュザベルやミンティスが前に出たところでジェウセニューを見つける前に大怪我で大変なことになるのは目に見えている。
昼前の戦闘での動きを見て考えたのだ。ネフネは前衛に向いていると。
どうしても苦いものを噛んだ心地になって、シュザベルは眉を歪める。
ネフネは真っ直ぐにシュザベルを見上げた。
「そんなの、さいしょっからそのつもりですだよ!」
ぱっと笑顔を咲かせるネフネに気負った様子はない。
シュザベルはため息を吐いて、友人たちを見た。
ミンティスは肩を竦め、フォヌメはお手上げとばかりに手を肩の高さまで上げている。
シュザベルはもう一度、ネフネを見た。
「ネフネ。貴方を連れていくに当たって、守ってもらう決まりがあります」
「!」
「第一に、怪我をしないようにちゃんと周りを見ること」
「はい!」
「次に、誰かを怪我させないように十分に注意すること」
「はい!」
「そして、私やミンティス、フォヌメの言うことはちゃんと聞くこと」
「……はい!」
「最後に、毎日少しずつでいいので私とお勉強をすること」
「……は、い……」
頷いたことを確認して、シュザベルは頬を緩めた。
「ではまずは好き嫌いしないで全部食べることから始めましょうか」
「……はぁい……」
先ほどまでの元気はどこへやら。ミンティスはそれを見てくすくすと笑っている。
授業をしていたらシチューが冷めてしまった。少し残念に思いながら、シュザベルはスプーンでシチューを掬った。
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