第8話 親子の行方
ハンモックで昼寝をしていた雷精霊神官、ニトーレ・サンダリアンは腹に衝撃を受けて目を覚ました。
まだ眠たい目を擦って見れば、腹の上にサルが二匹乗っている。衝撃はこれか、とニトーレは欠伸を噛み殺した。
「んだよ、俺は今貴重な昼寝時間中なんだよ……なに? バナナ? わかった、わかったよ」
ニトーレは横に持ってきていたテーブルに乗せてある果物籠の中からバナナをひと房取り上げてサルたちに手渡す。
サルたちは嬉しそうにそれを受け取ると、片手を上げて礼を言うポーズを取った。
手を振るとそのまま二匹は木々に紛れてどこぞへと帰っていく。
一体いつもどこから来てどこへ帰っているんだか、とニトーレは伸びをした。
そのとき、雷精霊(ヴォルク)が大きく震えたのを感じ取り、驚いてニトーレはハンモックから落ちる。
「雷精霊……どうした!?」
頭をぶつけた痛みを堪えつつ、神殿の中を走る。驚いた護衛神官たちの姿を何人か吹っ飛ばしたが緊急事態だ、胸の内で謝りつつニトーレは祭壇のある最奥の部屋へと走った。
扉を守る護衛神官が驚いて尋ねるのを無視して祭壇へ向かい、祈りを捧げる。
ここが一番、精霊の声を聞くのに適している場所なのだ。
震える雷精霊の言葉は不明瞭で、なかなか聞き取ることが出来ない。
『ルネ……ローム……管理者の、いとし子……』
はっとニトーレは顔を上げる。
祭壇の上に現れたのは紫電を帯びた光の球のようなもの。精霊は形を持たない。
「ルネロームさんになにか……!?」
聞いても雷精霊はルネローム、ルネロームと繰り返すばかりだ。
苛立ったニトーレは思い切り両手を打ち合わせた。
びくりと雷精霊がニトーレに意識をやったのがわかる。
「雷精霊、はっきり喋ってくれ……ルネロームさんになにがあったんだ?」
『……』
<雷帝>であるルネローム・サンダリアンは七精霊、特に雷精霊に慕われている。彼女が精霊神官になればいいのにと思ったのは一度や二度ではないくらいだ。
バチバチと紫電を爆ぜながら、雷精霊が困ったように震えた。
『ルネローム……いない……消えた……』
「なに?」
消えたとはどういうことだろうか。
今度はいない、消えたとばかり繰り返す雷精霊を宥めながら、ニトーレは嫌な予感というものに襲われていた。
雷精霊にお礼の魔力を少し分け与え、祭殿の間を出る。心配し慌てた護衛神官たちが扉の外に集まっていた。
心配ないと落ち着かせ、手を振る。
そのままちょっと出かけてくると神殿を出た。
(ルネロームさんになにがあったっていうんだ……セニューはどうした?)
目指す先は集落の外れ、ルネロームとジェウセニュー母子の家。
+++
現場へ走った四天王とラセツ・エーゼルジュが見たのは多量の血痕だけが残る、静かな広場だった。
血の水溜まりを見てカムイは息を飲む。
ラセツは口に手を当てて、青い顔をしている。
他の四天王たちも言葉もないようで、ただ飛び散ったそれを見る。
「ヴァーンがっ、ひっく、ヴァーンが、ルネのまえにでてね、かわりにけがしたのっ、い、いっぱい、ちが……」
「では、これはヴァーンの血ということですね」
カムイは努めて冷静に血溜まりのそばに膝をついた。この量の出血は危ないだろうということは一目でわかった。
「転移魔法を使った形跡がある……形跡を残してしまうほど咄嗟に使ったのでしょうね」
「ジェウセニューも一緒にいなくなったんだッタナ……ならばそれはヴァーンが息子をどこぞへ逃がした痕跡カ」
シアリスカ・アトリはいつもの楽しそうな声ではなく、静かな声でラセツを呼んだ。
青ざめたままの顔でラセツははいと返事をする。
「この件には緘口令を。それからヤシャへ伝達、反ヴァーン派への牽制をお願いね」
「はい」
「ロウ。ロウはヴァーンが消えたことを悟られないように隠蔽を」
「応」
「シュラはヤシャと合流して反ヴァーン派について探って」
「尽力しましょう」
「カムイ」
はい、とカムイが顔を上げると、シアリスカは平素にはない真剣な顔で見下ろしていた。
「カムイは――弟、シンラクについて調べて」
「……それを僕に任せていいのですか?」
「ボクたちがそいつについて詳しく知ってるならいいけどさ。ボク、シンラクの顔すら知らないし」
「……わかりました。この件との関わりを中心に調べます」
「肉親だからと情を持つようなことはないでしょうね?」
シュラはカムイを睨みながら腕を組む。カムイは肩を竦める。
「シンラクの兄、■■■■は先代政権中に事故で死亡しましたよ」
「ならいいのですけれど」
ばちりと互いの視線が交差し、雷電が爆ぜた気がした。
こほん、とシアリスカが咳払いをして二人の頭と腕を叩く。
「今は仲良く喧嘩してる場合じゃないでしょ。ボクは誰がどうやってヴァーンの結界を超えて二人を攫ったのかを調べるよ」
四天王はお互い顔を見合わせ、こくりと頷く。
一瞬にしてシュラ、ロウ・アリシア・エーゼルジュ、カムイの三人がその場から消えた。
残されたのはシアリスカ、ラセツ、シリウスと黒雷だ。
「シリウス」
「ひっく……なぁに?」
「シリウスはしばらく、チョコちゃんに遊んでもらっててくれる? チョコちゃん、シリウスのこと、よろしくね」
「……オイラは構わねぇっスけど」
シアリスカはにこりと笑う。……シリウスを撫でる手は小さく震えていた。
「ラセツ」
「はい」
「いつも通りに業務が出来るように回して。ロウが執務室に残るから、相談してね」
「……はい」
ラセツは平素はしない最上礼をする。
じわじわと緊急事態だと言うことが飲み込めて、ラセツも黒雷も青い顔をした。
ラセツははっと顔を上げる。
「あの、シアリスカさま」
「なに?」
「雷魔法族(サンダリアン)の集落……母子の知り合いになにか伝令を飛ばさなくてよろしいでしょうか?」
きょとんとシアリスカは目を瞬かせた。
ヴァーンのことしか頭になかったようだ。シアリスカらしいといえばシアリスカらしいが、やはり平素よりは動揺しているらしい。
「……うちの役立たずに情報は伏せて、しばらくこっちで預かるってことにして連絡させよう」
役立たずというのはシアリスカの部下で、イヅツの弟で本名をシュガルという。魔族(ディフリクト)は本来血縁というものが生まれない発生の仕方をするが、どうしてだか姉弟という存在で生まれた異端の魔族だ。
数百年前に魔族と争った際に戦利品としてシアリスカが神界に持ち帰ってきた。
閑話休題。
ラセツはこくりと頷いて、シュガルを探すために踵を返した。
「さ、ボクも調査しないと」
くるりとシアリスカは手を振る。あっという間に広場はいつもと変わらない風景に戻った。
黒雷はシアリスカの視線に促され、シリウスを連れてラクム図書館へと足を向ける。
「――犯人にはヴァーン以上に痛い目に遭ってもらわないと、ね」
その呟きを聞いた者はいなかった。
+++
シュザベル・ウィンディガムはまた姿を現さなくなったジェウセニュー・サンダリアンを案じていた。
秘密基地に集まったミンティス・ウォルタとフォヌメ・ファイニーズも一緒だ。
三人で話し合って、ジェウセニューの家に様子を見に行くことにした。
手土産はミンティスが持ってきていたクッキー缶でいいだろうということで特にどこかへ寄ることもなく、雷魔法族の集落の外れに向かう。
いつもは静かなジャングルの入り口が妙に騒がしいことに気付いた。
「……人の声がする」
「なんだ、母子喧嘩か?」
「いや、男性の声ですね、これ」
三人は顔を見合わせる。
こくりと頷いて、そっと家に近付く。
見れば、家の前で男性が二人、言い争っている。まさかルネロームを巡る争いではあるまい。
(あれ、雷精霊神官のニトーレさまですね)
(もう一人は……誰だろ、魔法族(セブンス・ジェム)じゃないね)
こそこそと喋りながら、適度な距離を取って耳をそばだてた。
肩より少し長い金色の髪を頭の後ろでひっつめた雷魔法族の男性は雷精霊神官のニトーレ。今日は大柄なイラストの描かれた半袖のシャツにダメージジーンズ、サンダルといった格好をしている。いつもは重たそうな白い神官服を着ているからある意味新鮮な気持ちだ。
対する男はくすんだ金髪を肩甲骨の辺りまで伸ばしている。目は吊り上がった金色。雷魔法族とは違うように見える。
白いシャツの首元はひらひらとしたジャボがついていて一見すると偉そうな感じだ。黒い外套も相まって、どこぞの貴族のようにも見える。
男は腕を組んでニトーレを睨んでいるようだった。
「だから、ルネローム・サンダリアンとジェウセニュー・サンダリアンはしばらくこちらで預かるとのことだ。それ以上のこともない」
「ふざけんな! 雷精霊がルネロームさんが消えたと俺に伝えてきた! そっちで……神界でなにがあったっていうんだ!!」
「秘匿事項だ」
シュザベルたちはそっと息を飲んだ。
今、彼らはなんと言ったのだろうか。ルネロームが消えた? 神界? どういうことだろう。
割って入って説明してくれそうにもないことはすぐにわかった。
三人は息を殺してニトーレたちを伺うしか出来ない。
「ルネロームさんになにかあったなら……セニューはどうしたっていうんだ?」
「……それは話せない」
「くそ、そればっかりか! とにかく、ルネロームさんになにかあったのは確実なんだ。なのにそっちで預かる? ふざけんなよ!」
あの<雷帝>と呼ばれるほどの実力を持っているらしいルネロームになにかあったとはどういうことだろうか。それにジェウセニューは?
シュザベルは眉をひそめる。
ジェウセニューになにがあったのだろう。
(神界って……セニューのお父さんになにかあったのかな?)
(かもしれません……その不在中にセニューたちにもなにかあったみたいですね)
(……セニューが……)
ミンティスが視界の端で拳を握る。
ぱっと立ち上がったのはシュザベルとミンティスが同時だった。
「どういうこと?」
「どういうことですか!」
「は? おまえら……!」
ニトーレは一瞬戸惑ったようだったが、すぐにシュザベルたちがジェウセニューの友人だと気付いたのだろう。表情を緩めた。
「すみません、盗み聞きするつもりはなかったのですが、セニューの名前が出たのでつい……」
「な、なんだ貴様らは……!」
近寄って気付いたが、よく見れば玄関の扉に紙が貼ってあって、それには「ちょっとお出かけしてきます」と書かれていた。ジェウセニューの字ではないから、ルネロームが書いたのだろう。
「セニューのことについて、詳しく教えてください!」
ミンティスが男に詰め寄るが、男は外套でそれを払う。
「セニューは無事なんですか? そもそもルネロームさんが消えたっていうのは一体……」
「おまえら、結構しっかり聞いてるじゃねぇか」
ニトーレが呆れて息を吐く。
とにかく、と男が縋りつこうとするミンティスを突き飛ばした。ころんと転がった少年をシュザベルは慌てて支える。
「埒が明かねぇ、俺を神界に連れていけ! 責任者に直接問い詰める!」
ニトーレが叫ぶと、男は鼻で笑った。
「たかが魔法族を神界に連れていけるものか。大人しく母子が帰ってくるのを待っているんだな」
ふんと鼻を鳴らすと、男は外套を翻し、地を蹴った。宙に浮く男の姿を見上げてニトーレが舌打ちする。
男はそのまま光の球のようになって消えてしまった。転移魔法だ。それが使えるということは、彼はかなり強い存在ということになる。
くそ、とニトーレが苛立ち紛れに扉を叩く。ひらりと置き手紙が地面に落ちた。
ぐしゃりと髪を掻き上げながら、ニトーレがそれを拾う。
シュザベルはミンティスとフォヌメを見た。いつもは元気な少年そのものな二人も、流石に心配そうに眉を下げている。
「……ニトーレさま、私たちもセニューたちが心配なんです。差支えない範囲でなにがあったのか、ちゃんと教えてくださいませんか」
「……」
ニトーレが大きなため息を吐いた。
「……ルネロームさんとセニューのことについて、どれだけ知ってんだ。神界云々っていうのは……」
「あ、父親が神族さまだっていうのは知ってますよ。前にセニューが口滑らせたんで」
「あいつ……」
頭が痛そうに項垂れるニトーレには悪いが、知っているものは知っているのだから仕方ない。
「ルネロームさんについては……今は関係ないだろうから、いいか。セニューの母親だってことを知っていれば」
「流石にそれは知ってます」
ちょいちょいとニトーレが手振りでついてくるように示した。首を傾げていると、誰が来るかわからない(誰も来るものでもないが)ジェウセニューの家の前で話すよりも神殿の応接室で話しをしようということらしい。
三人も頷いてニトーレのあとに続く。
雷精霊神殿に到着したシュザベルたちはニトーレの案内のまま応接室に通された。
静謐な神殿の応接室だ。質素に見えながらも質のいい調度品などが設えられていて、椅子に座るのも少しだけ躊躇した。
綺麗に掃除された部屋を汚してはいけないとミンティスと目配せする。
フォヌメだけは「このソファーの骨組みは風魔法族(ウィンディガム)のシージャさんの作品だね、いいものを使っているじゃないか。僕が座るに相応しいのはこういうものだよ」なんて言いながら椅子やテーブルを撫でていた。おい、やめろ、指紋がつく。
ニトーレは一度だけフォヌメを見たが、すぐにシュザベルたちの正面のソファーに座った。怒られることはないらしい。呆れた目をしているのは気のせいではないようだが。
「さて、どこから話すかな」
「そもそも、ルネロームさんが消えた……? っていうのは、どういうことなんですか」
話し始めるとフォヌメもシュザベルの隣に大人しく座った。真面目な面持ちでニトーレを見る。
ニトーレは手ずからカップにお茶を淹れると、シュザベルたちの前に置いてくれた。色の濃い緑色の変わったお茶だ。
「ルネロームさんからおすそ分けしてもらった、東方のお茶だそうだ。美味いぞ」
「……ありがとうございます」
戸惑ったままでは、焦ったままでは大事なことを聞き逃す。シュザベルはカップを取って熱いお茶を口に含んだ。
飲んだことのない変わった味だが、普段飲むお茶とは違う苦みの中に砂糖ではない甘みを感じてすっきりする。
ほうと息を吐いて、シュザベルはようやく少し落ち着いた心地がした。
それを見ていたミンティスとフォヌメもそっとお茶を飲む。
カップを置いたところで、ニトーレはさて、と指を組んだ。
「まず、俺があの家に行ったのは、雷精霊が慌てていたからだ」
「雷精霊さまが……?」
こくりとニトーレは頷く。
そして話してくれたのは、雷精霊が<雷帝>であるルネロームの消失を感知し混乱していたこと、ちゃんと話を聞いた上でジェウセニューに伝えるべきだと考えたこと、神殿を飛び出して集落の外れにある家に行ったところ扉に出かけてくるという書き置きがあったこと、それを読んでいたらあの男――シュガルと名乗ったらしい――がやってきたこと。
あとはほとんどシュザベルたちが見聞きしたとおり、取りつく島もなかったようだ。
「咄嗟に神界に連れていけとか言っちまったけど、冷静に考えれば雷精霊神官である俺がここを離れるわけにはいかねーよな」
はは、と笑うニトーレは少し無理をして笑っているようだった。きっとそれは本心だったのだろう。二人の無事を確かめたい、二人を迎えに行きたいという気持ちは。
シュザベルは両隣の友人たちを見た。二人も困惑した顔をしている。
「これで話せることは全部だ。……ここでおまえらにこの話をしたのは、中途半端な情報を掴んでそれを頼りに集落を出るとか言い出さないように。この話はもちろん口外するなよ。……リークやモミュアにも、な」
「……」
ミンティスと顔を見合わせる。ニトーレに釘を刺されるのも仕方ないだろう。
「どうする?」
「どうするもなにも……心配は心配ですが……」
ふと、フォヌメが大人しいことに気付いた。
疑問に思って見れば、彼は俯いて小さく震えていた。……震えていた?
がばりと顔を上げ、立ち上がるフォヌメ。
「あの野人が神界で失踪だと!? 物語の主人公のつもりか、セニューめ!」
物語の主人公というよりはヒロインである。
「探し出してあのアホ面を白日のもとに晒してやらなければ! まだ勝負がついていないこともある!」
「……ちなみに、今回はどんな勝負してるの?」
「草相撲が四千六百八十七戦四千六百八十七引き分けなんだ!」
「くっだらなっ!」
全員がミンティスの言葉に同意した。
突然立ち上がって一人盛り上がるフォヌメを見て、シュザベルはミンティスと顔を見合わせてため息を吐いた。
「そうだね、心配でじっとしてられないよね」
「ですね。そもそもセニューを放置しておくのも、フォヌメを手綱なしに解き放つのも心配過ぎて胃に穴が開きそうです」
やれやれ、と首を振ると、ニトーレは眉を寄せて三人を見た。
「……なんだって?」
「要するにフォヌメは心配だから助けに行こうって言いたいんですよ」
ミンティスの解説にニトーレは首を傾げる。
「……なんで勝負がどうとかアホ面がどうとか言ってるのがそうなるんだ……?」
「フォヌメは素直じゃないので」
「そこ二人! 僕の代弁のように語るのはやめたまえ! 僕は別にあんな野生児……」
「はいはい、勝負がつかないのは大変なことですからね。そういうことにしておきましょう」
ミンティスは残っていたお茶を一気に飲み干すと、ぱちんと手を叩いてニトーレに礼を言った。
「ごちそうさまでした、お茶、美味しかったです。それじゃあ、二人とも、出発はいつにする? 港には行ったことがあっても、船がいつどうやって出るのかなんて知らないや……シュザは知ってる?」
シュザベルもお茶を飲み干し、ニトーレに丁寧に礼をする。
「船の構造は以前本で読みましたが、乗り方までは……資金が必要ですよね」
「そっか……じゃあとりあえず港に行ってみようか。行けばなんとかわかるかも」
「では一度、家に帰って準備をするとしよう」
シュザベルたちが頷くのを見て、ニトーレははっと我に返り、待ったと手を上げた。
もうどうやって船に乗るかを考えだしていた青年たちはきょとんと目を瞬かせる。
「待て。待て、待て、船? なんでおまえらが船に乗るんだ」
「だって、船に乗らないと安全に集落を出られないじゃないですか」
集落の周囲は険しい山とジャングルのような森に囲まれている。集落を出るには港から船に乗るのが一番だ。
とはいえ、三人とも船にも乗ったこともなければ、集落を出たこともないのだが。
ニトーレは頭を抱えて三人を引き留める。
「……おまえら、魔獣と戦ったことは?」
「えーと、ボクは母に連れられて何度か地魔法族(ノールド)の集落向こうの畑に出る魔獣退治に参加したことが」
ミンティスの母、ラドミッドは前水精霊神官なのでニトーレとも面識がある。
あの人か……とニトーレは一層頭を抱えた。
「私はあまり……けれど、最近はセニューたちと魔法の訓練をしたりしているので、足は引っ張らないと思います」
「僕も魔獣と相対したことはないけれど、野人にはいつも対しているよ」
一人、次元が違うが、全員素人には変わりない。それでもシュザベルたちの気持ちは変わらなかった。
「船に乗ってどこに行くつもりだ?」
「とりあえず、大きな街に行けばなにか手掛かりがあるんじゃないかなぁ?」
「待てコルァ」
流石に計画性のなさを怒られた。
頭が痛い、とニトーレは両手で頭を抱える。
「……わかった、明日の朝、神殿の前に来い」
「明日の朝、ですか」
「もちろん親の許可は取ってこいよ。未成年を保護者の許可なく船に乗せて旅立たせたなんて知れたらいくら精霊神官でも拙い」
三人で顔を見合わせる。これは、ニトーレは許可してくれるということだろうか。いや、もとより許可を取って行くつもりはなかったが、雷精霊神官のお墨付きで集落を出られるのなら親の説得も容易いだろう。
返事は! とニトーレが声を上げたのに驚いて、三人ははいと背筋を伸ばす。
「いいか、明日の朝に神殿前だぞ。来なかったら守護精霊(ガーディアン)も他の精霊神官も族長でもなんでもけしかけて連れ戻すからな」
「それは……なんか嫌だなぁ……」
「水魔法族(ウォルタ)族長は嬉々として見送ってくれそうですけどね」
「あと、セニューたちになにかあったっていうのは口外するなよ。……そうだな、見識を深めるために俺の名代として旅行する、くらいにしておけ」
「わかりました」
頷くと、ニトーレはようやくほっとした表情を作る。
シュザベルは、さてどうやって心配性な母親を説得しようかなと考え始めた。
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