第7話 魔力制御訓練、そして

「魔力制御訓練をするか」


 昼食の席で父がそう言ったのにジェウセニューは頷く。

 あれから落ち着いたジェウセニューを連れて、ヴァーンとルネロームそれから図書館にいた者たちは一緒に食堂へ行った。

 陽炎は面倒くさそうに「一食抜いたくらいで死にはしないよ」と言っていたが、綺麗なグラデーションの髪と目を持つ青年――黒雷(こくらい)と言うらしい――に引き摺られて同じテーブルを囲みながら食事をしている。そのメニューがたまご粥と緑色のスムージーなのは誰もが目を背けている事実だ。

 その横で黒雷とシリウスがオムライスを食べている。シリウスの分には赤いケチャップで可愛らしい花の絵が描かれていた。

 ジェウセニューは親子丼というものを頼んでみた。鶏肉とたまご(無精卵)で親子とぬかす命名者の精神はちょっと理解出来そうにもないが、白い穀物と合わせて食べると思った以上に美味しかった。今度、レシピを教えてもらってモミュアにも教えてやりたいと思った。


「私は図書館に戻るよ。読みたい本が山積みなんだ」


 だろうな。

 神族(ディエイティスト)の寿命を使っても読み終わりそうにない量の書物だったが、陽炎はどれほど読んでいるのだろうか。いや、余り知りたくはないが。

 そんなことを考えながら米を噛んでいると、講師役としてヴァーンとシリウスがついてくれることになっていた。ルネロームはいざというときの抑え役兼観客だそうだ。


「ってことで、チョコちゃん。シリウスのことよろしくね☆」

「えっ、オイラも行くんスか!?」


 チョコちゃんというのは黒雷のあだ名らしい。そしてその彼はシリウスのお守り役だそうだ。

 シアリスカはというと、食堂に分厚い丸眼鏡のイヅツが書類を持って現れたので時間切れだという。仕事の時間だとハンバーグを頬張りながら言ってた。

 自分がついていられないから黒雷にシリウスを頼むということらしい。随分と大切にしているのだなと仲良さそうにお互いの昼食を交換する姿を見て思う。というか目の前で「あーん」「シリウスに食べさせてもらうとすっごく美味しーい」とかやられて視線に困る。

 ルネロームは羨ましそうに見ていたが、そういうのは二人きりのときにしてほしい。切実に。

 朝と同じように返却口に空いた皿を戻し、ちらと顔を見せたナールに「ごちそうさま、美味しかった」と伝えると彼は嬉しそうにはにかんだ。

 陽炎、イヅツを連れたシアリスカと別れ、城の裏手にある広い公園のような場所に連れてこられた。適度に木が植えてあり、それなりに開けてもいる。


「この周囲に人避けの結界を張っておいた。全力で挑んでもいいぞ」

「危なくなったら、ちゃーんと止めてあげるからね」


 少し離れたところでシリウス、黒雷がこちらを応援するように見ている。観客がいる状態での訓練は初めてだが、まぁ気にしなければいいだけのことだ。

 ジェウセニューは大きく息を吸った。

 胸の辺りからもやもやした熱が湧き上がってくるのがわかる。それを意識しながら、全身に薄く紫電を纏う。……バチンと途中で弾けてしまった。制御が上手くいかない。

 ふむ、とヴァーンは腕を組む。


「そもそも魔力というのは生命力とはまた別の力だ。おれたち神族や魔法族(セブンス・ジェム)、妖精族(フェアピクス)などの種族は生まれつき魔素を取り込み魔力に変換する能力を持っている。魔法が苦手とされる小人族(ミジェフ)や巨人族(ティトン)もこの能力を持っているということは最近では知られた話だな」

「知らなかった」

「……まぁ、これはいい。さて人間族(ヒューマシム)はというと、彼らは魔素を取り込む能力を持っていない者が多い。で、持っている者が魔術師の才を持っていることになるのだが……では魔術師の使う魔術とおれたちの魔法はなにが違うのか?」


 ジェウセニューは首を傾げる。

 魔術師と言えば、従姉妹アーティアの相棒、ヴァーレンハイトだ。彼は凄腕の魔術師だと聞いている。実際に魔術を使っているところには出くわしていないが、アーティアが唯一認める相棒だから、相当のものだろうと思っている。

 彼の使う魔術を実際に見たことがあれば、ヴァーンの質問にも答えられただろうか。


「わかんね」

「まず魔術を起こしたのが魔術の祖、ディエフォン・モルテ。彼自身は魔法を使えたが、あえて魔術というものを起こし広めた。理由は魔術師の素養を持つ者」


 ふむと頷いて先を促すと、ヴァーンは「人間族の間では古く、時折現れる能力者というものがいた」と話し出す。

 能力者というのは「本人が意図せず周囲に危害を加えてしまう力を持っている者」を指した。ディエフォン・モルテはそれが今の魔術師だと気付き、彼らに魔法とは違う方法で扱う魔術というものを教え、広めた。能力者と呼ばれる者はいなくなり、代わりに魔術師という者が現れた。


「何故ディエフォン・モルテは魔法とは違う方法で扱う魔術を広めたのか? ――人間族は魔法を扱えなかったからだ」

「魔法と魔術は……違うものなのか?」

「起こす現象としてはほぼ同じだ。アプローチの仕方が違う」


 魔術も魔法も、火を熾すことが出来る。ただ、その際の魔力の使い方が違うのだと言う。


「魔法は言ってしまえば、もともと持っている能力だから、あり合わせのものでする工作のようなものだ。魔素の変換は体内で無意識に行っていること。これを意識的に出来れば能力は確かに上がるが、簡単なことではない」

「既に持ってるものだから、意識するのが難しいってこと……か? えーと、呼吸とか歩き方みたいに」


 そうだな、とヴァーンは口元を緩める。


「呼吸の仕方を考えるやつは早々にいないだろう。それと同じように、おれたち魔法を扱う種族は自然に魔素を魔力に変換し、魔力を魔法という現象として扱うことが出来る。もちろん慣れる必要があるから小さい子どもには難しかったりするがな」

「じゃあ魔術は……逆に自然に出来ないことってことか。持ってなかったものを持ってきて工作する?」

「そう。魔術は魔素を体内に取り込み、意識的に魔力に変換することから始めなくてはいけない。そして一度変換した魔力が枯渇すると命の危険を伴うので、一生体内で魔力を循環させ続ける必要がある」

「一生!?」


 ひぇー、とジェウセニューは目を丸くする。魔術師というのは随分と命がけのものだったのか。

 ヴァーレンハイトは大丈夫なのだろうか。心配になった。


「まぁ、本来魔法を扱えない者が体内に大量の魔素を取り込むんだ。大量の魔素は毒素に他ならない」

「そこまでして魔術師になるのは……その素養を放置すると、昔の能力者ってやつみたいに意図せず周囲を傷付けるから……?」

「そういうことだ。自分か、他人か。だから魔術師になるやつはもともと優しいやつが多いな。……たまにクズもいるけど」


 最後のは聞かなかったことにした。

 ジェウセニューはパンクしそうになる頭を押さえて整理する。魔法と魔術の違い。……だが、何故いきなりヴァーンはこんなことを話し出したのだろう?


「それで、どうしてこんな話を?」

「魔法だと考えるから上手く扱えなくなっているのかもしれないと思ってな。少し、魔術的方法を試してみようかと」

「一生意識して魔力を身体ン中ぐるぐるさせんの!?」

「そこまでしなくていい。ただ、魔術の基本、循環に目を向けてみるんだ」


 循環。多くの魔術師は血液の循環に沿って魔力を体内で巡らせているらしい。そして目や心臓、掌などに集中させることで魔術を行使する。

 目や心臓、掌などの場所を魔術師はスポットと呼び、特に魔力放出に適した場所なのだという。


「とにかく、まずは全身に魔力を行き渡らせることからだな。続いて掌に集中し、魔力の球を作る。意識した通りにその球を大きくしたり小さくしたり出来るようになれば、魔力制御の基礎は上手くいったも同然だろう」

「な、なるほど……やってみる」


 ヴァーンの正面に立って、体内の魔力に意識をしてみた。……わからない。

 循環と言われても、どこの誰なら常日頃から血管の中の血がどう動いているかを考えるのだろうか。無理だろ、これ。


「……どうやったらわかんの、これ」

「……難しいか」

「難しいっていうか取っ掛かりとかそういうもんがさっぱりだよ。そもそも、魔法を使う種族が魔術の真似事なんて出来んの?」

「一応、出来るはずだ。好き好んでやるやつは見たことがないが、地上のもの好きな研究者が魔法と魔術の違いを自分で体感するために会得していたという資料がある。……五百年くらい昔だったかな」

「じゃあその人に聞くのも無理か……」


 いや、誰かに聞いて出来るなら、ヴァーンの言葉だけでも出来るはずなのだ。多分。きっと。メイビー。

 ジェウセニューは両手を見下ろす。

 小さいころはどうやって魔法を覚えたんだっけ?

 そんなことを考えながらぼんやりしていたから、反応が遅れた。


「!」

「ジェウ!」


 ルネロームの叫ぶ声。

 なにもなかったはずの空間が刃物で斬られたようにぱっくりと口を開けている。

 なにが起こったのかわからず、ジェウセニューは目を見開いた。

 ヴァーンがこちらへ手を伸ばしている。

 衝撃。

 ヴァーンとルネロームがジェウセニューを突き飛ばした。

 がばりと真っ赤な口を開くのは――人を飲み込むのなど簡単だろうほどに大きな蛇。


「と……っ」


 父さん、母さん。そう言いかけた声は出てこない。

 ジェウセニューの身体を光が包む。

 温かい魔力の正体は――ヴァーン。

 はっとして両親を見る。

 二人は――笑っていた。

 微笑んで、離れないように手を繋いで、大蛇に飲み込まれ――


「ジェウ――生きろよ」


 息を飲んだ。

 ジェウセニューの身体が粒子となって消えていく。

 目の前で大蛇の口が閉じられる。

 光で前が見えない。

 遠くでシリウスの泣き声と黒雷の怒号が聞こえた気がする。

 大蛇は斬れた空間の裂け目へと戻っていく。


(待て、待てよ……父さんと母さんを返せよ!)


 温かい光がそれを邪魔する。

 ジェウセニューは苛立ちを隠しもせず叫んだ。しかしそれは声にならない。

 手を伸ばす。

 大蛇の姿が消えていく。

 届かない。

 届かない。

 そして――ジェウセニューの意識は真っ白に塗りつぶされていった。


+++


「ただいま戻りました」


 琥珀色の髪を揺らして、カムイがヴァーンの執務室に入った。

 そこにいたのはヴァーンのデスクを囲むようにしているラセツ・エーゼルジュ、シュラ、ロウ・アリシア・エーゼルジュ、シアリスカ・アトリだ。

 カムイの姿に気付いた一同は「お帰りなさいませ」「チッ、帰ってこなくてもいいのですが」「お帰リ、土産はマダカ?」などと好きなように口にした。

 カムイは苦笑しながら報告書を出し、ヴァーンがいないことに気付く。


「……ヴァーンは逃亡中ですか?」

「ヴァーンさまなら、現在ルネロームさんとご子息さまとご一緒です」

「は?」


 どういうわけだか、あれほど神界で保護するのを渋っていたヴァーンが突然、二人を連れて神界に戻ってきたのだという。

 呆れたカムイはくらくらする頭を押さえた。


「報連相って知ってますかね、彼」

「一応、私からも言っておきましたが、あとでみなさまからも言っておいてください」


 ラセツの疲れた声に同情する。

 そういえばどうして四天王一同がこんなところに揃っているのかとカムイは首を傾げた。まさか自分が帰ってくるのを待っていたわけではあるまい。主にシュラは。


「ヤシャからの報告も合ワセテ……最近きな臭い話をよく聞くようになッタナ」


 きな臭い話? とシュラが首を傾げる。

 ロウはこくりと頷いて、ちらりとカムイを見た。


「反ヴァーン派が勢いづいているヨウダ」


 ああ、とシュラは首肯した。

 カムイは眉を寄せて不愉快を示す。


「反ヴァーン派の首魁である××は最近、処罰したはずでは?」


 そして今までカムイが行っていたのはその首魁が拠点の一つにしていた町。事後処理のために遠征してきたのだ。

 それなのに、まだ勢いづいているとはどういうことだろうか。

 シアリスカがヴァーンのデスクから書類を引き抜き、カムイに見せる。

 カムイは受け取ってぺらりとめくった。


「新しい首魁が起ったそうだよー。ほーんと、迷惑だよねぇ」

「……その者についての情報は?」


 そこに書いてあるよ、とシアリスカが背伸びしてカムイに渡した書類のページをめくり、指差した。

 そこにあった名前を見て、カムイは息を飲む。


「首魁の名はシンラク。まだ詳細は不明ですよ」


 シュラが不快そうに腕を組んだ。

 責めるような視線をカムイに寄越しているのは気のせいではないだろう。

 思わず持っていた書類に皺が寄るほど握り締める。


「シンラク……どうして、彼が……?」

「知っているのですか?」


 ラセツがカムイを見た。

 そういえば、ラセツは先代とヴァーンの革命戦争のあとに城に入ったのだったか、とカムイは思い出す。

 唇が重たい。

 それでも、カムイは息を吐いて、口を開いた。


「…………僕の……いえ、■■■■の実弟です」


 はっと息を飲んだのはラセツだけだ。

 他の四天王たちは知っている。

 カムイがカムイになる前、■■■■と名乗っていた時分のことを。

 かつて、三代目族長として君臨していたアドウェルサ・フォートの唯一の親族としてそばにいた、人の命を命とも思わない悪鬼であった■■■■だったカムイのことを。


「…………彼自身に罪はなかったというのに……何故、今更……」


 バタバタバタバタとうるさい足音が扉の外から聞こえた。子どもの泣き声も聞こえる。

 それを聞いたシアリスカがはっと扉を見た。

 ヴァーンや四天王の許可なく開かない扉が開いた。

 飛び込んできたのは泣き喚くシリウスを抱えて焦ったように肩で息をする黒雷の姿。


「チョコちゃん! シリウス、どうしたの!?」

「あっ……すみません、混乱してるみたいっス。……シリウス、ほら、シアリスカさまっスよ」

「シア~!」


 駆け寄ったシアリスカにシリウスを託した黒雷はゆっくり深呼吸をして汗を拭う。酷く動揺しているようで、落ち着こうとしているのだろう。

 息を整えるまでの時間はそれほどかからなかった。


「ソレデ、どウシタ。泣いた子狼を届けに来ただけではないダロウ?」

「う……はい」


 黒雷はもう一度、深呼吸をした。


「すみません、オイラ、なにも出来なくって……」

「御託はいりません。要件を簡潔に」

「はい。――ヴァーンさまとお連れさんたちが、消えちまったっス」


 一瞬、なにを言われたのかわからなくて、一同は目を瞬く。

 四天王とラセツたちで顔を見合わせ――


「は?」


 無様な声しか出なかった。


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