第2話 友人たちの今

 家で大人しくしているのに飽きた。

 ジェウセニュー・サンダリアンは小さく息を吐いた。

 昨日までの熱はもう去っていて、今はもう平熱だ。

 それなのに母ルネローム・サンダリアンは心配してジェウセニューに家で大人しくしているようにと言って買い物に出かけてしまった。

 もう一度、窓の外を見て息を吐く。外は快晴。爽やかな風が吹いていて、遊びに行くには絶好の天気と気温だ。

 玄関の扉を見てみるが、母が帰ってくる気配はない。港まで行くと言っていたから、もしかしたら仲のいい女性たちと話し込んでいるのかもしれない。


(……今、ちょっと出てってもバレないんじゃね?)


 最悪、晩ごはんまでに帰ってくればいい。今日は父親が食事をしに来る日だ。ルネロームの機嫌は基本的にいい方向に向いている。それほど怒られないかもしれない。

 ジェウセニューはよしと呟いて、ベッドから這い出した。袖のないシャツと長いズボンに着替え、外出用のサンダルを履いてこっそりと家を出る。

 周囲のジャングルに入ってぐるりと回れば集落の方にも気付かれずに目的地に着けるだろう。

 ジャングルの奥に入らないように気を付ける。その奥には昔から魔族の巣窟に通じているという噂があった。実は噂ではないのだが、ジェウセニューを含め魔法族のほとんどが与太話だと思っている……が、それはまた別の話だ。

 雷魔法族(サンダリアン)の集落外れを出たジェウセニューは闇魔法族(ダーキー)の集落を迂回し、炎魔法族(ファイニーズ)の集落の外れにある丘を目指す。

 魔法族(セブンス・ジェム)の集落は海に面した場所にあり、北の地魔法族(ノールド)をてっぺんとすると円を描くように位置している。右回りに地、炎、闇、雷、そして海の方に港があり、水、光、風と続く。集落の中心には族長や精霊神官と呼ばれる偉い人たちが集まって会議をしたり、女性たちが定期的に集まって女子会をするための多目的ホールのあるちょっと大きな建物――講堂がある。

 そことは逆に向かって、地魔法族の集落と炎魔法族の集落の外れにある丘に建つ東屋がジェウセニューの目的地――彼と友人たちの秘密基地だ。

 秘密基地というには少々開け過ぎているが、ジャングルが近いので立ち寄る人はほとんどいない。なので恰好の遊び場なのだ。

 ジェウセニューが丘を駆けあがると、秘密基地には既に三人の影があった。


「おーい、シュザ! ミンティス! あとフォヌメ!」

「あっ、セニュー!」


 ぱっとこちらを向いて笑顔で手を振ってくれたのは三人の中で一番小柄な少年だ。

 薄い水色の髪に青がかった目を持つ水魔法族(ウォルタ)の少年、ミンティス・ウォルタ。さらりとした髪が重力に逆らわずに流れている。後ろは少し刈り上げた髪型。裾が少し長い袖のシャツに長ズボン。短いブーツ。

 見かけは爽やかな好青年だが、その実態は結構な毒舌家でもある。

 本から顔を上げてジェウセニューを見たのは三人の中で一番背が高い青年。緩くウェーブを描く薄緑のくせっ毛を頭の後ろで小さくまとめ、余った毛を好きなように遊ばせている。丸いフレームの眼鏡をかけた奥に見えるのは若草色をした双眸。身体に沿ったシルエットの服に短いブーツ。胸に下がるのはチェーンを通された赤い石の嵌った指輪。

 読書家で勤勉、真面目で向上心の強い彼は風魔法族(ウィンディガム)のシュザベル・ウィンディガム。この中では最年長だ。

 そしてもう一人、最後に呼ばれたのが不満だという顔を隠しもせずジェウセニューを睨むように腕を組んでいるのは、丁寧に手入れされた長い赤みがかった栗色の髪に少し吊り上がった赤みがかった茶色の目をした炎魔法族の青年――フォヌメ・ファイニーズ。ジェウセニューと同い年だ。

 フリルとリボンがふんだんに使われたひらひらとした服に形のいい足のラインがしっかりとわかるズボン。耳には青い石で作られた耳飾りが風に揺れているのが見える。


「なんだ、寝込んだと聞いたから野人の攪乱だと話していたところだったのに。手土産はバナナでよかったかな?」

「うっせぇ、人類だっつーの」


 ジェウセニューが東屋に辿り着くと、真っ先に嫌味っぽく話しかけてきたのはフォヌメ。

 他の二人はくすくすと笑ってそれを見ている。


「リークちゃんとモミュアちゃんが心配してたけど、もう大丈夫なの? 熱が出たって聞いてたんだけど」


 ミンティスはぺたりとジェウセニューの額に手を伸ばしながら首を傾げた。

 リークとモミュアは同じ雷魔法族の友人たちだ。

 へーきへーきとジェウセニューはそれを軽く押し留める。


「母さんもモミュアも心配しすぎ。オレ、元気なのにさ」

「まぁ、ルネロームさんは長いことセニューと離れていたのですから、心配もするでしょう」

「……そうだけどさ」


 ジェウセニューとルネロームは彼が五歳のときに事情があって離れ離れになっていた。ルネロームが家に戻ってきたのがちょうど三年前、大精霊祭より少し前だった。

 だから未だにルネロームはジェウセニューを小さな子どものように扱うことがある。未だに十歳満たない子ども扱いされるのは思春期真っ只中のジェウセニューにとっては少々恥ずかしい。でも事情が事情なので強くは出られないのだった。

 閑話休題。

 ふむ、とシュザベルがなにか考え込むように腕を組んだ。すぐに顔を上げてジェウセニューを見て口を開く。


「親の種族が違う子どもというのは体調を崩しやすく、育ちにくいと聞きます。最近読んだ書物でも、その死亡例が載っていました。……本当に、大丈夫ですか?」

「えっ」


 三人には両親のことについて少しだけ話してある。父親の正体――立場は伏せ、違う種族の子どもであること、三年前に狙われた理由がそれに通ずること。そして父親が神族(ディエイティスト)であること。

 いや、神族であることは伏せているつもりだったのだ。ただ、うっかり口を滑らせて知られてしまった。

 神界でも緘口令の布かれる事項だ。決して誰にも話してはいけないと固く約束はさせた。主にルネロームが。


「せ、セニュー、死んじゃうの……?」

「そんな……こんな野生児であるセニューが死ぬはずないだろう!?」


 ぎょっと目を丸くしたミンティスとフォヌメが顔を歪めてジェウセニューを見る。

 ジェウセニューはふるふると首を振った。


「いや、死ぬつもりないけど!?」

「すみません、言葉が足りませんでしたね。そういう例もある、というだけです。セニューは今、十七歳。ここまで育っているのですから突然死ぬことはないかと」

「よ、よかった……」

「ま、まったく、心配させるんじゃない」


 ばしりと何故かフォヌメに叩かれたので、ジェウセニューも叩き返す。

 喧嘩に発展しそうになったが、シュザベルに本で叩かれた二人は大人しく椅子に座り直す。


「ってか十七になって今更、親の種族違いの不具合みたいなものが出るなんてあるの?」


 ミンティスに言われてシュザベルが肩を竦める。


「私が読んだ例は主に妖精族(フェアピクス)と人間族(ヒューマシム)、もしくは妖精族と魔族(ディフリクト)のものでした。流石に神族と魔法族の……というか神族の例は見たことがないので……」

「あ、そっか。セニューのお父さん、神族さまなんだっけ」

「ああ……うん……」


 まさかその筆頭であるとは言えない。ジェウセニューは言葉を濁す。

 妖精族は排他的な割に好奇心が強い者が多いので他種族と結ばれる例が昔から言い伝えやおとぎ話などで語り継がれていたりする。中でも小柄で昆虫や蝶のような羽を持つ者が多いエティプス人はいたずら好きで他種族に関わりに行く者もいるのでそこから接点が出来て結局結ばれるという例もあるらしい。

 しかし世界を、この地上を監視、統括すると言われる二大種族の内のひとつ、神族はその名の通り【神】として崇められていることが多く、その姿を見たものはほとんどいない。彼らはこの地上ではなく神界という別の世界で暮らしていて、そこから出てくることはほとんどないのだという。


「三年前の大精霊祭で会ったあの方は神族の族長さまでしたよね」

「まさかボクたち魔法族が世界を守るための封印を守る種族だったなんて、驚きだよね」

「ああ、今でもそう考えると誇り高い気持ちになる。……セニューはその上、神族さまとルネロームさんの息子。主人公特性持ちすぎでは?」

「オレが主人公だったら、あのとき攫われたりなんかせずに巨悪をぶっ潰してるっつーの」


 三年前の大精霊祭。それはジェウセニューたちにとっても思い出深いものだ。

 十四歳だったジェウセニューは「とある人物に封印されたもの」の新たなる『器』として攫われ、みんなに心配をかけた。

 今思い出すにも恥ずかしい一件だ。

 そのとき、封印が破られようとしていることを察した神族の長が部下たちを引き連れてこの魔法族の集落に現れたのだった。

 シュザベルたちの話を聞けば、彼を一目見た瞬間に『神族さまの長だ』と気付いたのだという。

 そして彼は魔法族の成り立ち、封印されているものについて語ったという。

 ジェウセニューはそのとき攫われて封印のすぐそばである謎空間にいたので詳しい話は伝聞だ。

 神族の長である彼は精霊神官を助け、ジェウセニューを助け、封印されたもの――世界を食らう【闇】を打ち倒した。

 封印のなくなった魔法族は封印を守るという役目がなくなり、それまであった集落に縛り付けるような決まりはなくなることになった。

 それから魔法族では好きなように集落を出たり、他魔法族間での恋愛が認められたりと自由にやっている。


「そもそも神族さまについての資料が全くと言っていいほどに見当たらないんですよね」

「まぁ……そうだよね……」

「あと<雷帝>さまの資料も少ないです」

「ああ……」


 <雷帝>とは母ルネロームの持つ称号のことだ。精霊神官に匹敵するほど――いや、それ以上に強い力を持つ存在。それがルネローム・サンダリアン。

 母は自分のことを「管理者の代わりに世界を見る瞳」だと称した。

 それはなんでも神族すら作り出したという【神】の代理人の代理人という意味だとか。ジェウセニューにはよくわからないが、とにかくルネロームは規格外の存在なのだという。

 ルネロームからは「難しいことだし、ジェウは気にしなくていいことよ」と言われているので言葉に甘えて気にするのを放棄した。

 ただわからないのは母の姉に当たる人物が時々、魔族の住む魔界に通っているという話だ。流石にそれは気になるし、意味がわからないし、理解できない。


(ってか、魔族と友達ってなんなんだよ、オレの伯母さん……)


 母に似てのほほんとした人物だ。以前会ったときはぼんやりのほほんとしすぎて、本当に冒険者の仲間なのかと疑ったくらいだ。

 それはいいとして。

 どうやら友人たちはジェウセニューのことを心配してくれているようだ。フォヌメなんかも、わかりにくいがちらちらとジェウセニューの様子を伺っている。

 シュザベルとミンティスはなにやら難しそうな本を開いてああでもないこうでもないと話していた。


「別にオレのことはいいよ。ちょっと微熱が出るくらいだぞ? それもすぐ下がるし、気にすることないって」

「そう、ですかね……」

「そうそう。それより、ほら、ミンティスはこないだ言ってた……なんだっけ、水魔法族の族長さんとの話はどうなったんだよ?」


 ああ、あれね。とミンティスは頷く。


「リージュさんに許可貰ったし、昨日から秘書として勉強を始めたよ。ラティスも相変わらず可愛いし、今度またデートしようって話してたんだー。そろそろ指輪交換のための石も探したいし、全部上手くいってるよ」


 リージュとラティスとは水魔法族の族長の妻と娘の名前だ。ラティスはミンティスの彼女でもある。三年前、いや、四年ほど前に告白し、今では名物バカップルである。

 将来はラティスに入り婿するつもりらしく、その足掛かりとして族長のもとで働くことにしたらしい。なんだったら族長の座も狙っているのではというのがジェウセニューたちの予想だ。

 族長はミンティスを嫌っているというか、いつも愛娘を攫って行くであろう馬の骨である彼を邪険にしている。が、妻には勝てなかったらしく、先にリージュの許可をもぎ取ったミンティスの勝ちだったのだろう。押し切られて秘書に任命したであろうことがありありとわかる。

 ミンティスが彼女(ラティス)の話を始める前にジェウセニューはシュザベルへと目を向ける。


「シュザも相変わらずか?」

「ああ、昨日も姉さんとデートしてたんじゃないか?」

「フォヌメ! ……いえ、確かに二人で出かけましたけど……」


 シュザベルが付き合っているのはフォヌメの姉、ティユ・ファイニーズだ。

 三年前の騒動で突然、二人が付き合っていると知らされたときの衝撃を超える衝撃は今のところない。フォヌメなんて姉と友人が付き合っていたと知ってどこぞの出土物のように目と口を丸く開けていたくらいだ。

 そんなシュザベルは二年ほど前から集落の子どもたちを集めて教師役をしている。最初はティユが読み書きなどを教えていたのだが、いつしか彼も一緒に本を読んだり魔法を教えたりするようになったらしい。

 もともと二人はそれぞれ歴史や考古学が好きで、一人で書物に埋もれているタイプだった。博物館や図書館で出会った二人は他魔法族であるにも関わらず、趣味を語り合う内に惹かれ合うようになったのだという。

 交際が認められるようになったのは三年前。封印がなくなったからだ。

 今は二人、仲良く本を読んだり議論している姿を見かけるようになった。


「こほん。いつも通りですよ。いつか二人で世界の遺跡を見に行きたいと話していたところです」

「友人から姉の話を聞くのは未だに慣れないな……まぁ、幸せそうならいいか」


 やれやれとフォヌメが肩を竦める。


「で、おまえはなにやってんだよ?」

「僕かい? 僕は最近、ようやく念願の服飾の店を開いたんだ」


 さらりとした赤みがかった栗毛をふぁさ……と掻き上げる仕草が実に鬱陶しい。

 ミンティスが「え、おめでとう」と目を丸くした。

 フォヌメのいう念願の店とは、彼がデザインする服飾系のものを取り扱うもの。ここ数年で彼は「自分に似合う服」をコンセプトに意欲的にデザインを重ねていた。それがとある地魔法族の青年と光魔法族の少女の目に留まり、新しい生地を作るところから服にするところまでを研究することになったらしい。そして二人と共同でこの度めでたく開店の運びとなったそうだ。

 なかなか上手くいかないという愚痴などを聞いていたジェウセニューたち三人は感心してフォヌメを見る。

 一応、今日着ている服もその一環で作ったもののようだ。


「サストレが新しく開発した生地で出来ているから炎にも強いんだ」

「へぇ、すごいね」

「まぁコストがすごいから一般商品には向かないんだけれどね」


 サストレは製糸から布作りまでを担当している地魔法族の青年だ。もう一人は採寸から服作りを担当するハヤットという光魔法族の少女。

 三人はそれなりに上手くやっているようだ。というかフォヌメのナルシストについていけるなんて稀有な存在だとジェウセニューはこっそり尊敬している。


「……みんな、いろいろやってるんだな」

「ふん、野人は狩りでもして生計を立てるのがお似合いさ」

「うっせ、ばーか。あほナルシー」


 言い返しながら、ジェウセニューはもやもやとしたものが胸の中にあるのを感じた。

 なんともいえない焦燥感。そして、ちょっとだけ寂しいという気持ち。

 自分だけまだまだ子どもで、前に進めていなくて、置いていかれているような気がして。


(オレ、なにがしたいんだろ? どうしたいんだ)


 時々、そんな考えが浮かぶ。そして焦る。

 焦ってもいいことがないのは日頃の狩りなどの経験で知っている。でも、焦らずにはいられない。

 じわりと身体の内からいつもの気怠い熱が湧き上がってきたような気がして、ジェウセニューはそっと胸の辺りを押さえた。


(将来……オレの、進む道……)


 わからない。

 その後の友人たちとの雑談は少しだけ身が入らなかった。


+++


「いらっしゃい、ヴァーン!」


 母ルネロームが嬉しそうな声を上げる。

 父親が来たのだと気付いて、ジェウセニューは重たい腰を上げて玄関へ向かった。

 扉を閉めた父親――ヴァーンの姿が目に入る。

 初めて会った三年前と変わらないボサボサの黒い髪、目元を隠す白い布、黒い服に白い外套。いつも通りの姿だった。

 よう、と片手を上げて挨拶してくるのに、ジェウセニューも片手を上げて答える。


「今日はいくつかジャムを持ってきたんだ。ええっと、確か苺とリンゴ、それからスイカとマーマレードだな」

「スイカのジャムって美味いの?」

「……さぁ?」


 こてん、とヴァーンは首を傾げる。わからないもんを持ってきたんかい。

 ルネロームは「わからないなんて、楽しみね」と前向きな感想を言いながらジャムの入った袋を受け取る。


「今日はハンバーグ作ったの。ジェウも一緒にタネを捏ねたのよ」

「それは楽しみだな」


 ヴァーンが嬉しそうに破顔する。

 ルネロームが台所に消えていくと、父と息子の二人が残される。


「えーと、肉、今日は母さんが買ってきたやつなんだ」

「そ、そうか。……今日は狩りに行かなかったのか?」

「……母さんに家で休むように言われてて」


 じぃとヴァーンがジェウセニューを見下ろした。

 どうしてもぎこちない会話になってしまうのは、ヴァーンがいつも緊張しているからだ。それがジェウセニューにまで伝わって、どうにもすんなり話せない。

 ヴァーンはそっと、壊れ物を扱うかのようにジェウセニューの頭から頬を撫でた。本当に、まるでガラス細工でも扱っているかのようだ。

 それがくすぐったくて、ジェウセニューはくすくすと笑う。


「具合が悪いのか?」

「へーきだってば。ちょっと母さんが過保護なだけ!」


 そうか、と少しほっとしたようにヴァーンは手を下ろす。

 ちょうどルネロームが二人の名前を呼んだ。


「やべ、手伝わなきゃ」

「おれもなにか……」

「父さんは外套脱いで座ってて!」


 ぱっと身を翻して小走りで台所に駆け込む。ルネロームは既に皿の盛り付けまで終わらせていた。

 運ぶのを手伝って、台所からすぐ見える場所にあるテーブルに座る。

 野菜たっぷりの煮込みハンバーグに海鮮サラダ、コーンスープと焼きたてのパンもついている。

 それを見て、やってきたヴァーンもおおと嬉しそうに声を上げた。

 二週間に一回だけの家族揃っての晩餐。

 三人はそれぞれいつもの椅子に座ると、顔を見合わせて手を合わせた。


「いただきます!」

「はい、どうぞ召し上がれ」


 ルネロームが嬉しそうにヴァーンを見る。

 ヴァーンは丁寧な手付きでナイフとフォークを操ってハンバーグを口に運ぶ。音はほとんどしなかった。


「美味い」

「よかった。次に来るときはなにを食べたい? 冷製スープなんてどうかしら」

「いや、今食べてる最中だから次の食事のこと話題にするのやめないか?」


 ジェウセニューもハンバーグに集中したい。ぎこちない手付きでヴァーンの真似をしてナイフとフォークを持った。音を立てずに一口大に切るのは難しい。

 そんな話をしながら、隔週の晩餐会の時間は過ぎていく。

 食べ終わって、ルネロームは新しく熱いお茶を淹れて持ってきた。

 最近は忙しかっただの、友達とこんな話をしたのだの、話題は尽きない。

 不意にヴァーンがジェウセニューを見た。いや、目元は白い布で覆われているので実際には視線を向けたというよりは顔を向けたからこちらを見ていると判断しただけだが。

 因みにルネロームにはなんとなくどこを見ているのか理解できているらしい。ジェウセニューにはよくわからない。


「最近、体調を崩すことが増えているらしいな?」

「……母さん、父さんを心配させるなって言っておいて話したのかよ」

「だって心配なんだもの」


 母は少女のような顔でぷくりと頬を膨らませた。

 ヴァーンがくつくつと喉の奥で笑いながらそれをつつく。

 ぷすぅと唇から息が漏れた。


「しかし……熱か」

「なにか、心当たりがあるの?」

「……」


 ヴァーンは唇を引き結んで腕を組んだ。

 目元が見えなくても難しい顔をしているのがわかった。

 昼間、シュザベルが「種族の違う親を持つ子どもは体調を崩しやすく、早世しやすい」という話を思い出す。

 俯くようにして考え込んでいた父が不意に顔を上げる。

 真剣な目をしている、となんとなく思った。


「……ジェウ、セニュー」

「な、なに?」


 ヴァーンは一度ぐっと奥歯を噛み締めるような動きをして、一瞬だけルネロームの方を見た。

 ルネロームは心配そうに眉を下げている。

 ふぅ、とヴァーンは息を吐いて、再びジェウセニューに向き直った。


「神界に来ないか」

「え……っ」


 はっとルネロームが手で口を覆った。

 ジェウセニューはヴァーンに言われたことを反芻し――息を飲んだ。


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