第四話 調べ事
「で、では……り、竜を狩ることも出来ず、あ、剰え、『白星女』に命を助けられた、と?」
私――マテウス・ホルボーン准男爵は、この短期間でげっそりと痩せた腹心のフルダへ問い返した。
『人魔戦争』にも参戦し生き残った傭兵騎士の顔は、夕刻だというのに薄暗い部屋の中でも分かる程に真っ青だ。
「……はい。申し訳ありません。まさか、『竜』があれ程の化け物だとは思わず」
「へ、兵達もす、全て喪ったのか??」
「いえ。死んだ者はいません」
「死んだ者はいない? い、いったい、どういうことだ??」
――『王の猟場』の木材や獣は金に、しかも大金になる。
そのことに気付いたのは、何時のことだったか。
頑固者だった先代に言われ、自然に倒れた大木を売った時だったのか。
それとも、迷い出た猟場の獣を討った時だったのか。
今となっては覚えてなどいない。
だが……私は嫌だったのだ。とにかく嫌だったのだ。
ホルボーン准男爵家を継ぎ、頑迷な先代のように、一生をあの広大で何もない猟場の管理で終えるのは。
『人魔戦争』の傷跡は深く、良質な木材は王国のみならず、周辺諸国家でも不足していることは分かっていた。
また、幼き頃に体験したかのような飢餓は、諸政策によってなくなったとはいえ、豊満というわけでもない地方都市においては獣肉の需要があることも。
幸いなことに、人族と魔族の運命を決するかの如き大戦争は、多くの貴族や騎士の家柄を没落へと導いてもいた。
だからこそ、だからこそ、私はっ。
フルドが引き攣った顔を上げた。
「御命令通り、私達は魔砲を用い猟場中央に巣食う『竜』を殺そうとしたのですが……魔砲すらも一切通じず。反撃の魔法で皆殺しにされそうになったところを、『白星女』に救われました。マテウス殿、あ、あの者は……あの者もまた真なる怪物です。正直に申しますと、私は今日まで『老魔王を討った四大英雄なぞ、どうせ列強によって作られた存在達だろう』と思ってきました。……が、あれは、あれは……人ではありません。とても、私の如き騎士崩れや傭兵でどうこう出来る相手では……」
「っ! で、では……では、どうすれば良いと言うのだっ!? お前とて『悪王子』の話は耳にしていよう? 噂通りならば、あの者に慈悲等ないのだぞっ!?」
『人魔戦争』講和後、王国内で吹き荒れたのは、戦を傍観した貴族達に対する静かな粛清。そのやり口は見事であると同時に、何処までも冷淡かつ、世間を味方につけてもいた。
時折反論し、謀反を仄めかす大貴族もいたが……戦場で血の代償を実際に支払った者達と、支払わず領地に引き籠っていた者との間には、十年で天地の軍事格差が生じており、抗すべくもなく。
今や王家の権限はかつてない程に強まっている。
一介の准男爵家を潰すことなぞ、造作もないであろう。
顔を歪め、腹心が口を開く。
「はい。様々な話を聞き、推察する限り……マテウス殿と私達の生き残りの目は、殆どないでしょう。『悪王子』は王国最精鋭と名高き魔法騎士達を配下に抱えています。一人一人が字義通りの一騎当千。抵抗は無意味かと」
「……フルド、はっきり言え。『竜』が大蜥蜴などではなく、紛れもなき怪物。しかも、そんな存在に私達は喧嘩を売った。……伝承通りならば、必ずここへ、『ロサド』にもやって来るっ。逃げたとしても、殺されるっ! しかも、王都からは大英雄の一人もやって来た。私達が生き残る為には何をすればいいのだっ!」
生き残らなくてはならない。とにかく生き残らなくてはならない。
そうでなければ……そうでなければ私は、何十回談判しても、猟場の大樹や獣を秘密裡に売り払うことを拒絶し、邪魔だった為暗殺した先代以下となってしまう。
『――良いか、マテウス。これは、古き……古き約束なのだ。我等が家祖はあの森で、竜に命を救われ、こう約した。『この森を守り抜く』と。ならば、我等が守らずして何とする? 人と違い、竜の生は永い。彼は、彼女は、覚えておるのだ。その約束をの』
暗殺前、先代に告げられた文句が脳内に木霊する。
……くそっ、くそっ、くそっ!!!!!!
何が『この森を守り抜く』だっ。
猟場から得られる金貨さえあれば、俺はあの御方の力で正式な貴族である男爵――そして、子爵にもなれる筈だったのだっ!
嗚呼……まさか、『王の猟場』竜が住み着くとは。
しかも、歴戦のフルド達で対抗すら出来ない怪物だったとは。
「簡単なことです、マテウス殿」
髭面の傭兵が身体を起こした。
その黒き瞳には悲愴感が見え隠れしている。
「そう――簡単なことですよ、マテウス・ホルボーン准男爵殿。罪が完全に露見する前に、その報告が王都へ届く前に、あの御方を売れば良いのです。丁度やって来て居る『白聖女』へ」
「なっ!? フ、フルド……? お、お前は、自分が今、何を言ったのか理解しているのか?? わ、私に、あ、あの御方を密告せよ、と!?!!」
「はい。我等が生き残る為にはそれ以外の手はありません」
「………………」
私は腹心の迫力に気圧され、後退った。
グルグル、と思考が脳内を駆け巡りまとまらない。
辛うじて悲鳴を発する。
「だ、だが……そ、そのようなことをすれば、私達は殺されるっ! 殺されてしまうっ!! この『ロサド』であの御方に勝る権力者はいないのだっ」
「その通りです。……が」
フルドが私に詰め寄って来た。
その眼には諦念と覚悟。
「そうしなければ、私達の運命を決しています。『竜』がやって来て、この都市ごと焼き払われ、後世まで悪名を残すか……王都に木材や獣素材の横流しが露見し、一族郎党全てを根こそぎにされるか。その場合でも『竜』はやって来るでしょうが」
「………………」
私は黙り込み、窓の外を見た。
空はどす黒く、雷鳴が鳴り響いている。
……もう駄目なのか?
私の細やかな野望『正式な貴族になる』は叶わないのか?
目を瞑り、現時点での決定を告げる。
「……分かった。心に留めておく。留めておくが今宵、決定はしない。肝心の『白星女』が猟場から還って来ない可能性もある。その際は違う策を考えようではないか? フルドよ」
※※※
「ふ~ん……やっぱり、そういうことなんですね」
マテウスと猟場で遭遇した隊長格の男――フルドの密談を、『ロサド』最高の宿の一室で盗聴していた私は、湯舟に身体を沈み込ませながら呟いた。
こんなこともあろうかと、マテウスとフルドの服に魔法を仕込んでおいた甲斐はあった。
竜と遭遇して多少とはいえ、交戦する羽目になるとは思いもしなったけれど。
猫なのに濡れることを嫌がらない白猫は、小さな木桶の中でうつらうつらしている。……普通の獣は、竜と遭遇したら怖がるのだけれど、この子ときたら。
やや、呆れながら『王の猟場』で不正を働いていた准男爵と騎士崩れの会話を思い出し、独白する。
「……『あの御方』ですか。『ロサド』で敬われている人物なんて、一人しか思いつかないんですよね……。かといって、単独行動で潰すと、後から悪王子が難癖をつけそうですし……テオに」
残念ながら、あの外見だけは良い王子はそういうことをする人だ。
あの後話し合った末、寛大な竜は、
『勇敢な人の子。その番の頼みだ。以後、森に手を出さなければ不問とする。周囲の矮小なる人共にも興味はない』
と約してくれた。竜は人と違い、約束を破らない。
なので想定していた最悪のケース――『竜による都市攻撃』はほぼなくなった。悪王子にも使い魔でそう伝えたし、ほぼほぼ私の仕事は終了した、とも言える。
だけど……
「私が、フィオリナ・ヴァレンタインがテオの番、ですか。――くっくっくっく」
思わず悪い声で喝采を叫んで、お湯をかきあげる。
人の世はともかく、竜の世で私達がそういう認定がされている
――素晴らしい! 最高! 色々と物事が動かし易いっ!
今度、『天槍』に手紙を書いておかないと。
同時に。
「乗りかかった船です。最後まで面倒事を片付けて、王都へ戻るとしましょう。……『竜』の言っていた話の裏も取って『あの御方』の裏に誰がいるのか、着き止めないといけませんしね」
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