第三話 接触

 極々一部の偉い人達を除き、如何にも唐突な開戦となった『人魔戦争』において、人族は魔族側に対し著しい劣勢を強いられた。

 悪王子によれば……


『作戦の稚拙さ、杜撰さ。自軍に対する根拠のない自信。将の質問題。兵站を軽んじる愚物が多かった――と、まぁ、幾らでも言えるんですがね。最大の問題はやっぱり【魔法】そのものの差でしょうね。前線将兵の限界を超えた奮戦と、忘れ去られていた魔銃、魔砲の大量生産、貴女達、大英雄様のお陰でどうにかこうにか、痛み分けで講和へ持ち込めたのは奇跡ですよ、本当に』


 その中の一つ。

 戦中、魔法障壁で優越性を誇った魔族や魔物相手、果ては対要塞用に開発、使用された魔導砲撃の威力は凄まじい。

 直撃すれば、大型の魔物であってもただでは済まないし、魔法障壁次第では要塞の分厚い壁すらも穿つ。


 ――穿つのだが。


 隊長格の男と兵士達が頭上で七眼を細めている竜を見つめ、絶句。


「う、嘘だ……こ、こんなのは何かの悪い夢だ……」「魔導砲撃を喰らって無傷?」「ハハ、ハハハ……お、おい、演習弾と間違えたんだろ? そうだろ?? なっ!」

「ち、違うっ! ま、間違いなく、攻城用弾薬を使った!! 使ったんだっ!!!」


 辺り一帯に氷片を撒き散らしながら、優雅にはばたく光氷竜は、その強大極まる魔法障壁によって、砲弾そのものを消滅させたのだ。

 ……相変わらず、出鱈目な魔力ね

 私は内心で賛嘆を零し、猟場中央を見渡した。

 どうやら、男達は何の策も立てずに正面攻撃を企てたようで、花畑の各所には剣や槍、魔銃が突き刺さり、凍結している。

 ただし、未だ戦死者は出ていないようだ。運が良……くもないわね。この後のことを考えれば。


『剣を抜いた者は、己が剣で倒れる覚悟も持つべし――フィオはきっと凄い魔法使いになると思うから、この言葉を覚えておいてほしいな。特に竜と相対する時は』


 幼い頃、テオに教えてもらった故事を思い出す。

 『竜』という種は、剣を抜いた相手に容赦はしない。

 まして――フードの縁に触れ、私は浮遊する巨大で美しい獣を見やった。

 氷属性持ちの竜は他属性の竜よりも長く生きている。若い竜ならば誤魔化しも効くだろうが、老竜が相手では。

 今まで、本物の『竜』と交戦したことがなかったのだろう、どうしてよいか分からず、呆然とし立ち竦んでいる男達へ冷たく勧告する。


「……貴方達が何処の誰かは、ロサドへ戻ったら聞きます。死にたくなければ、今は退いてください」

「なっ!?」「ふ、ふざけるなっ!」「お、俺達にだって誇りがある」「……仕事をしくじれば、ここで生き残ってもっ」「お前みたいな小娘がっ!」「――……待て」


 隊長格の男が剣を握り締め、私を凝視した。

 そして、身体を激しく震わせ始め後退りする。


「長い白金髪と白魔法衣……そして、竜と相対してもなお、その余裕さ。ま、まさか、お、お前は……星を操り、老魔王を討ったという『白星女』…………」

「フィオリナ・ヴァレンタインです。貴方達の雇い主はホルバーン准爵ですか? まぁ、細かい話は後でいいです。では」

『ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

『!?』


 竜の口が大きく開き、凄まじい怒りの咆哮を発した。

 大気が揺らぎ、樹々の葉が舞い、無数の花も散る。

 天候すらも変化し、冷たい雪華が降り始めた。

 ――ガシャン。

 顔面を蒼白にさせた男達の手から剣、槍、魔銃が零れ落ち、地面に転がり音を立てる。


「ひぃぃぃぃっ!」「こ、こんなの……こ、んな化け物、敵いっこねぇっ!」「お、俺は抜けるっ! 抜けるぞっ!! 幾ら報酬が格別でも、命あっての物種だっ」「た、隊長さんっ! ホルバーンの旦那にはいい思いをさせてもらったが、こいつは無理だっ!」


 兵達が悲鳴を上げながら、逃げ出していく。

 髭面の男は憤怒の表情になり叫ぶ。


「き、貴様等っ! 今更、足抜けは――」

「御取込中みたいですが、来ますよ?」

「!」


 竜が大きく翼を羽ばたかせた。

 瞬間――数千、数万の氷槍が出現し、男達に向かって降り注ぐ。

 髭面の男は反応も出来ず、


「――……仕方ないですね」


 私は杖を回転させ『炎楯』によって、髭面の男と逃げ出した兵達を一人残らず貫かんとした氷槍を受け止めた。


『…………』


 竜の七眼が私に問うてくる。お前は我に刃を向ける者か?

 私は立ち竦む髭面の男を一瞥。


「この場は私が。とっとと行ってください。ああ、逃げ出そうとしても無駄ですよ? この一件、既に王都へも伝わっています。先の戦が終わった後、王家が腐敗した貴族とその手先相手にどれ程苛烈だったかは……此方にも伝わっていますよね? 生き残る為にはどうすれば良いか、私が『ロンド』へ戻るまでに考えておいてください」

「………………」


 男は身体を大きく震わせ私を睨みつけると、踵を返し、脱兎の勢いで死地からの脱出を開始した。

 ――これで一先ずは良し。

 悪王子の『王国にって害悪な貴族潰し』は記憶に新しい。

 あの男とホルバーン准爵の間に、どれ程の信頼関係があるかは知らないけれど、自分だけじゃなく、一族郎党にまで及ぶ偏執的な追及を知っていれば……自ずと、私へ情報を渡す選択肢を取ってくれる筈だ。


 あと――……『ホルバーンの旦那』ね。


 猟場の管理を行う准爵が雇ったにしては、あの兵達の装備は随分と良かった。魔導砲まで持ち込んでいたし。

 まだ、舞台に上がっていない登場人物が――


「むぐっ」


 左肩の白猫が私の頬っぺたを押してきた。

 いけない、いけない。

 考え込んでしまうのは私の悪い癖なのだ。

 ま、まぁ……テオは『フィオが何かを考えている時の顔、僕は好きだよ』って言ってくれたけどっ!


「――えへへ♪」


 思い出し身体を揺らしていると、氷風が吹き荒れた。

 上空の竜はこの間にも次々と魔法を展開している。

 どれもこれも、誘導系ばかり。確実にあの男達を殺す気みたいね。

 私は杖を背負い、両手を掲げた。

 テオが『竜』と交渉した際のことを思い出し、素直に真似る。


「竜よ! 天使の力を持ちし氷光竜よっ!! 鎮まりたまえっ!!! ――私に交戦する気も、貴方を傷つけるつもりもないわ!!!! どうか、話を聞いてっ!!!!!」

『………………』


 竜の七眼が私を射抜き、氷槍が周囲に降り注いだ。

 恐怖で身が竦みそうになるも、我慢する。

 私はいざとなれば、これ位の魔法なら迎撃出来るが、テオは……私の大好きな幼馴染は、一切の魔法、魔道具を使わず、生身で竜の脅しを受けてもなお、眼を外さなかった。


 私――フィオリナ・ヴァレンタインは彼の隣に終生いる。そう誓ったのだ。


 怯懦を示すことは出来ない。

 何かの拍子でテオがまた『竜』と交渉した際、私の話が出たら、死んでも死にきれないし。何なら、禁呪使うし。

 ――やがて、氷槍の雨が止んだ。

 巨大な竜はゆっくりを花畑に着陸し、七眼を私へ向けた。


『星の加護受けし子よ。汝の覚悟、見届けたり。無礼を詫びよう。――汝は、噂に聞く勇敢な人の子のつがいか?』

「!?!! ――……ええ。ええ、そうです」


 身体に電流が走り、顔がにやけそうになり、踊り回りたくなるのを必死で抑える。

 落ち着いて、落ち着くのよ、フィオ。

 こういう場面は想定していたでしょう? テオの名誉を汚しちゃ駄目。それはそうとして……王都へ戻り次第、噂で広めておかないとっ!

 私は内心で決意を固め、竜に微笑んだ。後方に聳える巨樹の洞から、幼い獣達が頃ごり出て来るのが見えた。


「再度言っておきます。私は貴方の敵じゃありません。この地で人族が問題を起こした、と聞いてやってきました。――何があったのか、教えていただけませんか? 貴方と戦うのは本意ではありませんから」

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