第五話 再接触

 翌朝早朝。

 私はホテルを出て、『王の猟場』へと一人向かった。

 てっきり、昨晩の内にマテウスから遣いか、襲撃が来るかと思っていたのだけれど……


「もしかして、私が戻って来たことにも気づいていなかったんでしょうか? そうだとしたら、お粗末な話ですけど」


 胸に収まる白猫が眠そうに欠伸をした。

 朝露に濡れた樹々や草花を眺めながら、猟場の小路を歩いて行く。

 現在までに判明した内容は、使い魔に託して悪王子へ報告書を送ったので、今日中に何かしら動きがあるだろう。あの王子は腹黒で私とテオの仲を裂く許し難い人だけれど、仕事は早い。

 白猫が、うにゃうにゃ、と話しかけてきた。


「……何ですか? テオに会いたい、ですか?? この私に向かってその言い草とは、いい度胸ですね。言っておきますけど、貴女よりも私の方が会いたいんですからねっ! そのことを渡すれないで――え? テオはこういう旅の後『おかえり。寂しかったよ』って言ってくれる、ですってっ!? そ、そんな……わ、私には『おかえり、フィオ。怪我はない? 病気もしてないかな?? あ、今晩は何を食べたい?? 好きな物を作ってあげるよ』としか言ってくれませんけど♪」


 鳴き声が激しくなる。

 ふふん。私に勝とうなんて、十万年早いんですよっ!

 白猫と会話しながら、ズンズン前へ進んで行くと、探知魔法が発動。

 片目の視野が、上空に飛ばしている使い魔の小鳥のそれに切り替わった。

 ――私の後を追い『王の猟場』へ侵入しようとした、煌びやかな軍装を身に着けた数百の騎士達は、念の為仕込んでおいた植物魔法によって行く手を阻まれている。


 昨日遭遇したマテウス配下の兵達ではなく、紛れもなく正規軍だ。


 隊の最後方では、三十歳だと思われる男が焦燥感も露わに『ええぃっ! 早く、荊棘を焼き払えっ!!』と命じている。

 まぁ、貴方方の魔法で破られる程、私は耄碌していません。

 次々と軍用として火力を強めた炎魔法が放たれますが、荊棘はますます広がるばかり。技量的に解呪は不可能でしょう。


「……ふ~ん。予想通り准男爵達が『表』。この人達――都市ロサドを治めているハイアット伯爵が『裏』で全て手を回していた、と。ようやく、大戦争が終わったのに、人の欲というのは底無しですね。テオみたいに、何でもかんでも『フィオのお陰なので』と言う人も問題ですけど」


 私は得心しつつ、考え込みます。

 確かに、この猟場の木材と獣素材は魅力的だったでしょう。マテウスが目を付け、伯爵がそこで得られる金貨の山を欲したのも理解出来ます。

 『人魔戦争』で戦死した先代のハイアット伯と違い、当代は金と女と酒と権力が大好きな、分かり易い悪貴族みたいですし。

 ――ただ。


「伯爵であり、王国中央の要ともいえる都市を任されてきた家の者が、『竜』の強大さを知らなかったのか……それとも、知っていてなお排除したかったのか。さて、どっちなんでしょうかね?」


 私の問いかけに白猫は興味なさそうに鳴いた。


※※※


 小路を通り抜け、私達は猟場中央の花畑に到達した。

 奥の巨樹前では、眼を閉じた氷光竜が大きな身体を丸め、近くでは様々な種類の幼獣達が走り回っている。親の姿はない。

 幼獣達は今でこそ塞がっているものの、何かしらの深い傷跡持ちばかりだ。その数、数十頭。

 胸元から白猫ももぞもぞと動き、


「あ、こら!」


 許可も得ず飛び出し、花畑の中を駆けていく。

 私は「……まったくもう」と嘆息し、杖を片手に進む。

 花畑の各所には所々で微かに神聖さを帯びた泉が湧きだしている。

 天に聳える巨樹が近くになるにつれ、楽しそうに遊んでいた幼獣達が洞の中へ駆けこんでいく。残ったのは、竜の背中に座った白猫だけだ。度胸が据わっているのか、それともテオに慣らされたのか。……多分、後者ね。

 私は未だ目を瞑っている老竜へ話しかけた。


「こんにちは。昨日の約束通り、訪ねて来ました、フィオリナ・ヴァレンタインです」

『………………』


 左右三眼。中央一眼。合計七眼。

 その内、左右の一眼ずつが開いていく。


『――よくぞ来た、星の加護受けし子。勇敢なる人の子が話した通り、汝は人の身でありながら、約を守る者のようだ。外の小僧共は滅しても良いのか?』


 テオっ! 私のことを、何処まで竜との交渉事で話したの!?

 う、嬉しいけど。心の底から『あ、テオは私のことを信じてくれているんだ』って思えるから、嬉しいけどっ!!

 でもでも、やっぱりそういうことは直接言って欲しい――白猫が咎めるように鳴いた。はっ。

 居ずまいを正し、礼を述べる。


「有難うございます。ですが、外の者達は中に入っては来られないでしょう。後一日二日で、問題は解決出来ると思います。それまでは、どうかお許しください」

『ならば良い――。我とて、汝のような強者ならいざ知らず、数だけは多いが、余りにも弱き人族の剣士や呪い士をやり合うのは本意ではない。血を見るのにも少々飽きた。生まれた際は理解出来なかったが、我の力はそのようなことに使うものでもなっこと、この歳ともなれば分かっておる』


 私は深々と頭を下げた。

 テオの言葉を思いだす。人よりも、竜の方が素直だよ。ありのままを伝えれば、考えてはくれる。私の幼馴染は凄いのだ。

 老竜が片目を閉じると、花でソファーが組み上げられる。


『座るが良い』

「遠慮なく」


 腰かけるとふわふわで大変に柔らかい。今度、真似ないと。

 白猫も小山の如き竜の背から飛び込んできた。浮遊させて、軟着陸させると瞳を輝かせ、前脚で踏みつけている。珍しく可愛い。

 そんな白猫を片手で撫でつつ、竜へ目を向ける。


「昨日の約束通り『この地を半永久的に人が入れなくする』よう、王家に取り計らっています」

『感謝する』


 心底からの言葉だと分かる魔力の波動。

 ――竜は人と違って嘘を吐かない。

 老い、その生幾許もないという竜が眼を細めた。


『……我が幼き頃、世界樹の末たるこの巨樹前で出会いし人の友。我等は別れる際、こう約した。何れ共にこの地で眠ろうと。友は我との役を果たしてくれた。その洞の奥には、友の墓があるのだ。――まぁ今は』


 衝撃が身体を耳朶を打った。

 ――竜が、国によっては【神】として崇められている竜が、面白そうに笑っていた。

 洞の中から幼獣達が顔を出し、眼を瞬かせた。


『赤子達の巣になってしまってはいるがな。しかし、我が友ならば……幼き我の傷を癒してくれた、我が友ならば許してくれよう。あの者は、猟を生業としてはいたが、幼獣を狩ることも、まして嬲ることなぞはしなかった。……末の者が、そのような事に手を出したと知らば、泣いたであろうな』

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