アニメ放送

 4月になり、いよいよアニメ『恋愛の神様』の初回放送日。

 さすがに貴志くんと見るのは恥ずかしいので、お母さんと家で観ることにした。


 テレビから実際に自分の声が流れてきたとき、本当にわたしが演じてるんだという実感が湧いてきた。


 エンディングの映像と共にわたしの名まえ(本名)が映ったとき、隣にいたお母さんが涙ぐんでいたので、わたしもつられて泣きそうになった。   


 放送後、すぐに貴志くんに感想を聞きに行く。正直ちょっと怖いけど、お母さんの感想はべた褒めで当てにならないし。


「どうだった? といっても、ちょっとしか出てなかったけど」


 おずおずと訊くわたしに、貴志くんははっきりと答えてくれた。


「良かったと思うよ。明るくて可愛い感じで。ほら、声優じゃない人がやると、そこだけ浮いてるように感じることがあるだろ。だけど、葵ちゃんの声はちゃんと周りに溶け込んでたよ」


「ほんと? 良かったあ。ちょっと安心した。最低限のラインはクリアしたってことだよね」


「監督がオッケー出したんだから、もっと自信持てばいいのに」


「監督さんのことは信頼してるけど、先輩たちの演技見てると自信なんて持てないよ。もっと上手くなれるといいんだけど」


「なれるよ、きっと。今度は僕が応援する番だね」


「ありがとう。頑張るね」


 不思議だ。今までずっと応援する側だったのに、まさか応援される側にまわるなんて。

 嬉しくて、照れ臭くて、ちょっぴりプレッシャーも感じる。貴志くんもこんな気持ちだったのかな。


 貴志くんにはもう言わないけど、今もわたしの目標は、貴志くんの小説がアニメ化されたときに声優として出演すること。欲を言えば、クレアかベロニカがやりたい。


 上品な伯爵令嬢のクレアと、気が強くてツンデレ気味のベロニカ。正反対の二人のどちらもやれるように、演技や表現力をもっと身につけておかなきゃ。



 ***


 翌日、学校でちょっとした騒ぎになった。


 仲の良い友だちにしか教えてなかったのに、アニメを観た何人かの子が、エンディングに映ったわたしの名まえに気づいたらしい。そのせいで、よく知らない子たちが話しかけてくる。


(うかつだったなあ。まさかあんなところまで観てるとは)


 今も、廊下で同級生の女子たちに絡まれているところだ。


「香坂さんが声優やってるなんて知らなかったからびっくりしたよ!」

「あ、うん。まだデビューしたばっかりだからね」

(この子、誰だっけ?)

 茉莉花を見ると、ふるふると首を横に振っている。


「あたし、ヒロインの声やってる穂村沙月ちゃんのファンなんだ。サインもらってきてくれないかな?」 

「新人が大先輩にそんなこと頼めないよ」

「だったらスタジオの見学とかできない? ちょっと見るだけでいいから」

「駄目だよ。遊びじゃないんだから」

「えー、いいじゃーん」

「ケチなこと言わないでさあ」


(しつこいなあ)


 我慢して相手をしていたが、だんだんイライラしてきた。茉莉花も同じだったようで、わたしがキレる前にブチギレた。


「あんた達、いい加減にしなよ! 友だちでもないのに、よくそんな図々しいこと言えるね。仕事なんだからサインとか見学とか無理に決まってるでしょ!」

 

(さすが茉莉花。心の友よ!) 


「そういうわけだから、ごめんね」とわたしも会話を切り上げた。

 

 彼女たちは「感じわるっ」「芸能人づらしちゃって」などと、文句を言いながら去っていく。こんなことならゴンザレスでもなんでも絶対バレないような芸名をつけておけばよかった。



 ***


 茉莉花と中庭でお弁当を食べながら、ストレス解消とばかりに喋りまくる。


「ほんと図々しいよね! なんか、葵が言うこときくのが当たり前みたいな態度だから頭にきちゃった!」


「なんなんだろうね。人気商売だから何を言ってもいいって思ってるのかな」


「失礼しちゃうよねえ。うちの学校って芸能クラスとかないから、その辺の意識が低いんだよ。また変なこと言ってくるやつがいたら、あたしがとっちめてやるからね!」


「ありがとう。さっきも助かったよ」


「そういえば、小説や漫画もよくネットで叩かれたりしてるけど、貴志くんはそういうの大丈夫なの?」


「うーん、そこまで気にしてないんじゃないかなあ」


「へえ、メンタル弱そうなのに」


「それはそうなんだけど、否定的な感想も『ちゃんと読んでくれてるってことだから有り難いと思わないとね』って言ってるよ。こっそりエゴサしてへこんでるときもあるけど」


「あはは。やっぱり気にしてんじゃん」


「今のところ褒めてくれてる感想の方が断然多いんだから、気にすることないと思うけどね。まあ、へこんだらその分わたしが褒めまくるから」


「あらまあ、出来た嫁だこと」


「オホホホ。まあ、これでもお食べなさい」


 茉莉花の好きなミートボールと卵焼きをあげると「わーい」と子どものように喜ぶ。

 

 花壇に咲いた色とりどりの花に、柔らかな日差しが降り注いでいる。

 美味しいお弁当と優しい友だちのおかげで、嫌な気持ちはいつのまにか消えていた。



 ―――――――――――――――

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

 あと6話で完結する予定です。

 そろそろ☆をつけてもいいかなという方がおられましたら、いくつでもいいのでよろしくお願いします!




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る