アフレコ
楽しかったクリスマスが終わり、あっという間に年が明けた。
ちなみに、わたしが貴志くんにあげたクリスマスプレゼントはワイヤレスマウス。貴志くんは有線のマウスを使ってたけど、ケーブルが邪魔そうだったから。
ほんとはもっと高い物をあげたかったけど、バイトもしてないしね。
「ワイヤレスの欲しかったんだ! どうもありがとう」と貴志くんは喜んでくれた。
「僕からはこれ」
はい、と金色のリボンを結んだ白い袋を渡された。
「開けてみて」
リボンをほどくと、袋の中には赤いチェックのマフラーが入っていた。
「うわあ、可愛い! 柔らかくて手触りもすっごくいいね。ありがとう! でもこれ、高かったんじゃない? オーナメントも買ってもらったのに……」
「あれは僕があげたかったんだから気にしないで。このマフラーだって、葵ちゃんに似合うと思ったんだ。彼女へのクリスマスプレゼントくらいカッコつけさせてよ」
貴志くんの口から彼女という言葉が出てきたので嬉しくなった。
「そっか! 彼氏からのクリスマスプレゼントなんだから、遠慮しちゃダメだよね」
「そうそう」
笑顔で見つめ合いながら、わたしもギャラをもらったら〝彼女からのプレゼント〟だと言って、高い物をプレゼントしようと心に決めた。
貴志くんがおもむろにマフラーを手に取り、わたしの首に掛けた。
(えー、巻いてくれるんだぁ)
不器用な手つきで一生懸命巻いている貴志くんを、ほのぼのとした気持ちで見守った。
「出来た!」
「ありがとう。頑張ったねえ」
鏡に映してみると、思っていたよりずっと綺麗に結ばれていた。
「わあ、すごい。よくこんな巻き方知ってたね」
不意に、重松くんでネクタイの結び方を練習したことを思い出した。
「まさか、練習したんじゃ――」
「バレたか」
なんですって!?
「ネットで検索して鏡を見ながら練習したんだけど、やっぱり人に巻くのは難しいね」
「そ、そっか。わざわざ練習してくれたんだ。可愛いから、後でわたしにも巻き方教えてね」
「そう? いいよ。気に入ってくれて良かった」
貴志くんの弾けるような笑顔を見て、わたしは猛省した。
このひとを疑うなんて……。
ネクタイのことだって、後で茉莉花に「思春期の男子になんてむごいことを!」って怒られたくせに、自分のこと棚に上げて。
わたしは貴志くんの首に腕を巻き付け、熱烈なキスをした。
「メリークリスマス!」
「あはは、びっくりした。うん。メリークリスマス!」
貴志くんが熱烈なキスを返してくれた。
もしかしてこのまま……
なんて思ったところで、酔っ払った母が「メリークリスマス!」と叫びながら、貴志くんの部屋のドアを叩いたのだった。
***
4月から始まるアニメの収録が始まった。
以前受けたオーディションは見事に落ちて、杉田さんに鼻で笑われている。
「ふっ、まだまだだな。その場で要求されたことに応えられるように、ボイトレと演技レッスンしっかりやっとけよ」
「……精進します」
あれから頑張ってはいるものの、今回の出演は事務所の先輩のおまけ、いわゆるバーターだ。
人気のネット小説『恋愛の神様』をアニメ化した学園もののラブコメで、わたしは主人公と同じクラスの女生徒の役だ。セリフが少ない分、ガヤの収録を頑張っている。
ガヤというのは、聞き取れるか聞き取れないかぐらいのガヤガヤした効果音のことだ。教室で話している会話なんかをアドリブで考えるのは難しいけど、やりがいがあって結構楽しい。
一日の収録の流れはこんな感じだ。
スタジオ入りしたら事務所に到着連絡をし、ミキサー室にいるスタッフさんに挨拶してからアフレコブースへ。
出演者とスタッフが揃ったらテスト収録をし、音響監督から、別撮り、セリフの変更、ダメ出しなどの指示がある。
基本的に、テスト収録~本番を繰り返していく。
全員分のマイクはなく、4本くらいのマイクを代わる代わる使うのだが、どのマイクを使っていいのかわからずあたふたしてしていると、同じ事務所の先輩が声をかけてくれた。
水川百合さんというベテランの声優さんで、今回は担任教師の役で出演している。
「最初はよくわからないわよねぇ。ちょっと台本見せて。……あなたのセリフの3つ前の……ほら、このセリフの人もう出番がないから、このマイクが使えるでしょ」
「ほんとだ。ありがとうございます!」
わたしはすっかり水川さんのファンになった。
アニメの場合、CMやエンディングを挟んで、3つのパートに分けて収録することがほとんどだ。
今回、わたしの出番は少ないから問題ないけど、うちは普通の高校なので、出番が多い役だと出席日数が足りなくなるかもしれない。
仕事は面白いけど授業は休みたくないというジレンマに
***
スタジオから直帰した日、スミレ荘の門のところで萌音ちゃんにばったり会った。
「久しぶりやね。元気にしとる?」
「うん。萌音ちゃんは? 劇団、忙しい?」
「次の公演は出られんけ衣装の担当なんやけど、作らないけんもんが結構あるけ大変っちゃ」
「そうなんだあ」
萌音ちゃんは自転車なので門を開けてあげる。
「ありがとう。葵ちゃんは? 今日はアフレコの収録やったん?」
「うん。渋谷のスタジオで」
「4月からの新アニメやろ? 頑張りよるね」
「あ、あの、萌音ちゃん――」
「葵ちゃん、もしかしてあたしに悪いっち思っとる?」
「それは……」
わたしがうじうじしていると、萌音ちゃんがきっぱりとした声で、
「やっぱり気にしとったんやね。そりゃあ、声優の仕事でギャラがもらえるのは羨ましいけど、葵ちゃんも知っとるやろ? あたしがフェニックスに所属しとるのは声優になりたいからやないんよ。そやけ、気にせんで頑張り」
「うん、わかった……ありがとう」
正直、バイトをしながら頑張ってる萌音ちゃんに対して、申し訳ないような気持はあった。顔を合わせてもなんだか気まずくて、それが態度に出てたのかもしれない。
(素人同然のわたしに対して何も思わないはずがないのに……)
わたしは萌音ちゃんの優しさに感謝し、せめて彼女に恥ずかしくない演技をしたいと痛切に思った。
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