クリスマス
店頭にクリスマスツリーが飾られ、あちこちで定番のクリスマスソングが流れ始めると、そわそわして落ち着かない気分になる。
うちはもう何年もイブを母と過ごし、25日は父と出掛けていた。
去年のクリスマスイブは貴志くんも加わって三人で過ごしたから、今年もそうするのかと思っていたら、「クリスマスイブは貴志くんと二人で過ごせば?」と母に言われた。
「え、いいの?」
「もちろんいいわよ。せっかく彼氏が出来たんだから、こういうイベントは楽しまなきゃ。わたしも久しぶりに友だちと遊んでくるわ」
わたしが高校生になってから、母は前より外出するようになった。
「貴志くんに任せておけば安心だし、そろそろ子離れを始めようかと思って」
なんと子離れ宣言。
ならばと、わたしは母にお礼を言った。
「今までありがとうございました」
「やあねえ。そのセリフは結婚するときに言ってよ」
「そんなの、いつになるかわかんないし」
そんな会話をしていた矢先、貴志くんから思いがけない物をもらった。
「葵ちゃん、これあげる」
「なあに?」
お菓子でもくれるのかと思って手を出したら、冷たい銀色の物が手のひらの上に置かれた。
「合鍵。あった方が便利でしょ」
鍵を見つめたまま固まっているわたしを見て、貴志くんが悲しそうに呟いた。
「ちょっと重かったかな……」
「ち、違うの! 合鍵がもらえるなんて思わなかったからびっくりしちゃって……嬉しい。ありがとう、大事にするね」
わたしは手のひらの上にある鍵を握りしめた。
「うん。迷惑じゃなければ持ってて」
「これがあれば、貴志くんに何かあってもすぐに助けられるね」
「何かって?」
「過労で倒れたときとか、病気で動けなくなったときとか」
「それは有り難いけど、もっと気軽に使ってよ。僕がいないときに部屋で待っててくれてもいいし、執筆に夢中で気づかないときは勝手に入ってくれていいから」
「うん。そうする」
それ以来、わたしのキーホルダーには2つの鍵がぶら下がり、チャリチャリと幸せな音を立てている。
***
小説の収入は当てにならないからと、貴志くんはコンビニのバイトを続けている。人間観察にはちょうどいいって割り切ってるみたい。
小説家にとって、色々な人と触れ合うのも大事なことなんだろうな。
イブの日は、なんとか休みをもぎ取ってもらった。
同じシフトが多い佐々木くんには悪いけど。
佐々木くんは就活を始めてから髪を黒くしたので、金髪のときより真面目そうに見える。彼女の絵麻さんにも「黒髪の方がカッコいい」って言われてたから、たぶんもう染めないだろうな。
絵麻さんには最初ヤキモチを焼いてたけど、話してみるとサバサバして面白いひとだった。
今も、お客さんがいないのを見計らって、ふたりで結婚について話をしているところだ。
「絵麻さんは経済的な安定を重視してるんだよね?」
「そうよ。わたしは貧しい家庭で育ったから、大きくなったらお金持ちの人と結婚するのが夢だったの。お金は大事よぉ。お金がないと心が
わたしはレジにいる佐々木くんに聞こえないように小声で訊いた。
「佐々木くんはどう? 結婚相手として」
「ここだけの話、かなり有望だと思うわ。一流企業に内定してるし、チャラそうに見えて根は真面目だから、浮気もしなさそうだしね。あ、これ彼には内緒よ」
唇に人差し指を当てる絵麻さんは妙に色っぽい。
わたしは黙ったままコクコクとうなずいた。
買いたい物を持ってレジに行くと、「何の話してたんすか?」と佐々木くんに訊かれた。
「えーっと……」
わたしが言葉に詰まると、絵麻さんが上手く誤魔化してくれた。
「もうすぐクリスマスだねって話してたの。ね?」
「そ、そうなの」
「葵ちゃんは美作さんとどっか行くんすか?」
「うん。イブにクリスマスマーケットに行こうかって話してる」
「いいなあ。わたしたちも行ってみない?」
絵麻さんが目を輝かせる。
「絵麻ちゃん寒がりだから、行くならいっぱい着てかないと」
「えー、着ぶくれると可愛くないのに」
「大丈夫だよ。絵麻ちゃんは何着ても可愛いから」
いきなりイチャイチャしだしたので目のやり場に困る。
どう見ても佐々木くんは絵麻さんにぞっこんだ。彼女が望めばすぐにでも結婚するんじゃないかな。
ちょっぴり羨ましい気もするけど、わたしにはまだまだやるべきことがある。
なにしろ、来年から始まる新アニメで、少しだけどセリフのある役をもらえたのだ。
自信はないけど、夢を叶えるために頑張らなきゃ。
―――――――――――――――
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次回クリスマスデートって言っておきながら、まだお出かけしてなくてすみません!
久々に金髪くんこと佐々木くんと絵麻のカップルでした。
誰だっけという方は「コンビニ協奏曲」あたりを読み返してみてください。
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