文化祭・高校編

 風がだんだん冷たくなり、銀杏の葉が黄色に色づき始めた。

 もうすぐ高校生になって初めての文化祭だ。


 中学のときより会場や催し物も多い。2日間行われるが、1日目は校内発表のみで2日目に一般公開される。


 今年の文化祭のスローガンは『桜梅桃李おうばいとうり ~それぞれの花を咲かせろ!~』。

 実際、それぞれのクラスや部活で個性ある出し物を考えている。


 料理部では、クッキー、マフィン、ラングドシャといった日持ちするお菓子に、紅茶かコーヒーをセットにして販売する。


 教室の中を安い生地やレースで飾り付けて、カフェっぽい雰囲気を出したり、白いひらひらのエプロンでちょっとだけメイド喫茶っぽくしてみたりと工夫をこらした。


 茉莉花のいる手芸部では、ビーズアクセサリーや本物そっくりのパンアクセサリーを販売するらしいから、絶対手に入れなくちゃ。


 ***


 貴志くんにも一応、文化祭の日程を伝えておいた。

「忙しかったら無理しなくていいからね」


「この日なら行けると思う。でも、僕が行くと噂になったりしないかな?」


「みんなもう知ってるから大丈夫だよ」


「え、知ってるの?」


「うん。香坂葵は漫画家と付き合ってるって、一時期有名だったんだから」


「は? なんで漫画家? 誰と付き合ってるって?」


 貴志くんの顔色が変わる。


「違う違う。コミカライズされたときに宣伝しまくってたら勘違いされたの。今は原作者の方だってみんなわかってるよ」


「そうなんだ。びっくりした」


「うちは親公認の仲なんだから、堂々と来てよね」


「わかった。楽しみにしてる」


 ***


 文化祭1日目は、喫茶店の空き時間に茉莉花と校内をまわり、手芸部でお目当てのチョココロネのパンアクセサリーをゲットした。


 2日目の今日は、一般客が来校するのでかなり忙しくなるはず。料理部のお菓子は値段が安くて美味しいと毎年人気があるそうだ。


(貴志くん、何時ごろ来るかな。午後になるかもって言ってたし、何かあればスマホに連絡がくるだろうけど)


 正門に様子を見に行こうかな、なんて思ってたら、想像以上にお客さんが来てそれどころじゃなくなった。

 部員総出で対応しても行列が途切れない。


「すみません、席が空くまで少々お待ちください」 

「ラングドシャ売り切れ!」

「お釣り、足りないよー!」


 バタバタしてるうちに時間が過ぎていく。やっと落ち着いてきた頃には、午後2時を過ぎていた。


 交代で休憩を取って戻ってくると、貴志くんが喫茶店の前の廊下で所在なげに立っていた。


「良かった。中にいないみたいだから、どうしようかと思ってた」

「ごめんね。ずっと忙しかったから、さっきやっと休憩できたの。売り切れたのもあるけど、中に入って」


 急いでエプロンをつけると「似合うね」と言ってくれた。

 そんなわたしたちを料理部の部員たちがニヤニヤしながら見ている。忙しいときだったら目立たなかったのに。


「マフィンとコーヒーをお願いします」

 貴志くんが生真面目に注文する。


 代金を受け取ってテーブルに案内すると、物珍しそうに辺りを見回している。


「飾り付けも可愛いね」

「みんなで頑張ったの。お菓子の感想も聞かせて」

「じゃあ、いただきます」


 貴志くんはマフィンにかぶりつき、

「うん。ちょうどいい甘さだし、しっとりしてて美味しい」

 と笑顔になった。

 どうやら気に入ってくれたようだ。

「良かった。ゆっくり食べてね」

「ありがとう」


 わたしが売り場に戻ると、さっそくみんなが寄ってきた。


「いいねぇ。年上彼氏」

「思ったより若いよね。大学生くらいに見える」

「優しそうでいいなあ」


「はいはい。みんなだって彼氏が来たくせに」

「あたしは友だちしか来てないもん」

「わたしもー」

「あ、あれって誰かの彼じゃない?」

「え、どこどこ!?」


 皆の視線が、入口にいた背の高い男子に集まる。

 そこにいたのは重松くんだった。


「あ、やっと来た!」

 茉莉花が手を振ると、重松くんが近づいてきた。

「遅いぞお」

「わりぃ。もう終わっちゃった?」

「種類は少なくなったけどまだあるよ。どれにする?」

「どうすっかなあ……じゃあクッキーとコーヒーで」

「はーい。ちょっと待ってて」


 茉莉花が用意しているあいだに重松くんと話をした。


「久しぶりだな」

「うん。茉莉花からいつも話は聞いてるけど」

「なんか変なこと言ってなかった?」

「ふふ、優しいって言ってたよ」

「ほんとかよ」


 またこんな風に重松くんと話せるのが嬉しかった。

 茉莉花は気を使ってくれたのか、会話が途切れたところで「150円です」と重松くんに言った。

「安いな」

「高校の文化祭なんてこんなもんでしょ。あとで手芸部にも行くんだから早く食べてね」

「わかった」


 重松くんは店内をキョロキョロと見回し、貴志くんがいることに気づいたようだ。

 軽く会釈をしたあと、少し離れた席に座った。


 今度は茉莉花がみんなから揶揄からかわれている。

 同じ空間に貴志くんと茉莉花と重松くんがいる。そのことが、なんだかとても嬉しかった。

 


 ―――――――――――――


 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

 そろそろわたしも“おねだり”をしようかと(;^ω^)

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