散歩と恋バナ
9月も半ばを過ぎ、散歩にちょうどいい季節になってきたので、貴志くんを近くの公園に連れ出した。
「夏のあいだは引きこもってたんだから、そろそろ外で日光を浴びないと!」
わりと広い公園で、池にはスワンボートが何艘か浮かんでいる。わたしたちは池の周りの遊歩道を歩いたり、ドッグランで遊んでいる犬を眺めたりして、のんびりと過ごした。
「最近、声優の方はどう?」
「レッスンはなるべく受けるようにしてる。テスト前には行けなくなるけど――そうだ! もうすぐ初めてのオーディションがあるんだ」
「え、すごいね」
「すごくはないよ。セリフちょっとしかない役だし。それに、一緒にレッスン受けてる子たち、みんな上手いんだもん。わたしなんかど素人だし、試しに受けてみればって感じ。でも、経験を積んでおかないと、いつか貴志くんの小説がアニメ化されたとき困るからね」
「アニメ化の話はまだきてないんだ。もしかすると、ずっとこないかも……。せっかく葵ちゃんが頑張ってくれてるのに」
「いいのいいの。そんなの気にしないで! もしものとき後悔したくないだけだから。ね?」
「うん……わかった」
ふう、危ない危ない。貴志くんは繊細なんだから、変なプレッシャーを与えないように気をつけなきゃ。公開はしてないけど、新作の長編にも取り掛かってるみたいだし、いい作品を書き続けて欲しいもんね。
それでいつかは、もともと書きたかった文芸作品も出版できるといいな。
今でも貴志くんはそういうジャンルの短編小説をときどきネットで公開している。
わたしみたいな素人が読んでも、話の筋立てが上手くなってると思う。あちこちに心に響く言葉が散りばめられていて、表現力も豊かになったような気がする。
これまで経験したことが、ちゃんと作品に生かされてるんだ。そう思うとなんだか嬉しかった。
貴志くんが小説家になるという夢を諦めかけたとき、わたしが何もしなければ、彼はまったく違う道を歩んでいたかもしれない。
どこかに就職してたかもしれないし、お父さんの後を継いでたかもしれない。
そう考えると、自分の責任の大きさを痛感するのだ。
もしかしたら、貴志くんもそんな気持ちなのかもしれない。
***
散歩から帰るとそのまま貴志くんちに行った。
貴志くんはお母さんとの約束をいつまで守るつもりなのか、キス以上のことはしようとしない。
友だちの中には初体験を済ませた子もいて、わたしと茉莉花はだんだん耳年増になっていく。
「やっぱり人によって違うみたいだね」
「うん。香織はすごく痛かったって言ってたけど、麻衣子はそうでもなかったんだって……葵もそろそろなんじゃない?」
なにげなく探りを入れてくる茉莉花。お互い、最後の一人にはなりたくないとひそかに思っているのだ。
「全然。親公認だからダメなんだと思う。信頼を裏切れない、みたいな?」
「そっか」
「もしかしたら茉莉花の方が早いかも」
「えー、それはないと思うけど」
「重松くんとは上手くいってるんでしょ?」
「まあね。休みの日はデートしてるし……でも、あいつヘタレだからキスもまだなんだよ」
茉莉花はかなり不満げだ。
「重松くんの性格だと、待ってるだけじゃダメかもね。初カノだろうし、茉莉花からしてもいいんじゃない?」
「えー、それはなんかやだー!」
「あとは、おねだりするとか?」
「おねだりって……上手くできるかなあ」
「大丈夫。きみならできる!」
「あたしだって初カレなんだからね! じゃあ、どうすればいいと思う?」
「そうねえ……たとえば、雰囲気の良い公園なんかで、先を歩く彼の洋服の袖をぐいっと引っ張って、目を閉じて待つとか」
「えー、そんなのあざとくない? 恥ずかしいよぁ」
「キスしてって言うよりいいでしょ」
「それは、まあ……」
「無理やりするわけにもいかないし。頑張ってみなよ」
「うー、あたしにできるかなあ。雰囲気の良い公園なんてあったっけ……」
茉莉花は不安そうにしていたが、わたしは知っている。
彼女はやればできる子だ。
案の定、休み明けに「おねだり、成功」との報告があった。
――――――――――――――
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
次回は文化祭です!
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