重松小太郎の恋(茉莉花視点)

「お母さんが許してくれたから、貴志くんと付き合うことになったよ!」


 誕生日の次の日、満面の笑顔で葵から報告があった。

 

「ほんと!? 良かったねー! ホッとしたよ。もしかしたら反対されるかもって思ってたから」

「ありがと。実はわたしも心配してたんだけど、意外とすんなり許してくれたの。害虫よけにちょうどいいなんて言ってさあ」

「あー……」


 なんかわかる気がする。貴志くん、人畜無害そうだし。

 だけど、そんなに信用されたら、ますます手が出せなくなるよね。これもお母さんの作戦なのかな?


 めでたいことだけど、葵に彼氏が出来たって知ったら小太郎ショックだろうな。


 どうしよう。教えてあげた方がいいのかな。

 たぶんあっという間に噂になるだろうから、いきなり誰かに聞かされるよりは、あたしから聞いた方がマシだよね。

 

 そう思ったあたしは、放課後、小太郎のクラスまで会いに行った。


「話があるんだけど、ちょっといい?」

「おお、いいぞ」


 階段を上り、ひと気のない場所を探す。

 4階の音楽室の前には誰もいなかった。


「ここでいいかな……」


 なかなか話を切り出せずにいるあたしを、小太郎はかしたりせずにじっと待っている。まるで賢い大型犬みたいだ。


「葵のことなんだけど――」

「え、なに?」


 小太郎の目がきらりと輝く。


「……ハア」

「なんだよ。ひとの顔見てため息つくなよな」

 

(葵の名まえを聞いただけでこの反応だもんなあ。結構モテるくせに)


『重松先輩って一見怖そうだけど実は優しいよね』って、後輩の女子たちに受けてるらしい。

 同級生にはモテないんだけどね。小太郎が葵を好きなことは女子たちのあいだで有名だから。


 あたしと小太郎は、今では気の合うオタ友だ。

 小太郎も葵の声が好きだって言うから、試しに好きな声優を訊いてみたら、やっぱりあたしの推しとかぶっていた。

 みんなが知らないようなアニメや声優の話で盛り上がって、LINEでもやり取りするようになった。

 そんな大事なオタ友に、これから辛い事実を伝えなければならない。

 

「葵、お隣の貴志くんと付き合うことになったよ」

「え!?」

「バレンタインに告白しあって、両思いってのはわかってたんだけど、葵の15歳の誕生日にお母さんの許可をもらって、正式に付き合うことになったんだって」

「……そうか」


 小太郎はしばらく窓の向こうをじっと見つめていたけど、やがてかすかに震える声で言った。


「良かった。香坂、ずっとあいつのことが好きだったもんな」

「うん、そうだね」

 

 茜色に染まっていく空を眺めていたら、小太郎がグズグズと鼻をすすり始めた。

 見ると、顔中、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。


「あぁ、もうっ。ほら、これで拭いて」

 しょうがないからあたしのハンカチを押しつけた。


「わりぃ……」


「それ返さなくていいから、ちゃんと鼻かみなよ」

 小太郎は素直にハンカチで鼻をかんだ。


「……ありがとう。おまえって、意外といいやつだよな」


「言っとくけど、優しくされたからって勘違いしないでよ。小太郎はあたしの好みじゃないんだから」


「んなことわかってるよ。……あーあ、結局、告白もできないまま終わっちゃったかあ」


「したかったら今からでもすれば?」

 

「いや、だって、もうあいつと付き合ってるのに」


「いいじゃん、気持ちを伝えるくらい。あたしだって、べつにあんたの気持ちを否定したかったわけじゃないし。あ、でも、告白するなら受験が終わってからにしてよ。葵、そういうの絶対気にするから」


「わかった。どっちにしろ俺も受験だから気持ち切り替えないとまずいし……はあ、夕日が目にしみるぜ」


「ねえ、そろそろ帰りたいんだけど、まだここで浸ってる?」


「……俺も帰るよ」


「付き合ってあげたんだからジュースくらい奢ってよ」


「おまえなあ……まあいい。行くぞ」


 小太郎はハンカチをポケットに突っ込むと、勢いよく歩き出した。

 







 





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