憂鬱なバレンタイン 2

 家に帰ると、母が台所でチョコレートを手作りしていた。


「誰にあげるの?」

「会社の人たちよ。ちょっとずつならお返しも気にならないでしょ。お酒が好きな人が多いからラム酒を入れてみたの」

 と楽しそうだ。


「お母さんもたまには飲みに行けば? わたしだってもう中学生なんだし、一人でも平気だよ」

「なに言ってるの。そんなこと気にしなくていいのよ。友だちとのランチでシャンパンくらい飲んでるんだから」


(ほんとに大丈夫なのに……)


 お母さんはわたしを一人にするのが心配みたいで、仕事帰りに飲みに行ったりしない。友だちとはときどき週末にランチしてるけど、これじゃあ恋人もできないよね。



 以前、茉莉花に話したことがある。


「お母さんに恋人ができるのはべつにいいんだけど、今でもお父さんとはときどき会ってるし、他のひとをお父さんと呼ぶのは抵抗あるかも」

 

「そりゃそうでしょ。そもそも、よく知らないおじさんといきなり一緒に住むとか考えられない」

 

「だよねー」


「再婚相手がお金持ちならいいかもね。家が広ければ同居してもそんなに気にならないだろうし、葵がいつか就職や結婚で家を出たとしても安心でしょ。老人のひとり暮らしだと、倒れて意識がなくなっても誰も気づかないってこともあるし」


「やめてよー。なんでそんなに具体的なの?」


「バツイチの叔母さんが言ってたの。ひとり暮らしは気楽でいいけど、そういうのが怖いって。まあ、そんな心配なさそうだけどね。友だちとしょっちゅう出掛けてるし、離婚してからの方が楽しそうだもん」


「そうなんだ」

 顔を見合わせてクスクスと笑う。


「お互いにこの人ならと思って結婚したのに、なんでうまくいかなくなっちゃうのかな」と茉莉花が呟く。


「なんでだろうね。……うちの両親、ときどき夜中にケンカしてたんだけど、声が大きいからいっつも目が覚めちゃうの。でも、子どもだったから、布団かぶって泣くことしか出来なかった」


「向こうは気づいてないと思ってるんだろうね。そんなわけないのに」

「ねー」

 ふたりして苦笑いを浮かべた。


「だから離婚するって聞いても驚かなかったし、その話が出てからケンカすることもなくなったから、別れて良かったんだと思う」


「結婚がゴールじゃないっていうしね。それでも、やっぱり結婚式には憧れちゃうし、ウエディングドレスは着てみたい!」


「うん。いいよね、ウエディングドレス!」


 深刻な話をしてても、しょせん中学生。

 そのあとは、どんなドレスがいいとか式場はどこの教会がいいとかで盛り上がった。



 母の手もとには、どろりと溶けたチョコレートが見える。

 気になって後ろから覗き込むと、「簡単だからやってみる?」と目を輝かせている。たぶん一緒に作りたいんだろうな。


「でも、チョコ買っちゃったし」

「いいじゃない。たくさんあって困るものじゃないし。手作りも意外と美味しいのよぉ」

「……じゃあ、作ってみようかな」


 断るのもかわいそうなので、一緒にトリュフチョコを作ることにした。


 板チョコを細かく刻み、温めた生クリームを混ぜて溶かす。母の真似をして、少しだけラム酒を入れてみた。

 冷蔵庫で30分ほど冷やしたら、丸めてココアパウダーをまぶすだけ。ほんとに簡単だった。


 少し形は悪いけど、食べてみたら思ったより美味しかった。

 ラッピングの袋に入れ、水色のリボンを結ぶとプレゼントっぽくなった。

 うん、可愛い。せっかく作ったんだからこれもあげようかな。


 明日はいよいよバレンタインデー。

 

 

 

 

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