文化祭
うちの中学の文化祭は10月に行われる。
高校や大学のような模擬店はないけど、学習や研究の成果をまとめた展示や、イベントの準備で忙しい。
図書室も解放し、図書委員が本の読み聞かせと朗読をすることになった。
文化祭には様々な年代の人たちが来る。幼児、小学生、中高生、保護者。どの年代も楽しめるような内容にしたいと皆で意見を出し合った。
「最近、幼稚園児に人気の絵本って何かなあ」
「『パンどろぼう』のシリーズは?」
「小学生には『ふたごチャレンジ!』がいいんじゃない?」
「金子みすゞの詩集なら、どの世代でもいいと思う」
村上先生も交えていくつかの候補を決め、交代で声に出して読んでみた。その人の声や話し方がどの本に合っているのか意見を交わす。
わたしは、なぜか満場一致で宮沢賢治の『よだかの星』に決まった。
よだかは、実にみにくい鳥です――という一文から始まる短編小説は、全文を読むと30分はかかるので、あいだにあらすじや解説を入れながら短くまとめた。
外見による差別や食物連鎖など、決して明るいとは言えない内容だが、残酷で美しい描写は読んだ人の心を打つ。
はたして、わたしの声でどこまでこの小説の良さが伝えられるのか不安だ。
母に読み聞かせのことを伝えると「見に行くから、がんばってね」と言われた。
なんだか恥ずかしいので貴志くんには言ってない。
(拗ねちゃうかもしれないから、後で報告だけしようかな)
塾に加えて、文化祭の準備で忙しくなってきたので、貴志くんとゆっくり話をする時間もない。佐々木くんに教えてもらってなければ、いまだにバイトの女の子のことが気になっていただろう。
ありがとう、佐々木くん。彼女とうまくいくことを祈ってるよ!
***
文化祭当日は、秋晴れのすがすがしい天気だった。
茉莉花も手芸部の展示会で忙しそうだったけど、時間を合わせて一緒に校内を見てまわった。
合唱部のきれいな歌声に感動したり、ダンス部の切れのいいダンスに驚かされたり、美術部の抽象画に首をかしげたりした。
手芸部では、茉莉花の作ったまんまるな小鳥のあみぐるみを見て、あまりの可愛さに悲鳴を上げた。
「キャー、なにこれ、可愛い! ほんとに茉莉花が作ったの? すごいね!」
「えへへ、これはそんなに難しくないんだよ」
「いや、すごいよ! わたし、こんなの絶対作れないもん!」
「じゃあ、今度作ってあげようか?」
「いいの?」
「うん。何色がいい?」
茉莉花の小鳥はオレンジっぽい黄色でひよこみたいだった。
「じゃあ……水色でもいい?」
「いいよ。可愛いの作ったげる」
茉莉花はニヒッと笑った。
ひとしきり見てから図書室に戻ると、親子連れや小中学生の姿がちらほらあった。
「香坂さんもそろそろ準備してね」
隣のクラスの図書委員の子に声をかけられた。
「わかった。茉莉花は聞いてく?」
「もちろん。がんばってね!」
「うん」
〈読み聞かせ〉の順番は、小さい子ども向けの話から始めて、だんだん高学年向けに、最後は大人も楽しめるように構成してある。もちろん、あいだに席を立つのも自由だ。
『パンどろぼう』の話に小さい子がケラケラと笑い、『ふたごチャレンジ!』に小中学生たちが真剣な顔で聞き入っている。
いよいよ『よだかの星』の番がきた。
わたしが本文を朗読し、もうひとりの図書委員の子があらすじと解説を入れながら話を進めていく。
途中で飽きる子がいても仕方がないと思っていたが、誰も席を立たずに最後まで聞いてくれた。
「……それからしばらくたって よだかははっきりまなこをひらきました。そしてじぶんのからだがいま
すぐとなりは、カシオピア座でした。天の川の青じろいひかりが、すぐうしろになっていました。
そしてよだかの星は燃えつづけました。いつまでもいつまでも燃えつづけました。
今でもまだ燃えています。」
最後の一行を読み終えて顔を上げる。
あまりに静かなので不安になったが、徐々に拍手が沸き起こった。
――――――――――――――――――
「パンどろぼう」柴田ケイコ/作
「ふたごチャレンジ」七都にい/作
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