コンビニ協奏曲(金髪くんこと佐々木視点)

 美作さんの隣に住んでる葵ちゃんに「これからも何かあれば教えてね」と言われて、ついうなずいてしまった。あんな可愛い笑顔で頼まれたらしょうがないっしょ。


 どうやら彼女じゃないらしいけど、完全に両思いだよな、あのふたり。

 いいなあ。年の差はあるけど可愛いし、今から育てれば源氏物語の紫の上みたいに自分好みに……。


「佐々木さん、大丈夫ですか?」

「あ、ごめんね! すぐ終わらせるから」


 商品を棚に並べながらついボーっとしてしまった。

 話しかけてくれたのは、アルバイトの野上のがみ絵麻えまちゃん。先日、葵ちゃんに頼まれたのは、彼女と美作さんのことだ。


「ダメですよ。ぼんやりしちゃ」

 絵麻ちゃんがうふふと笑う。


 可愛いなあ。いつもニコニコと話しかけてくるから、俺に気があるんじゃないかって勘違いしたこともあったけど、この子は誰にでもそういう態度なんだよね。愛想がいいっていうか、人なつっこいっていうか。天然小悪魔ってやつ? 


 だから、美作さんに対しても特別な感情は持ってないと思うけど、仮にもスパイなので、レジに入ったとき絵麻ちゃんに探りを入れてみた。


「絵麻ちゃんて彼氏いるの?」

「えー、なんでそんなこと聞くんですかぁ」


 絵麻ちゃんは上目遣いで俺を見る。

 この子、自分の武器をわかってるなあ。


「いやあ、絵麻ちゃんて可愛いから気になっちゃって」

「ふふ、残念ながらいないんです」

「そうなんだ。じゃあ、好きな人とかは?」

「そんなこと言えませんよぉ」

 とモジモジする絵麻ちゃん。


(どういう反応だ?)


「じゃあさ、たとえば美作さんとかどう思う?」


 絵麻ちゃんが怪訝けげんな表情を浮かべた。

 ちょっと直球すぎたか?


「良い人だと思いますけど……あの、もしかして美作さんに頼まれたんですか?」


「違う違う! 絶対違うから誤解しないで!」


「そうですよね。良かったあ。美作さんって、小説家志望のフリーターなんでしょ?」


「よく知ってるね」


「店長から聞いたんです。わたし、付き合うなら経済的に安定した人じゃないと嫌なんですよ。だから、美作さんはないかなって」


「へえー」


 貧乏人は相手にしないってか。ずいぶんぶっちゃけるなあ。

 美作さんて、確か大きな会社の社長の息子だったはずだけど、それは聞いてないんだ。店長、この子の下心に気づいてたのかな。


「わたし的には、佐々木さんの方が気になります」

「なんで? 俺、ただの大学生だし、貯金もないよ」


 戸惑う俺の目をじっと見つめて彼女は言う。


「大事なのは将来性です。佐々木さんの通ってる大学って、有名企業への就職率がかなり高いですよね。しかも理学部だし。将来有望じゃないですかぁ」


 いつのまにかロックオンされてた!


「つまり、俺のことが好きってわけじゃないんだ」


「好きですよ。いくらわたしでも、好みじゃない人とは付き合えません」


「えー、ほんとかなあ……」


「わたしのこと、タイプじゃないですか?」


「いや。正直、すげえタイプ」


「じゃあ、付き合ってみませんか?」

 

 まじか! グイグイくるな、この子。

 俺を好きってのは怪しいが、上目遣いと揺れるおっぱいという最強コンボで迫られて断れる男がいるだろうか、いやいない!


「あざとい女は嫌いですか?」

「大好きっす!」


 俺は高らかに宣言した。


 ***


 数日後、俺と美作さんが一緒のシフトのときに葵ちゃんが店に現れた。


 外はまだ明るいから、今日は塾が休みなのかな。夏期講習で忙しいんだって、美作さんが寂しそうにしてたけど。


 葵ちゃんは、俺にこっそりと目で合図を送ってきた。


 ――ちょっと来て。

 ――え、今?

 ――その後どうなったのか教えて!


 不思議だ。ひと言も話してないのになぜか通じる。


「ちょっと商品の陳列を……」

 言葉をにごしながら、そそくさとレジを離れた。


「ちょっと、葵ちゃん! 美作さんがいないときにしてよ」

「しょうがないでしょ。なかなか来られないんだから」


 俺たちは棚の陰に隠れてヒソヒソと話をした。


「それで、あのあとバイトの女性とはどうなったの? 誘惑されなかった?」

「誘惑……」

「されたの!?」

「しーっ! されたのは美作さんじゃなくて、俺」

「え、嘘でしょ」

「失礼っすね。彼女は俺の将来性に惚れたんすよ」

「将来性!」 

 葵ちゃんはブハッと笑った。


「良かったね、佐々木くん!」

「まあ、これもスパイ活動のおかげかもしれないっすね」

「そうなの?」


 にやりと共犯者の笑みを浮かべる俺たちの後ろに、いつのまにか美作さんが立っていた。


「ずいぶん楽しそうだね。佐々木くん、レジお願いできるかな?」


(ひいっ、目が怖い)


「りょ、了解っす! じゃあね、葵ちゃん!」

「うん。またね、佐々木くん」


 俺は慌ててレジに戻りながら、彼女の名まえを呼んでしまったことに気づいた。

 おののきながら振り返ると、美作さんが葵ちゃんを問い詰めていた。

 

「いつのまに佐々木くんと仲良くなったの?」

「えっと、このまえ通りかかったときに、ちょっと頼んだことがあって」

「ふうん」

「貴志くん、なんか怒ってる?」

「いや、べつに。それより、もうすぐ上がりだから一緒に帰ろうか」

「ほんと?」

「うん、もうちょっと待ってて」

「わかった!」


 レジに戻ってきた美作さんの俺を見る目は冷たかった。

 葵ちゃん、頼むから早く誤解を解いてくれー!


 


 




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