新たな挑戦

 貴志くんがまた新しいコンテストに応募した。

 わたしでも聞いたことのある有名なコンテストで、大賞作品は書籍化とコミカライズを約束されている。

 わたしも再びhollyhockホリーホックとして作品をフォローし、応援を始めた。


 今度の小説も異世界ファンタジーだ。

 主人公は、千年前の大賢者の生まれ変わりの少年オスカー。彼が魔法学校に入学して、伯爵令嬢のクレアと恋をしたり、魔王や勇者の生まれ変わりの少年たちと友情を育んでいく物語。


 話が進むにつれ、レビューの星とフォロワー数がどんどん増えていく。


 ――オスカーとクレアの両片思いにキュンキュンする。

 ――面白くて一気読みした。これぞ青春!

 ――古代魔法が使えるオスカーが、新しい魔法にキャッキャと喜ぶところが好き。


 といったレビューや感想が寄せられている。


(これ、もしかしたらいけるんじゃない!?)


 わたしはひそかに期待し始めた。


 物語が完結してから2か月後、中間選考を突破した作品が発表された。

 応募総数は3650作品、最終選考に残ったのはそのうち32作品だけ。


 貴志くんの、いや麦野案山子の小説『前世大賢者だった俺は、魔法学校で青春します』は、その中にいた。


「やったね、貴志くん! 凄いよ! おめでとう!」


「ありがとう。今回もhollyhockさんがたくさん応援してくれたから頑張れたよ」


「えへへ。とっても面白かったから、絶対残ると思ってたんだぁ。最終選考の結果発表は11月だっけ?」


「うん。発表までは何も考えずにのんびり過ごすよ」



 ***



 中学2年の夏休み前。

 第一志望の高校を決めたわたしは、進学塾の夏期講習に通うことになった。


「べつに無理して行かなくてもいいけど」


 塾の見学に行った帰り道、わたしはお母さんに言った。

 まさか塾代があんなに高いと思わなかったのだ。


「やあねえ。気を使わなくていいのよ。こういうときのために稼いでるんだから。それに、お父さんからも養育費追加してもらうから大丈夫! 余計なこと考えずに、勉強頑張りなさい」

「ん……わかった」


 せっかく高いお金を出してもらうんだから、落ちるわけにはいかない。

 わたしの夏休みは受験勉強一色になった。


 必然的に、貴志くんともすれ違うことが多くなる。

 遅い時間は危ないからと貴志くんに止められているので、塾の帰りにコンビニに寄ることもできない。


(自転車だから大丈夫なのに、心配性なんだから)


 貴志くん頭が固いから、受験が終わるまでデートとか無理だろうなあ。

 あー、もうっ! 早く受験なんて終わらせて遊びたーい!


 同じ塾に茉莉花がいるのが、せめてもの救いだ。授業の合間にちょっと話すだけでも息抜きになる。


 自転車を走らせていると、貴志くんの働いているコンビニが見えてきた。

 暗闇に煌々と光るコンビニの明かりは、まるでオアシスのようだ。


 あそこに貴志くんがいると思うだけで元気が湧いてくる――なんて思ってたのに、レジに立っている貴志くんのそばに若い女の人が!


 わたしは急ブレーキをかけて自転車から降り、コソコソと店に近づいていった。

 貴志くんに見つからないよう、店内を覗き込む。

 やけに二人の距離が近いと思ったら、どうやらレジの仕事を教えているらしい。

 

(今まで熟年のパートさんしかいなかったから安心してたのに……)


 わたしは冷静に彼女を観察した。

 大学生くらいかな。

 ゆるふわのポニーテールにナチュラルメイクの可愛い感じの女のひとだ。しかもおっぱいが大きい!

 二人が仲良さそうに話しているのを見ると胸がモヤモヤする。


「なにしてんすか、こんなとこで」

「ひっ」


 いきなり声を掛けられ、びっくりして振り向くと、チャラそうな格好をした見覚えのある男が。


「金髪くん!」

「へっ?」

「金髪くん、あのひと誰?」


 わたしが店内を指さすと、金髪くんが教えてくれた。


「ああ、最近入ったバイトの子っす」


「ずいぶん貴志くんに懐いてるね」


「あの子、誰にでもあんな感じなんすよ。人なつっこいっていうか」


「へえ、そうなんだ……」

 

「あ、いや、美作さんなら大丈夫っすよ! 浮気するような人じゃないっしょ」


「う、浮気って、べつにわたしたちそういう関係じゃ――」


「ヤキモチ焼きなんすねー。まあ、美作さんもだけど」


「え?」


「あんたのこと『可愛い』って言っただけで、すっごい目で睨まれて怒られたんすよ」


「貴志くんが? ほんとに?」

 金髪くんがコクコクとうなずく。

「普段は穏やかだから、余計にびっくりしたっす」


(だから、夜に来ちゃダメって言ったのかな)


 思わずニヤニヤしていると、「金髪くんじゃなくて、佐々木くんって呼んで欲しいっす」と言われた。


「いいよ。佐々木くん、教えてくれてありがとう」


「俺も葵ちゃんて呼んでいいっすか? あ、でも美作さんに怒られちゃうかな」


「名まえ呼びは怒るかもね」


「えー」


「じゃあ、そろそろ帰るけど、わたしが来たことは貴志くんには内緒にしてね。遅い時間に来ちゃダメだって言われてるから。それと、これからも何かあれば教えてね」


 にっこりと笑いかけると、佐々木くんが嬉しそうにうなずく。

 頼りにしてるからね、佐々木くん!

 












 

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