文化祭 2
子ども連れのお母さんが、帰り際にわたしに声をかけてくれた。
「『よだかの星』すごく良かったわ! 最後は感動して涙が出ちゃった。素敵なお話を聴かせてくれてありがとう」
「いえ、そんな。こちらこそ、ありがとうございました!」
お母さんと子どもに手を振って別れると、会話が聞こえていたのか、茉莉花がやってきて興奮した声で言った。
「ほらっ、みんな感動してたでしょ!? やっぱり葵の朗読はいいんだよ!」
「……あんな風に言ってもらえると思わなかった」
「なに言ってんの。最高だったよ!」
ふたりで喋っていると、母がニコニコしながら近づいてきた。
「お疲れさま。頑張ったね」
「お母さん、いつ来たの? 全然気がつかなかった」
「始まる直前だったから隅の方で見てたの。貴志くんも一緒に来てるのよ」
「ええっ、なんで!?」
「ひとりで行くのもつまんないから誘ってみたら、夜まであいてるって言うから。ほら、あそこにいるわよ」
見ると、貴志くんがひとりで廊下に佇んでいた。
ダッシュで廊下に飛び出すと、わたしを見て嬉しそうに笑う。
「お疲れさま」
「来てると思わなかったからびっくりした」
「お母さんが誘ってくれたんだけど……もしかして、来ちゃダメだった?」
貴志くんが不安そうに言う。
「ううん。恥ずかしいけど、嬉しかった。来てくれてありがとう」
「朗読、聴けて良かったよ。物語の世界観がすごく表現されてたと思う。葵ちゃんがこんな素敵な声をしてるなんて、なんで今まで気がつかなかったんだろうな」
(ひゃあ、べた褒めだあ!)
なんて返そうか考えていると、茉莉花が乱入してきた。
「こんにちは! いつも葵からお話は聞いてるんですけど、お会いするのは初めてですね。葵の親友の青井茉莉花です!」
「あ、どうも……」
「たぶん、中学生になってから少し声が低くなったんですよ! 男子と一緒で、女子も声変わりするんですって」
「へえ、そうなんだ」
「今までは子どもの声だったから、気づかなかったんでしょうね。葵の声、響きとか声質とか、すごく良いんですよ」
「うん。僕もそう思った」
「やめてよ、ふたりとも。恥ずかしいから」
「ふふ。あたし、そろそろ手芸部に戻るね。ごゆっくり~」
茉莉花がへらへらしながら去っていく。
「わたしもこれから仕事だから、貴志くんを案内してあげて」
そう言って母もいなくなり、貴志くんとふたりきりになった。
「葵ちゃん、忙しいよね? 無理しなくても――」
「ぜんっぜん大丈夫!! 学校なんてなかなか来られないから、学園物の小説書くときの参考になるかもよ」
「それもそうだね……じゃあ、案内してもらおうかな」
やったぁあああ!
同級生なら良かったとか部活の先輩だったらとか先生だったらとか、数え切れないほど妄想はしたけど、まさか一緒に校内を歩ける日が来るなんてぇ!
貴志くんが建物の構図が知りたいというので、教室の中には入らず、ひたすら校内を歩いた。
音楽室、理科室、美術室、家庭科教室。
いつもの学校、いつもの教室、いつもの廊下。
なのに、貴志くんがいるだけで別世界のように感じる。
学校ってこんなにキラキラしてたっけ?
足元がフワフワして宙に浮かんでるみたい。
(落ち着け、わたし。夢のシチュエーションだからって興奮するんじゃない!)
貴志くんを見ると、興味深そうにドアのガラス越しに中をのぞき込んでいる。
「懐かしいなあ」
「スマホで撮っておいたら? 資料代わりに」
「え、いいのかな。怒られない?」
「平気でしょ、悪用するわけじゃないんだし。ほら、誰も見てないから」
わたしが強く言うと、貴志くんはスマホでカシャカシャと写真を撮り始めた。
よしよし、役に立ってるぞ。
これを参考に、また面白い小説が書けるといいな。
なあんて考えていると、ふいに近くでシャッター音が鳴った。
「もしかして、今、わたしのこと撮った?」
「……撮ってないよ」
「うそ! 撮ったでしょ!」
「うん……」
「やだ。絶対変な顔してたから削除して」
「そんなことないよ。可愛かったから撮ったんだもん」
「なっ、そんなこと言ってもダメ!」
「えー、せっかく撮ったのに……」
くっ。そんな叱られた子犬みたいな顔を!
「わかった。じゃあ消さなくていいから一緒に撮ろうよ」
貴志くんの返事を待たずに、ポケットに隠し持っていたスマホを取り出す。
「画面に入らないから、ちょっとかがんで」
「あ、うん。これくらいでいい?」
「もうちょっと」
カメラを自撮りにして構え、ここぞとばかりに顔を近づける。
カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ。
「今、連写……」
「今度はあっちに行ってみよう!」
やった! ふたりの写真ゲット!
文化祭、さいこ―――っ!!
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