コンビニの仕事(貴志視点)

 僕とみなとは両親に話をした。僕が小説家になりたいこと、湊が会社を継ぎたいと思ってること。

 意外なことに母は僕らの味方をしてくれたが、父の説得は難航した。 


 そんなとき繁じいちゃんの美術館でジオラマの電車を走らせるのは、いい気分転換になった。のどかな風景を走る電車を見てると、どこか遠くへ行きたくなる。


「いっそ家出でもしようかな」 


 そんな投げやりな言葉にも、じいちゃんはちゃんと答えてくれる。


「いまどきは物書ものかきだって中卒はいないだろう。昔は結構いたけどなあ」

「知ってる……」


 しばしの沈黙の後、じいちゃんから思いがけない提案をされた。


「少し古いが、面倒見のいい大家がいるアパートがある。落ち着くまで家賃は出してやるから、卒業後はそこで暮らしてみたらどうだ?」

「えっ、いいの?」

「ああ。だが、高校はちゃんと卒業するんだぞ。わかったな?」

「うん。わかった!」

「よしっ」


 繁じいちゃんは、骨ばった手で僕の頭をガシガシと撫でた。


 ***


 スミレ荘に入居した経緯はそんなところだ。

 バイト先のコンビニは大家さんが紹介してくれた。


「ちょうど良かったよ。人手が足りないから誰か紹介してくれって頼まれてたんだ。繁さんから聞いたよ。小説家目指してるんだって? いいねえ、若い人は。俺も応援するよ」

 ガッハッハと豪快に笑う大家さんに、僕は引きつった笑顔を見せた。


(勘弁してくれよ、じいちゃん……)



 今までバイトをしたことがなかったので、最初は戸惑うことばかりだった。

 そもそも、コンビニの仕事がこんなに大変だとは思わなかった。

 

 接客、レジ、清掃、商品の陳列、発注、簡単な調理、代行業務の受付など、これほどまでに様々な業務を経験できる職場は他にないんじゃないかな。


 店長の熊谷くまがいさんは小太りの優しそうな人で、時給の高い夕方から深夜のシフトを希望すると、ちょうど人手が足りない時間帯だと喜んでくれた。


 *


 最近は大学生の佐々木くんと一緒のシフトになることが多い。

 佐々木君は金髪でちょっと言葉使いが悪い、いわゆるヤンキーっぽい感じの子だ。といっても、僕とそんなに年は変わらないのだが。


「ちょっと、美作さん」

 レジに立っていると、佐々木くんがコソコソと話しかけてきた。

「なに?」

「また来てるっすよ、あの子」


 佐々木くんの視線の先を見ると、雑誌コーナーに葵ちゃんがいた。


「わざわざバイト先にまで会いに来るなんて、いじらしいというか、けなげというか。可愛いっすねえ」


「今――なんて言った?」


「え、可愛いって……ど、どうしたんっすか。なんか怖いっす」


「ああ、失礼。きみがおかしなこと言うもんだから。言っとくけど、葵ちゃんはまだ中学生なんだからね」

 自然と声が低くなる。

「淫行条例で捕まりたくなければ、変な目で見たりするなよ」


「見てません、見てません!」

 佐々木くんはブンブンと首を横に振る。

「そう? ならいいけど」


 まったく、油断もすきも無い。あんまりこの時間帯に来ないでって言おうかな。


 葵ちゃんは中学生になってからどんどん可愛くなってきた。今も、近くにいる男性客がチラチラと葵ちゃんを盗み見ているのがわかる。


 買い物ついでに来てくれるのは嬉しいが、ここは危険すぎる。飢えた狼たちがいる檻の中にウサギがまぎれ込んだようなものだ。

 

 このあいだだって、スミレ荘の前で葵ちゃんが同じ制服を着た男子と一緒にいるのを見て、すごく嫌な気分になった。


 すれ違うとき、彼は鋭い目つきで僕を見た。

 たぶん、葵ちゃんのことが好きなんだと思う。


 まだ中学生だというのに、僕と同じくらいの背丈でガタイも良かった。空手をやってるなら、これからもっと逞しくなるだろう。

 そんなことを考えて卑屈になった僕は、すごく情けないことを口走ってしまった。


 あのときのことを思い出すと恥ずかしくてたまらない。

 おまけに「ヤキモチ焼いちゃった」なんて気持ち悪いことを!

 

「あの、美作さん。レジ並んでますけど……」

「おっと、いけない。こちらのレジどうぞー!」


 我に返って大声を出すと、視界の端で葵ちゃんが笑っていた。


 


 

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