祖父と弟(貴志視点)

 初めてのネット小説コンテストに落ちたのは残念だったが、思ったほどショックじゃなかった。

 負け惜しみではなく、受賞作品を読んでみたが、どれも冒頭から引き込まれて一気に読ませるような力のある作品ばかりだった。


 こういう話が読者の心をつかむんだな。僕はまだまだ力不足だったなと素直に反省できた。

 しばらくは執筆活動も休もうと、今はコンビニのアルバイトに精を出している。


 ***


 未成年の僕が、なんの問題もなくスミレ荘に入居できたのは、不動産会社を経営している母方の祖父のおかげだ。


 しげるじいちゃんはちょっと変わり者で、自宅の離れに自分の描いた絵などを飾り、誰でも自由に観られるようにしている。

 日本画や洋画の他に、よくわからないオブジェや鉄道のジオラマまである小さな美術館は、小さい頃から僕のお気に入りの場所だ。


 僕が小説家になりたいと打ち明けたときも、じいちゃんは嬉しそうに聞いてくれた。


「ほお、貴志は物書ものかきになりたいのか。ひょっとしたら、わしに似たのかもしれんなあ」

 

「お父さんは長男だからって僕に会社を継がせたがってるけど、僕は会社経営なんて興味ないし、みなとの方がよっぽど向いてると思うんだ」


「ふむ。なら、わしの方から湊の気持ちを聞いてみるか。あの子にだって、何かやりたいことがあるかもしれんしなあ」


「そっか、そうだよね。僕、自分のことばっかりで、湊の気持ちを全然考えてなかった」


「そんな顔をするな。せっかくやりたいことが見つかったんだ。あとは、わしに任せておけ」


「うん。ありがとう、じいちゃん」


 ***


 それから数日後、湊が僕の部屋に顔を出した。

「ちょっといい?」

「うん、いいよ」


 弟の湊は二歳年下で、僕よりも偏差値の高い高校に通っている。そのせいかわからないが、最近はそっけない態度を取られていたので、こうして話をするのも久しぶりだった。


 湊は落ち着かない様子で部屋の中を見回している。

「ずいぶん本が増えたね」

「ああ、古本屋で安いのがあると買ってるから」


 ぎこちない空気が漂う。

 湊は本棚から引き抜いた本をパラパラとめくりながら、

「じいちゃんから聞いたんだけど……兄ちゃん、会社を継ぎたくないんだって?」

「そうだよ。他にやりたいことがあるからな」

「ふうん……」 

「おまえはどうなんだ? 正直に言ってみろ」


 湊は手にしていた本をパタンと閉じた。

「僕は、前から父さんの会社の事業に興味があったし、もし後を継げるなら挑戦してみたいこともたくさんある」


「なんだ、そうだったのか!」


「父さんは兄ちゃんを後継者に決めてたから、今まで言ったことなかったけど」

 湊は少し照れ臭そうな顔をした。


「それを聞いて安心した。おまえに無理やり押しつけるわけにはいかないからな」


「じゃあ、ほんとにいいんだね? あとで後悔しても知らないよ」


「大丈夫。絶対、後悔なんかしない。もともと会社経営なんて興味ないし、僕にとっては社長の椅子に納まるより、夢を叶える方が大事なんだ」


「わかった。だったら僕も覚悟を決めるよ。それにしても、地位やお金より夢の方が大事だなんて、いまどきそんなこと言うやついるんだね」


 湊のバカにしたような言い方にカチンときた。


「生意気なこと言ってないで、ちょっとは感謝しろよな」


「はあ? 兄ちゃんの方が感謝してよね。代わりに継いであげるんだから」


「あげるってなんだよ。おまえだって継ぎたかったんだろ!」


 今までのうっぷんを晴らすように、お互い思っていることをギャアギャアと言い合った。

 久しぶりの口喧嘩は、なんだか子どもの頃に戻ったみたいで、ちょっぴり楽しかった。

 

 

 

 

 

 

 






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