結果発表

 コンテストの中間選考の結果が出る日。


 わたしが学校から帰ると、貴志くんが庭のベンチに座っていた。外はもう薄暗く、外灯の下でうつむいている貴志くんの表情は見えない。


(結果、どうだったのかな。わざわざ外で待ってたんだから、きっと悪い知らせじゃないよね?)


 でも、もし落ちてたら――


 いつか見た、死んだ魚のような目をした貴志くんを思い出し、血の気が引いていくのがわかった。

 どど、どうしよう。なんて言って慰めればいいの。


 ――残念だったね。

 ――次があるよ!

 ――また頑張ればいいじゃん。


 駄目だ。ありきたりの言葉しか浮かばない。

 なんで落ちたときのケアを考えてなかったんだろう。わたしとしたことが、迂闊うかつにも程がある!


 頭がぐちゃぐちゃになっていたので、貴志くんがすぐそばに来ていたことにも気づかなかった。


「葵ちゃん」

 優しい声が聞こえた。

「心配しなくても、中間選考通ったよ」

「……ほんとに?」 

「うん」

「ああ、良かったぁ! 暗いところでうつむいてるから、落ちたのかと思った」 

「ごめんね。葵ちゃんに知らせようと思って待ってたんだけど、なんか気が抜けちゃって」

「そうだ、ちょっと待ってて!」


 いったん家に帰ってスマホを取ってきた。


「やっぱり自分の目で見ないとね!」 

 貴志くんの隣に座り、小説の投稿サイトを開く。


「えーっと、中間選考結果発表は……あった!『勇者であることをひた隠して、田舎でスローライフ』麦野案山子! 凄いね、貴志くん。おめでとう!」 


「うん、ありがとう」


「他にはどんなのが残ってるのかな……あ、これ読んだことある。貴志くん知ってる?」 


「ん? どれ?」


 貴志くんは画面をのぞき込んだのに何も言わない。

 どうしたのかなと思って顔を上げると、貴志くんの目は画面の隅に釘づけだった。


(しまった!)


 画面の右上に〈hollyhock〉というIDが小さく表示されていた。


「……このID、見覚えがあるんだけど」


「あ、アハハハ。これね? これ、ホリーホックって読むんだ。タチアオイって意味なんだけど、気がつかなかった?」


「気がつかないよ! ホリーホックでタチアオイって! はあ……まさか葵ちゃんだったとは」

 貴志くんは両手で顔を覆った。


「ごめんなさい、約束破っちゃって。怒った?」


「……ううん、怒ってない。びっくりしたけど、葵ちゃんがホリーホックさんだってわかって嬉しかった」


 貴志くんは姿勢を正して、わたしに向き合った。


「えー、ホリーホックさん!」

「は、はい!」

 わたしもつられて姿勢を正す。


「ホリーホックさんがくれるコメントに毎回励まされ、元気づけられました。最後まで応援してくれて、どうもありがとう」


「ううん。わたしこそ、毎日、麦野案山子さんの小説を読めて楽しかったです。素敵な話を書いてくれてありがとう。最終選考も通ることを祈っています」

 

 優しい空気がわたしたちのあいだに流れた。

 思わぬところでばれてしまったけど、貴志くんは今後もホリーホックとして応援することを許してくれた。


「僕にとってホリーホックさんは大切なフォロワーなんだから、いなくなられたら困っちゃうよ。今まで通り、葵ちゃんは知らん顔しててくれればいいや」


「わかった。でも、たまには直接感想を言ってもいい?」

「うん、いいよ」

「やったー!」


 ***


 それから数か月後、最終選考の結果が出た。


 残念ながら、貴志くんの小説は受賞できなかったけど、

「しょうがない。しばらくはバイトで稼ぎながら、次の長編の構想でも練るよ。ありがたいことに、コンテストは他にもたくさんあるからね」

 と、どこかすがすがしそうだった。



 




  


  



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