貴志くんと重松くん
「香坂さん!」
「あれ? どうしたの、重松くん」
息を切らして重松くんが追いかけてきた。
「送ってくよ」
「えっ、大丈夫だよ。うち、近いし」
「いや、あの、どうせ本屋にでも寄ろうと思ってたから」
「そう? じゃあ、送ってもらおうかな」
並んで歩き始めると、自然と歩く速度を合わせてくれる。重松くんのこういうところ、いいなあと思う。
「やっぱり男子が一緒だと心強いね。前にこの辺で変質者が出たでしょ? あれ以来、防犯ブザー2個も持たされてるんだ」
「それ、いざというとき鳴らせる自信ある?」
重松くんは、わたしのスクールバッグについている防犯ブザーに目をやる。
「どうかなあ」
「とっさに引っ張るのは難しいかもな」
「やっぱり、護身術とか習った方がいいのかな」
「俺が教えてやろうか?」
「重松くんが?」
「俺、ちっちゃい頃から空手習ってんだけど、そこで護身術も教えてるから」
「へえ。だから体格がいいんだね。じゃあ、今度教えてもらおうかな」
「いつでもいいぞ。だけど、大声出して逃げられるなら、その方がいいからな」
「えー、自信ないなあ。たぶん、怖くて固まっちゃうと思う」
「……俺がそばにいれば、いつでも守ってやれるけど」
「強そうだもんね!」
「……ああ、うん」
重松くんは、なぜかシュンとしてしまった。
***
話をしているうちに、スミレ荘の門の前に着いた。
「うち、ここなの。送ってくれてありがとう」
「いや、俺で良かったらいつでも――」
「あ、貴志くん!」
道の反対側から貴志くんが歩いてくる。
バイトの帰りかな。
「おかえりなさーい」
「ただいま」
「じゃあ、またね。重松くん」
「あ、うん……じゃあな」
貴志くんと重松くんは、すれ違いざま軽く会釈をした。
門を開けると、金木犀の甘い香りが漂ってくる。
「毎年、この香りがすると、秋が来たなあって思う」
「そうだね。……さっきの子、同級生? ずいぶん大きいね」
「重松くん? うん。クラスで一番背が高いんじゃないかな」
「中学生にしてはガタイもいいよね」
「空手習ってるんだって」
「へえ……」
「そういえば、今度、護身術教えてもらうことになったの」
「そうなんだ。良かったね」
「うん。前に変質者が出たし、防犯ブザーじゃ、いざというとき不安だから」
「護身術ならきっと役に立つよ。凄いね、空手なんて……僕は弱いから、あんまり役に立てないなあ」
「え、なんでそんなこと言うの?」
「いや、べつに……」
「貴志くんは弱くなんかないよ。あのとき、自分だって怖かったくせに、勇気を振り絞って助けてくれたじゃない。なのに……今度そんなこと言ったら怒るからね!」
「うっ、わかった。ごめん、情けないこと言って。ちょっと、ヤキモチ焼いちゃった」
は?
ヤキモチ焼いちゃったの? 重松くんに?
えー、なにそれ、カワイイ!
「じゃ、じゃあね」
貴志くんはキュン死にしそうなわたしを置き去りにして、そそくさと部屋に帰っていった。
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