神社でお参り

 貴志くんは小説を書きながらコンビニで働いている。早く小説家として稼げるようになればいいけど、そう簡単にはいかないだろうな。


 ネットの投稿を見ても、フォロワーが5千人くらいいるのに書籍化されてない作品がたくさんある。そういう人たちもコンテストに応募してるんだから、中間選考すら通るのは難しいはず。


(でも、あんなに面白いんだから、きっと大丈夫だよね)


 そう思いながらも、わたしはこっそり神社にお参りに来た。


 スミレ荘から自転車で10分くらいのところにある「日江ひえ神社」は、仕事運や出世運にご利益があるとされている。縁結びや恋愛成就にもいいみたいだけど、今回は貴志くんのことに集中しよう。


 日江神社の神様は大山咋神おおやまくいのかみ。鎌倉時代からある由緒正しい神社だ。

 そういえば、ここって結婚式も挙げられるんだよね……おっと、ダメダメ。今は邪念を捨てなければ。


 二礼二拍手一礼して、神様にお願いする。


 どうか貴志くんの小説『勇者であることをひた隠して、田舎でスローライフ』をコンテストで入賞させてください。大賞とまではいかなくても、なんか小さな賞でもいいので、よろしくお願いします!


(そうだ、神様にお願いするときはなるべく具体的に言った方がいいんだっけ)


 美作みまさか貴志くんはスミレ荘の住人で、うちの隣に住んでいます。長いあいだ小説を書いている努力家で、最近ネット小説のコンテストに応募しました。なかなか面白くて評判もいいのですが、なにしろ応募総数が凄いので、最終選考まで残るのも大変だと思うんです。

 だから、どうか神様、貴志くんに幸運を授けてください。よろしくお願いします!


(これくらい祈れば大丈夫かな)


 頭を上げて、ふと後ろを見ると、お参りの列の途中に貴志くんを見つけた。

 びっくりしているわたしを見て、貴志くんが小さく手を振った。


 ***


「なんでここにいるの!?」

「ちょっとお願いがあって。ていうか、ここに来る人ってみんなそうだよね」

「あ、そっか」

「ちょっと待ってて。僕もお参りしてくるから」 


(きっと貴志くんも同じ願いごとをしにきたんだよね。そうだ、今のうちにお守り買っておこう)


 社務所で仕事運の上がるお守りを買ってから貴志くんを探すと、ちょうどお参りが終わったところだった。


「お待たせ。お守り買ったの?」

「うん」

「……もしかして、縁結びの?」

「えっ、違うよ」


 わたしは慌ててお守りを差し出した。


「これ、貴志くんにあげようと思って。仕事運アップのお守りなの」


「え、僕に? ありがとう、嬉しい。……ごめんね、変なこと言っちゃって。ここ、縁結びでも有名らしいから、もしかしたら好きな男の子でもいるのかと思って」


 貴志くんがねたように目をそらした。


(ええっ、気にしてくれてるの? やだ、ほんとに?) 


 わたしは嬉しさで舞い上がった。


 あ、でもなんて答えればいいのかな。

 好きなひとがいないって言ったら、貴志くんのことも好きじゃないってことになる。でも、いるって言ったら、他の人だと思われる気がする。

 貴志くん、自己評価が低いから、絶対自分のことだなんて思わないだろうし。うーん、困ったなあ。


 考え込んでいるわたしを見て、貴志くんが言った。


「ごめん。やっぱり答えなくていい。年頃の女の子にこんなこと聞いちゃダメだよね。よかったら、そこの甘味屋さんに寄ってかない? 色々と助けてもらったからお礼におごるよ」

「いいの?」

「もちろん」

「わたし、いっぱい食べちゃうかもよ」

「大丈夫。たまに贅沢ぜいたくするくらいは稼いでるから」


 やったあ! 初デートだー!

 おみくじは引かなかったけど、今日は大吉に違いない。


 貴志くんと並んで境内を歩いていると、なんだかいつもと違うことに気づいた。


「どうしたの? 変な顔して」


「なんか、いつもと違う気がして……」


「あ、葵ちゃん背が伸びたんじゃない? ほら、顔が近くなってる」


「ほんとだ! 気がつかなかった」


「成長期だもんね。僕より高くなったりして」


「え、それはやだな。15センチくらいがちょうどいいっていうし」


「なにが?」


「ううん、なんでもない! 大したことじゃないから。それより、早く甘味屋さんに行こうよ。なに食べよっかなあ」


 わたしは貴志くんの腕をグイグイと引っ張った。

 15センチが、キスするのにちょうどいい身長差だなんて、絶対言えない!






 

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