重松くんと茉莉花

 図書委員の主な仕事は、図書室の整理整とん、本の貸し出しと返却の手続きなど。

 だけど、他にも色々とやることがあるから結構忙しい。

 うちのクラスからはもうひとり、重松しげまつ小太郎こたろうという男子が図書委員になった。


 重松くんは背が高くて体格もいいので、正直、最初はちょっと怖かった。

 でも、本の扱いは丁寧だし、誰にでも明るく話しかけているのを見て、意外と気を遣うタイプなのかなと思った。


「重松くんは、どうして図書委員になったの?」

 受付のカウンターで、二人きりになったときに訊いてみた。

 

「な、なんでそんなこと訊くんだよ!」

 重松くんは妙にうろたえている。

「しーっ、声が大きいよ」

 わたしは口の前に人差し指を立てた。


「あ、ごめん」

「本を読むのが好きなの?」

「いや、そういうわけじゃないけど……」

 重松くんは、なぜか顔を赤くして口ごもる。


 ……あっ! もしかして、エッチな本が読みたかったとか?


 お母さんが言ってた。中学生の男子なんて、辞書の単語にすら興奮する生き物だから気をつけなさいって。


「ご、ごめんね。変なこと訊いちゃって。言えないこともあるよね。そういう年頃なんだし」


「なんか誤解してない? ま、いいけど……まだ早いもんな」


「え? なにが?」


「なんでもない。香坂こうさかさんは読書が好きだから図書委員になったの?」


「それもあるけど……実は、うちの隣に住んでる小説家志望のひとが、夏目漱石とか太宰治とかが好きだから、わたしも読んでみたかったの。だけど、本代もばかにならないでしょ? ここならタダで読めるし、図書の先生にも色々聞けるから一石二鳥かなって」


「ふうん。小説家志望のひとって、もしかして男?」

「うん」

「何歳くらい?」

「わたしより9歳年上だから、今、22歳」


 おじさんじゃんと言われて、わたしはムッとする。

 

「貴志くんはおじさんじゃないよ。童顔だから高校生くらいにしか見えないし」

「……もしかして、香坂さん、そのひとのことが好きなの?」

「ち、違うよ。昔、危ないところを助けてくれたの。それからずっと仲良くしてもらってるだけ」

「ほんとにそれだけ?」

「そうだって言ってるでしょ! ほら、先生が来たから静かにして」


 ***


 中学で同じクラスになった青井あおい茉莉花まりかとは、先生に「あおいさん」と呼ばれて、ふたりで「はい!」と返事をしてから仲良くなった。


 青井あおい茉莉花と香坂あおい。苗字と名まえの違いはあるけど、妙な親近感が湧いた。


「嫌なの、この苗字。なんか名まえみたいなんだもん」

 と茉莉花が言う。

「まあ、確かに間違えられそうだよね」


「あたしも名まえが葵なら良かったのに」


「でも、茉莉花って響き可愛いから、彼氏に呼んでもらうなら茉莉花の方がいいんじゃない?」


「マリカ……アオイ……。そう言われると茉莉花の方がいいかなあ。まあ、まだ彼ぴもいないけどねー。そういえば、最近貴志くんの話聞かないけど、なんかないの?」


 茉莉花は恋バナが大好きなので、いつも貴志くんの話を聞いてくれる。


「貴志くん、今忙しいんだよ。出版社のコンテストがあるから、毎日、話を投稿しなきゃいけないんだって」


「うへぇ、毎日!? 遊ぶひまもないじゃない」


「そうなの。だけど、その方がたくさんの人に読んでもらえるからって頑張ってる」


「じゃあ、葵もさみしいでしょ」


「そうでもないよ。毎日コメント書いてお返事もらってるから」


「え? 全部の話にコメント書いてるの!?」


「うん。貴志くんはコメントもらうと喜ぶから」


 だから結構充実してるんだって言うと、「お似合いだわ」と呆れられた。


 いいんだもん。

 貴志くんにとって、応援コメントはラブレターより嬉しいはずだから。


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