ネット小説

「ネット小説を書いてみようと思うんだ」 

 

 いつものように庭のベンチでお喋りしていると、貴志くんが照れ臭そうに言った。


「それで、葵ちゃんに相談なんだけど、どのサイトに投稿したらいいと思う?」

「今、たくさんあるもんねえ」


 わたしは貴志くんが開いているノートパソコンをのぞき込んだ。


「ここ、有名だよね。ネットで無料マンガ読んでると、ここが原作ってよくあるもん」


「へえ、じゃあここがいいかな? ちょっと怖いけど、読んだ人の感想とか意見とか聞いてみたいんだよね」


「あ、だったらこっちの方がいいかも。有名な出版社が運営してるサイトだから、コンテストもよくやってるし」


「葵ちゃん、よく知ってるね」


 貴志くんの感心したような口ぶりにギクッとした。


「まあね。いまどきの女子中学生ならこれくらい知ってるわよ」


 これは真っ赤なうそ。いつかはこういう日が来るんじゃないかと思って、前から調べてたんだ。

 どこが読者数が多いか、コンテストは年に何回くらいあるか、どれくらい書籍化されてるのか。

 だけど、そういうのって、なんか重い感じがするから言わない。


「それに、このサイトは読み合いを推奨してるから、評価や感想がきやすいの。たとえば……ほら、ここにハートがあるでしょ。ここを押すとコメントが書き込めるようになってるし、こっちにある星を押すと3段階で小説の評価が出来るの」


「へえ、サイトによって違うんだねぇ」


 貴志くんは感心したようにうなずく。


「他にも色々あるからよく考えてみて」

「うん、ありがとう」


 貴志くんは子どものような笑顔を浮かべた。

 いつもボサボサの髪だからわかりにくいけど、貴志くんはわりと整った顔をしているので、笑うとなかなかの破壊力だ。


 あんまりモテても困るから、お母さんが髪を切るとき「前髪を少しだけ長くして」って頼んでるんだけど、貴志くんはまったく気づいてない。たぶんどうでもいいんだろうな。


 チャラチャラしてるよりずっといいけど、鈍すぎるのも問題だ。

 いつになったらわたしの気持ちに気づいてくれるんだろう。

 


 ***


 投稿小説サイトに登録した貴志くんは、本格的に活動しはじめた。


「どんな小説を書くの?」


「とりあえず、短編をいくつか書いてみて、慣れてきたらコンテストに応募しようと思ってる」


「このサイトは読むより書く人の方が多いらしいから、感想が欲しかったら、まずは自分から読みに行って、感想や評価を残さないとダメだからね」


「わかった」


「週間ランキングが上位になれば、読み専の人たちが読んでくれるようになるから」


「読み専?」


「うん。小説は書かないけど読む人たちのこと。とにかく、地道な活動が大切だから頑張ってね! わたしも応援するから」


「うん。色々教えてくれてありがとう。だけど、応援は遠慮しておくよ」


「どうして?」


「知らない人たちが読んでどう思うのか、本当の評価が知りたいんだ。ごめんね」


(そんなぁ。推し活を推しに止められたようなもんじゃない! だけど、せっかくの貴志くんの決意をむげにするのもなあ)

 

 わたしはしばらく考えてから貴志くんに言った。


「わかった。でも、こっそり読むのはいいよね?」


「もちろん! 葵ちゃんくらいの年齢の子も楽しめるようなものを書くつもりなんだ」


「ならいいや。読んでくれる人が少なかったり、評価が悪かったりしても、あまり落ち込まないでね」


「はは、大丈夫だよ。そりゃあ、ちょっとは落ち込むかもしれないけど、今までみたいに誰にも読まれずにひとりで落ち込むよりはマシだろうしね」


(すごい。貴志くんがこんな前向きの発言をするなんて、いったいどうしたんだろう)


 わたしはこのとき、自分の「面白かった」「ネットで書いてみたら」などという意見が、貴志くんをここまで前向きにさせたことに気づいてなかった。


 貴志くんは麦野むぎの案山子かかしというペンネームで登録した。特に意味はないみたい。

 宣言通り、いくつかの短編を公開しながら様子を見ているようだ。


 最初は少し硬めの文芸作品だったので、予想通りあまり読まれなかった。それでも、ポツポツと感想をもらえたのがうれしかったみたいで、貴志くんは張り切って投稿を続けていた。


「今まで書いたことのないジャンルにも挑戦してみようと思う」


 そう宣言して、なんと学園物のラブコメを書いた。

 他の人の作品に感想や評価を入れて、地道に宣伝活動をしたせいか、評価の星の数も初めて30個を超えた。


「良かったね、貴志くん!」


「うん。正直、ラブコメなんてバカにしてたんだけど、実際書いてみると難しかったよ。ありきたりのセリフなんて書いてもつまらないし。まだまだ下手だけど、面白いって言ってくれた人もいたから励みになった。フォロワーも増えたんだ」


 嬉しそうな貴志くんを見て、わたしも嬉しくなる。

 もう死んだ魚のような目をした貴志くんは見たくない。


 貴志くんには内緒だが、そのフォロワーのひとりはわたしだ。

 IDはhollyhockホリーホック。英語でタチアオイのことだ。ばれたときは「気づいてると思った」とごまかせばいい。我ながらいい作戦だと思う。

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