ネット小説(貴志視点)

「ネット小説を書いてみようと思うんだ」 


 前からネット小説への投稿を薦められていた僕は、葵ちゃんに伝えた。


 ――最近のネット小説ってどうかと思うよ。みんな似たような内容でさ。


 などと偉そうにほざいていたのに、どの口が言うって感じだ。

 恥ずかしいけど仕方がない。妙なプライドやこだわりは捨てると決めたんだ。

 

 僕は、書きたい小説を書いていれば、いつかは認められて本を出版できるだろうと漠然と考えていた。だけど、それがどれだけ甘い考えだったのか、数年のあいだに痛いほどわかった。


 自己満足で終わりたくない。自分の書いた小説を少しでも多くの人に読んでもらいたい。この欲求を叶えるために、僕は自分で作った硬いからを破り、一歩踏み出してみることにした。


 そんな風に意気込んでいた僕だが、葵ちゃんは何も言わずに、たくさんある投稿サイトの中から僕に合いそうなところを探してくれた。それに、コメントや評価の仕方なんかも丁寧に教えてくれた。


 あまりに詳しいので、「もしかしたら葵ちゃんも投稿してるの?」と訊くと、

漫画の原作を探して読んでいるうちに詳しくなったと言われた。


 コンテストで受賞して書籍化、その後、漫画化やアニメ化というのが最近の流れ。空前のファンタジーブーム、ラノベブームを受け、大手出版社も次々と新文芸に進出している。


 考えてみると凄いよなあ。一般人にこれだけのチャンスが与えられてるなんて。

 昔の文豪たちが聞いたら驚くだろうな。

 羨ましすぎて泣くレベルだよね、きっと。


 僕は、かつて文豪たちが活躍していた時代に思いを馳せる。


 * * *


 日本で最初の同人誌は、小説家の尾崎紅葉こうよう、山田美妙びみょうらが中心となって発足した文学結社「硯友社けんゆうしゃ」が、作品の発表の場を求めて自費で刊行した雑誌「我楽多文庫がらくたぶんこ」だと言われている。

 

 我楽多文庫は小説の他、詩や短歌、川柳、落語まで掲載されていたらしい。

 なんと最初は印刷ではなく、手で書き写していたという。一冊作るのにどれだけの手間と時間がかかったことだろう。


 今やパソコンやスマホに投稿すれば、誰でも気軽に自分が創作した物を発表することができる時代だ。もし、手書きで10万字書かなければならないとしたら、コンテストに参加する人数は激減するんじゃないだろうか。


 ペンネームについては、いつまで悩んでいても始まらないので、とりあえず〈貴志たかし〉に似た響きで〈案山子かかし〉、かかしがあるのは田んぼってイメージだけど、田圃たんぼ案山子かかしはいまいちだなと思い、麦野むぎの案山子かかしに決めた。

 葵ちゃんはちょっと複雑な顔をしてたから、もしかするとダサかったのかもしれない。


 だけど、ネット小説のペンネームを見ていると、ちょっとふざけた感じのものが多い気がする。その方が印象に残って覚えてもらえそうだからかな。


 太宰治の本名は津島修治つしましゅうじ、夏目漱石は夏目金之助、三島由紀夫は平岡公威きみたけ、森鴎外は森林太郎と、文豪たちも皆筆名ぺんねーむをつけていた。


 今までコンテストには本名で応募してたから、これで僕もやっと彼らの仲間入りだと自己満足に浸ることができた。





 






 

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