第3話
……らなかった。
「どうして?どうして何も起こらないの?……まさか『神の力』が使えなくなっているの?さっきまで使えていたのに!?」
何も起こらない6階スタジオで、女神が取り乱しながら言い放った。
夜中を朝に変えた『神の力』を目のあたりにしていたブッコローと湊は、これから引き起こされる事態を畏れ互いを守るように抱きしめながら震えていたが、女神のおろおろした有様を見て警戒を解いてゆく。
「……いまいち成功したのか失敗したのか判定しづらいけど、女神様の様子からすると失敗したってことでいいんでしょうか?」
「ここに来た時は『神の力』は使えていたし、どういうことなんだろう?その後したことと言えばお茶くらいだよねぇ。」
湊とブッコローは、お互いに顔を合わせて疑問を口にする。
「あー、ひょっとしてアレかな……。」
すると、湊が天井の辺りに視線をやり、何かを思い出すようにつぶやいた。
「あれって?」
ブッコローはオウム返しで、湊の言葉の先を促す。
「……ヨモツヘグイ?」
聞きなれない言葉に一瞬困惑したブッコローだが、はっとした様子で右翼に持っていた本を器用に開きページを読む。
「おっ!これかぁ、黄泉戸喫!あの世の食物を口にすると『そこの住人』になるって書いてあるなぁ。食べ物ってことは、さっき食べたどらパンケーキのせい??」
「転生って「死んで」生まれ変わることでしょ。女神様からしたら、ここは黄泉の国みたいなものだし、あの世ってわけです。『そこの住人』ってことは、普通の日本人になったってことなのかな??日本に転生したのが運の尽きでしたね、女神様。」
湊の考察を聞いて真っ青な表情になった女神は、膝から崩れ落ちて床にへたりこむ。
「ご愁傷様すぎる。」
そう思わず口に出してしまうブッコローは、湊の視線を感じそちらを見る。
「ところでブッコローが、いつも持ってるその本って何なんです?辞書??」
「えっ?これ??この本は『知の象徴』って言って、ブッコローが知りたいことを思い浮かべながらページをめくると、真っ白だったページに、知りたいことについて書かれている本と同じ内容が現れてくるっていう便利な本です。」
説明を聞きながら、だんたん「なにそれ知らん」という表情になる湊。
「それってすごい悪質な立ち読みなんじゃ……。ブッコローは書店のマスコットなのにいいんですか?」
もっともな指摘を受けたブッコローは、そのふわふわな体をぴょんぴょこ跳ねさんがら憤慨した。
「ブッコローは『真の本』と呼ばれる存在だからいいんですぅ~。この世の本はすべてブッコローのモノと言って差支えない!あとマスコットじゃなくて、ミミズク!間違えないで!それにしても湊君はヨモツヘグイなんてよく知ってたね。」
「まぁ、昔から本が好きでジャンル関係なく読む、いわゆる文学少女でしたので。『元』ですけど……。」
「んん?文学少女って?」
「ブッコローは、有隣堂で出典元の古事記を買ってください!」
いぶかしむブッコローに気づいたそぶりもない湊は、床に座り込む女神に向き合うと腰に手を当てて怒りをあらわにした。
「そんなことより、このトンチキ神様!なんてことしようすんの!あんっっったって神様はホント何も変わらない!昔から、やることなすことが雑なの!神様の自覚を持てって何回何回何回も言ってたでしょうが!」
「??トンチキ神様?あら??その呼び方は!……まさか……もしかして勇者・ヨーコなの??」
「もしかなくても、あんたに魔王討伐を押し付けられた元・ヨーコですよ!トンキチ神様のお守りは二度とやりたくなったから黙っていたのに、ガマンしきれずに思わず反応してしまった……!くそう!」
「えっ!いやっ!ウソ!なんか雰囲気が全然違う……!あのふんわりふわふわなヨーコは??えっ?本当にヨーコなの??ほんとうに??」
「それを言うなら、あんただって向こうの世界だと、なんだかよくわからん光ってる玉だったじゃん!なんで人間の姿なの??」
「だって、ヨーコに会うなら同じ人間のほうがよいと思ったからよ!わたくしより、人間の家族やお友達のいる故郷がいいって帰ってしまったじゃない!!あっちの世界に残ってくれたらよかったのに!」
「わーたーしーは帰りたかったのー!そっちの都合で勝手に召喚した挙句、ムチャクチャなことさせられるし!!女子大行くの楽しみにしてたのにさぁ!東京タワーじゃなくて、マリンタワーで召喚される日が来るとは思わなかったわ!!というか、行きは召喚したのに帰りは転生させるってどういうこと!?」
「あら!元の場所には戻しましたよ。神にも流行っていうものがあって、喚んだ当時は『召喚』が主流だったからしょうがないでしょ!帰る頃は『転生』がマストだったの!」
「トレンド感覚でやるんじゃあないよ!!おかげでイチから人生やり直すはめになったし、なんでか男に産まれちゃったし!」
「すぐに戻りたいって焦らせからよ!細かいこと気にせず送り出しちゃったから、ランダム設定になってしまったのかしら??」
「かしらじゃねーんだわ!!だいたい前世の記憶を取り戻したら付き合っている彼女が、転生前にずうーーーーーと好きだった幼馴染のお兄さんの娘だってわかった時のわたしの気持ちがわかる!?」
「!!!えっ!?うそ!!!付き合っている方がいるの??そんな、薄情者!!」
「どの立場でモノ言ってんだ!あんたは!!」
「やだ~!転生した勇者が男になっていて、しかも付き合っている相手がいるとかひどい!異世界転生してまで来たわたくしの立場がないじゃない!いやー!異世界転生やめる!もう帰る~!」
湊こと元・勇者は怒りが収まらず、女神はヒステリックに叫び、混乱の極みに達していた。痴話喧嘩の様相を呈してきた現状は、もはや修羅場である。
「……帰るったって女神様は、そのチートスキル?とか言うのがなくなっても帰れるんです?」
2人の言い合いから、事情はなんとなく察知したブッコローが尋ねた。その顔は、適当に場を収めて今すぐ即帰るんだという決意に満ち満ちていた。僕には関係ないことです。
「無理よ!自分では帰れないわ!だって、スキルはなくなってしまったんですもの!」
大粒の涙で頬を濡らしながら女神が叫ぶ!
「ブッコローのその本、なんでも調べられるなら帰り方とか調べられないの?もう、なんでもいいから追い帰してやってよ!」
面倒くささが頂点に達した湊も叫ぶ!
「なに、その剛速球なムチャ振り!?これは『本と定義』のものなら何でも閲覧できるけど、ブッコローの『知らない言語で書かれた本』はダメに決まっているでしょ!だって、探しようがないもん!!」
訳のわからないことには巻き込まれたくないブッコローも叫ぶ!
出来ないことは出来ないとキッパリと言えるミミズク。見習っていきたい。
「じゃあ、ブッコローがわたくしの世界の言葉を覚えれば探せるの??」
閃いたと同時に涙がひっこんだ女神は、ブッコローに詰め寄る。望みはまだあるかもしれない。
「いやいやいやいや!ムチャクチャ言いますね、この元・女神様!!そもそも帰る方法が書いてある本ってあるんですぅ?」
帰る方法を見つけるまでは逃がさない!といわんばかりの勢いに飲まれまいと、必死に言い返す。
「探してみなければわかりませんよ!!あと、元ってなんですか!元って!!……わーん!!わたくしこれからどうしたらいいの??」
ダメだ、聞いてくれない。しかし、ここで失敗したら終わりだということだけはわかるブッコローは、懸命に頭を回転させ考えを巡らす。
「んじゃあ、まぁ、すぐに帰れそうにないんだったら、とりあえず彼の家にやっかいになったらどうです?」
兎にも角にも
「変なこと言い出さないでくださいよ!!俺、彼女いるって言ったでしょ!一緒に住むのは絶対ダメだって!」
悲痛な訴えは聞こえなかったことにしたブッコローは、元・女神に畳みかける。女神はポカンとしているが、あと一押しだ!がんばれ!
「元・女神様って戸籍は作ったんでしょ?とりあえず
「……そうですね、今すぐにはどうにもなりそうもありませんし。」
元・女神はブッコロー提案を理解すると、嬉しそうに答えた。
「話を具体的に進めるのをやめてください!俺の!意思はっ!!」
しかし、湊は必死の抵抗を試みる。ここで受け入れてしまえば色々終わってしまう。
「湊君は今一人暮らしなんでしょ?大丈夫、大丈夫。引っ越し資金貯まるまで置いてあげなよ。ね!昔のよしみなんだし。」
「いーやーでーすーーー!!」
「そんな!わた、わたくしを、見捨てるおつもりですか!?あんまりではないですか!勇者!」
「もう勇者じゃないし!だいたい、あんたのムチャクチャなお願いのせいでどんっっだけ苦労したことか!!女子学生に魔王討伐やらせるなんて、ラノベの読みすぎなんだよ!!」
「そんなこと言っても仕方がないじゃないですかー!世界の危機だったんですよ!それに……」
こうして終わりが見えない痴話喧嘩を聞きながら、まだしばらくは帰れないだろうなぁと覚悟を決めたブッコローは一歩後ろに下がり、2人を眺めながらしみじみとこう思った。
「……ラブコメしてるなぁ。」
有隣堂の女神さま。 うさな @usana
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