第23話 囚われの女騎士

「何をもたもたしておる。さぁ、早くこちらに来て酌をせぬか!」


既に出来上がっている良く肥えた竜人に大声でそう呼ばれたので、ベールを深くかぶり直し、空になっている杯に酒を注いで回った。


「ほう? このように美しい娘がおったとは。もっと近こうよれ」


口ひげを蓄えたいかにも好色そうな竜人にそんな事を言いながら肩を抱き寄せられ、その気持ち悪さにゾワリと鳥肌がたつ。


引き攣った愛想笑いを浮かべやり過ごそうとすれば、何を勘違いしたのか首の袷から胸元に向かい手を入れられそうになり、思わず反射的にその腕をねじりあげそうになったので、慌てて酒瓶を取に行く振りをしてテーブルを離れた。


胸糞の悪い思いをしつつ。

こうやって奴らを油断させておくのもマデレイネ救出の為と自分に言い聞かせながら、酒瓶を手にテーブルに戻ろうとした時だった。


「……普通に給仕してどうする」


同じく酒を取にやってきたエルメルが、また実に呆れたとばかりに溜息をついた。

そして、エルメルは袖の下に隠し持っていた白い粉を、オレに見えるように瓶の中にサッと混ぜて見せた。





酌を断る代わりに見せたエルメルの妖艶なる剣舞を肴に、竜人達の酒はますます進み――


酒盛りをしていた竜人達が皆、真っすぐに歩くどころか座っている事もままならなくなった時だった。


「?! お前達、酒に薬を盛ったな!」


ようやく異変に気付いた警備兵が慌ててオレ達に向かい剣を抜こうとしたが、両手に剣を持っていたエルメルにあっさりと打ち倒され、床に伸びた。


竜人から奪った、手になじむ得物を各々ローブの下に隠して。

宴席が設けられていた広間を抜け出したオレとエルメルが、城の兵達とのエンカウントを避けるうちに迷い込んだ先――

それは城の地下に張り巡らされた下水道だった。



灯した蝋燭の明かりを頼りに、水の流れと逆行するようしばしの間進めば。

少し先に、オレ達が降りて来たのとはまた異なる上り階段を見つけた。


蝋燭を吹き消し、足音を立てぬ様慎重に階段を昇る。

階段の上にあったもの、それは古ぼけた地下牢だった。


細い細い月光が差し込む格子の中に、アルルやマデレイネの鱗にも似た白銀色の鎧を纏った、燃えるような赤髪の女騎士が倒れこんでいるのが見える。



「面倒が増えるだけだ、放っておけ」


そんなエルメルの言葉に一瞬迷ったが、まだうら若い女騎士のその美しい面立ちから完全に血の気が失せてしまっているのが気になって


「おい、大丈夫か?」


そう囁くように声をかければ。

負った怪我が相当に酷いのだろう


「くっ……殺せ……」


女騎士が目を閉じたまま酷く苦し気に呻いた。



あまりグズグズはしていられないとの事で、大きな音が立つのを覚悟で錠を剣で打ち壊し、牢の中に助けに入った。


ぐったりと動かない女騎士の鎧を脱がせ、怪我の具合を確かめれば。

幸い酷い外傷は見られなかったが、おそらくあばらが折れているか内臓を損傷しているのだろう。

彼女は高い熱にうなされながら、酷く苦し気に浅い呼吸を繰り返していた。


「こんな状態の者を共には連れていけない、諦めろ」


エルメルのそんな言葉を尤もだと思いつつ


「レン」


その名を呼べば


「「癒傷サナウルネラ」」


また、レンとオレの声が重なり、女騎士の体を淡い癒しの光が包んだ。





少しして


『助けてくれてありがとう』


そういうよりも早く


「哀しいまでに蒼い両の瞳。あぁ、貴女の瞳は本当になんて美しいんだ。私がお慕いするマデレイネ様に勝るとも劣らない」


そう言いながら、まるで口づけでもするかのようにオレの頬に手を添えて。

サッと体を起こした女騎士が、オレの瞳を覗き込みながらうっとりとした声で、そんな実に場違いな事を言い出した。


徐々に距離を詰めてくる女騎士から体を離そうと、首をのけぞらせるうちに首の可動範囲にもいい加減限界が来て。

思わず押し倒されるような形で仰向けに倒れた状態で、エルメルに目で助けを求めれば


「だから放っておけといっただろう」


そう深い深いため息を吐いて、エルメルが女騎士の襟元を掴んでオレからべりっと引きはがしてくれた。



「少し驚かせてしまったかな?? キミは勇敢なくせに存外可愛い人なのだね。私はレイチェル・クストス、この国の騎士だ。美しい人、どうか貴女の名前を教えてはもらえないだろうか?」


思案の末、


「オレはハルト。マデレイネを助け出す為、ここにやって来た。レイチェル、オレ達に力を貸してもらえないか?」


思い切ってありのままを伝えれば、ハッとレイチェルの表情が強張るのが分かった。


投獄されていたとはいえ、腐ってもこの国の騎士。

敵の敵なら、条件次第でこちらの仲間になってくれないだろうかと期待したのだが、流石に下策だったか。


抗戦に備え距離を取ろうとしたときだった。


「お、男?!!」


そう言うが早いか、レイチェルがオレの襟の袷をがばっと開き、グルグル巻きにしていたさらしの下の詰め物を思い切り鷲掴みにしてきたので。

シンとした地下牢に、反射的なオレの悲鳴が響いた。

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