第22話 美姫(???)

日暮れを待ち、オレ達が闇夜に乗じ森を抜けようとした時だった。

少し先に再び竜人の気配を感じた。


「そこに居る事は分かっている、出てこい!!」


剣を構え、気配のする方に向かい威圧するよう低く怒鳴れば


「どうぞ、剣をお納めください」


鈴のなるような凛とした声でそう言って、一人の竜人の女がその姿を現した。

その瞬間だった。


「エドウィージュ!!」


彼女の姿を認めたアルルがオレの腕から飛び降りると、彼女の名を呼びながらその豊な胸の中へと飛び込んでいった。



「アルベルリーナ様、あぁ、よくぞご無事で! それに、少しお会いしない間にこんなにも大きくご立派になられて!!」


アルルを強くその胸に抱きしめ、再会における感涙を零す彼女は、かつてアルルの乳母だったのだと言う。


「エディー、お母様は?! お母様はご無事なの?!!」


「はい、マデレイネ様は後宮の奥深く軟禁されていらっしゃいますがご無事です」


エディーの言葉を聞いて、アルルは安堵感から腰が抜けたようにその場にペタンと座り込んだ。



「アルルの為、マデレイネを助け出したい。何か王宮に忍び込むいい方法はないだろうか?」


エディーにそう尋ねれば、エディーは心得ていた様子で


「お手伝いさせていただきます。準備もありますから、どうぞ一度私の屋敷に」


そう言うと、森の入り口に止めていた、暗闇に溶けるような黒塗りの馬車を指して見せた。







******



エディーの立てた作戦。

それはアルルとエディーを除くオレ達が皆で侍女に扮し、王宮に忍び込むというものだった。


何でも竜帝の祝言に向け、大臣が見目の良い下女を大量に雇い入れているところらしい。


エディーが容易してくれた全身をスッポリと覆う真っ白なロングドレスとベールを纏ったリリア、クローディア、メグは、しばしば神話の女神と並び、絵画の題材に好んで選ばれる竜人の姫君に劣らず大変に美しかった。

確かにこれならば、エディーの目論見通り何の問題も無く王宮に入り込めるだろう。


しかし……


「何でオレ達まで???」


まだ幼く中性的な見目のユーリはともかく。

細めとは言え戦士である筋肉質なオレと、長身のエルメルにもリリア達と同じドレスを着せるエディーの意図に皆目見当がつかず、思い切り首を捻れば


「大丈夫!! 私に任せて下さい! 陛下でも思わず見惚れてしまう程の美姫に仕上げてみせますわ!! あぁ、お二人とも素材がいいから久々に腕が鳴るぅ~」


エディーがそんな世迷言を言いながら、喜々として鼻息荒くオレの薄い唇に紅を引き、エルメルの目じりに金のアイシャドウを塗った。





彼女の家の家紋の押された紹介状を使い入り込んだ城内は、女官として城に雇われることで、あわよくば王とその側近の目に留まる事を期待した見目麗しい女性陣で溢れかえっていた。


さて、ここからどうやって後宮に忍び込もうかと皆で周囲の様子を探っていた時だった。

現れた官吏と思しき竜人に


「おい! そこのお前とお前、ついて来い」


オレとエルメルだけが声をかけられた。


エディーは女装が歓声したオレとエルメルを見て


『マデレイネ様に勝らずとも劣らないくらいお綺麗です!! 大丈夫! 脱がない限り絶対にバレません!』


と、太鼓判を押していたが……。

やはり早々にバレてしまったようだ。


いや、もしかして、オレ達がここに送り込まれたのもエディーが竜帝と結託して仕組んだ罠だったのだろうか?

こうなれば強行突破するしかないかと、胸元に忍ばせた短剣にオレが手をかけようとした時だった。

エルメルが無言のままオレの手を掴み止めた。


……確かに、短剣一つでここの広い空間で大太刀周りをするには無理があるか。


リリア達を巻き込まぬよう、何も気づいていないふりをして大人しく着いていき、隙をついて反撃に転じるのが無難だろう。



「ここで二手に分かれよう、大丈夫だ。上手くやる」


心配そうにオレを見るリリア達に小さな声でそう告げ、エルメルと共に官吏に従い広間を抜けた。





長い長い廊下を通り、オレとエルメルが連れて来られた先に居た者達――

それは、剣を構えた大制の兵士達…………などではなく。

へべれけになって酒盛りをする貴族達だった。


「お申し付け通り、集まった者達の中で一番の美姫二人を連れてまいりました」


官吏のその言葉に、警戒していたオレの体からガクッと力が抜ける。


「うん? どうした??」


官吏の不思議そうな問いかけに、慌てて何でもないと首を横に振り、引き攣った笑みを返すオレとは対照的に、エルメルは相変わらず落ち着き払っている。


「何で、こんな状況でそんなに平然としていられるんだよ」


エルメルを小突き官吏に聞こえぬようそう小声でツッコめば、


「美しい自分達が選ばれるのは当然だろう」


本気なのか、それともハイセンスなエルフ流の冗談だったのか。

サラリと真顔でそう返され、思わず絶句するより他なかった。

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