第21話 緑竜の最期

「「氷獄カルケリス グラキアリス!!」」


オレの声に、夢で聞いたあの男の声が重なって聞こえた次の瞬間、


「ギュワアアアアアアアアア!!!!」


一瞬にして四肢が凍り付き、そこから動く事の敵わなくなった緑の竜が、怒りの咆哮を挙げた。


緑竜がブレスの熱で氷を解かす前に、高く跳躍したユーリがその首を落とそうと剣を振り下ろした時だった。


パキン!!


高い音を立てて、エルメルが持っていたショートソードでユーリの剣を弾いた。



「何をする!!」


エルメルは憤るユーリには目もくれず


「同族意識が高い竜が仲間を殺されたと知れば、この辺り一帯の人間を皆殺しにするまで復讐を止めないだろう。もし留目を刺すなら、その子竜にやらせろ」


アルルに向かい、持っていたショートソードの持ち手をずいと差し出して見せた。


「っ?! ダメだ! アルルにそんな事はさせない!!」


その大きな瞳を零れんばかりに見開いた後、顔を青ざめさせその身を震わせたアルルを咄嗟に背に隠しそう首を横に振るも


「お前が魔族達から守ろうとしてる人間達が、竜人によって大勢殺されてもいいのか?」


淡々とエルメルにそう諭され、思わずグッと言葉に詰まった。


確かにエルメルの言う通り、オレは多くの人を救う事を目的に旅を続けているのであって、決して竜人との戦いに多くの人々を巻き込む様な事は望んでいない。

しかし……。

アルルのその幼く小さな白い手を、一人同族殺しの血に染めさせるのも、また違うだろう。


「……もし、竜人達が襲ってくるなら。その時は、全てオレが倒す!」


勝算なんて何もないまま、そう啖呵を切った時だった。


「そう、か」


エルメルはそう言うなり自身の背中の長剣を抜くと、一切の躊躇なく緑竜の首を切り落とした。



「エルメル?!!」


「すぐにコイツの仲間が来る、急ぐぞ」


エルメルはそう言うと、竜の死骸とオレ達に向かい背を向けた後、一度も振り返ることなく黙ったまま早足に歩き始めた。


どうして……。

どうしてエルメルは、自らの同族を危険に晒すような真似を、一切の躊躇もなくやってみせたのだろう。


竜人達を全て倒すなんてそんな事、弱いオレには出来っこないと、そう思ったのだろうか?

それとも、彼の同族ならば人間とは異なり竜人達に狙われても抗う術を持っていると踏んでの判断なのだろうか??


聞きたい事は色々あったが、エルメルは口の重い男だ。

訳を話さなかったのを見るに、きっとそれについて尋ねたからと言って彼がその本心を今この場で語ってくれるとも思えなかった。



思案の末、オレは疑問を丸飲みしたまま、黙って彼の後を追う事にした。


商人の男は絶対にこれ以上奥には進みたくないと言い張ったので、その場で別れることにする。

メグが密かに目くらましの魔法薬をかけてやるのが見えたので、運が良ければこの森を抜け生きて街に戻る事も全くの不可能では無いだろう。







******



少し歩いたところで


「ハルト……、大丈夫?」


リリアに酷く心配そうに声をかけられ、オレは首を傾げた。


「大丈夫って?」


リリアには先程、魔法で傷を癒してもらったばかりだ。

故にオレに怪我がない事は、リリアが一番良く知っているはずなのに。

リリアは一体何が心配なのだろう?


「『全てオレが倒す』なんて。そんなの……そんなの全然、優しいハルトらしくないから。もしかして、疲れてる?? だったら、無理せず一度街に戻ろう?!」


いつも通り皆に優しいリリアの言葉に、


「なんだ、そんな事か」


思わずオレの口から、そんな言葉と共に溜息が漏れた。


リリアの言う通り、これまでオレは確かにそんな物騒な事を口にする事は無かった。

しかし、それはオレがリリアが言う様な“優しい”人間だからではない。

……オレにそれだけの力が無かったから、それだけだ。


『落ち着いて話し合おう』

『戦わなくても、何か他に方法はあるはずだ』

『キミの話を聞かせてくれないか』


力が無いオレはそうやって、多くの時間を無駄にしてきた。

その間に、一体どれだけの人が魔王との戦いで命を落とし、その事にオレがどれだけ悔しい思いをしてきたか


「何も問題ない。そんな事より先を急ごう」


きっとリリアには分からない。


勤めて明るい声で笑ってそう言ったオレの横顔を、リリアは酷くもどかしそうな顔をして長い事見つめていた。

しかし、ギュッと握りしめたオレの手に気づいて以降、結局それ以上何かを言う事は無かった。







******



氷獄カルケリス グラキアリス!!

氷獄カルケリス グラキアリス!!!

氷獄カルケリス グラキアリス!!!!


緑竜に続きオレ達の前に現れた竜人達は、あっさりオレの放つ氷撃に四肢を凍てつかせ、緑竜同様成すすべなく固まったままエルメルによりその首を落とされていった。


この調子なら、マデレイネを奪い返すのもそれほど難しい事ではないだろう。


戦闘の余韻から、血の海と化した地面の上をどこか高揚した気持ちで踏み超え歩けば。

ついに森の終わりが見え、その先に竜帝の住む都と、その王城が見えた。

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