第20話 いつも無策だと思うなよ?
一週間後――
オレ達はついに、竜人の国があるとされる土地へと踏み入る事となった。
この一週間、その実に美味そうで嬉し気なリアクションを見たいが為だけに、隙あらばアルルにアレコレ食べさせ散々に皆で楽しく甘やかしてきたが。
そんな呑気で楽しい旅も、一端ここまでだ。
気を引き締め直し、アルルを片手で抱き上げたまま、境界を越えるため大きく一歩踏み出そうとした時だった。
「堂々正面から踏み込む馬鹿がいるか」
突然、そんな言葉と共に肩を後ろにグイと引かれ目に見えない境界線の内側に引き戻された。
その聞き馴染みのある、しかしパーティーメンバーとは異なる男の声にハッとして後ろを振り向けば……。
そこにいたのは、やはりエルメルだった。
「エルメル! 元気だったか?! また会えて嬉しいよ!! でも、何でまたこんな所に??」
そんなオレの問いに答えず
「竜帝相手に喧嘩を売るような馬鹿な真似は止めておけ……と言っても、どうせお前は行くんだろう?」
それだけ言って。
エルメルはオレの方を振り返りもせず、着いて来いとばかりに真っすぐ続く道を逸れ、森の中へと踏み込んで行った。
木々が高く聳え立ち、方角を知る唯一の手掛かりとなる太陽と星を隠してしまう森は、いわば自然界が作り上げた
道なき道に迷い込んだが最後、遭難して出られない者が後を絶たないのだが。
そのような場所も旅と自然に精通した経験豊富なエルフには、恐るるに足るものでは無いらしい。
薄暗く広大な森の中を歩きながら、これだけ頭上に木々が密集していれば頭上からの奇襲も不可能だろうと、オレがホッと安堵の溜息をついた時だった。
「……また、少し変わったな」
エルメルがオレに向かいそんな事を言った。
「あぁ、これだろう?」
そう言って青に変わってしまったらしい左目を指してみせれば、エルメルがしばし真っすぐにオレの目を見た後で、どこか苦し気な表情をしてプイと顔を逸らした。
それからまた何時間か経って――
「なぁ、レン……」
エルメルがそんな風に、
「助けてくれ~~~」
遠くから微かにそんな人の声が聞こえた。
一瞬、幻聴かとも思ったがエルメルの尖った耳が微かにピクリと動くのが見えたから、きっと気のせいではないのだろう。
その事に触れぬまま、しばらく足を進めると、
「誰か助けてくれ~~。誰か~~」
また同じ声が聞こえて来た。
先程よりも声が近かった為、今度は皆にも聞こえたらしい。
声のした方に歩き出そうとするユーリを
「罠だ。捨て置け」
エルメルが制止する。
「ハルト、どうする?」
ユーリの言葉に、足を止め思案した。
「……見殺しには出来ない。助けに向かおう」
覚悟を決め、短く言い切れば。
「全く、世話が焼ける」
エルメルは実に呆れたとばかりに大きな溜息をつきつつも、声のした方に躊躇いなく歩を進めた。
******
その男の姿が見えた瞬間、アルルがビクリと体を震わせたのが分かった。
森の中でオレ達をおびき寄せる餌にされたその男は、先日アルルを掴まえた商人だったのだ。
こんなにも幼く愛らしいアルルを無理矢理母親から引き離し、あまつさえ殺して素材にしようとした男だ。
幹の太い木からロープで吊るされた半死半生の姿を見ても、正直、自業自得だとの気持ちしか湧いては来なかったが……。
間違いを犯した者だからと言って見捨てる訳にもいくまいと、そのロープを切れば
「あぁ、竜人に捕まった時にはもう駄目かと思いましたが。おかげ様で命拾いしました。本当になんとお礼をいったらよいか」
リリアの回復魔法で傷の癒えた男が、そう言って揉み手をしながらへこへこと頭を下げてみせた。
そんな男の分かりやすく媚びへつらう態度に若干ウンザリしながら
「礼はいい。それより、あんたをこんな目に合わせたヤツはどんな奴だ?」
そう尋ねれば。
「あぁ、それはそれは恐ろしいヤツで! 全身に大火傷を……」
聞いてくださいとばかりに話し始めた商人が、そこで突然ヒッと息を飲み言葉を切った。
木立の向こうより、焼け爛れた緑の鱗を持つ巨大な竜がオレ達に向かい一直線に向かってくるのが見えたからだ。
突進してくる巨竜から皆を守る為、ユーリの前に飛び出し盾を構えた。
激しい衝撃に一瞬意識が飛びかけるが、クローディアが放った魔法障壁とリリアの回復魔法とに助けられ、辛うじて跳ね飛ばされず踏みとどまる事が出来た。
「作戦は? やはり、いつもの行き当たりばったりか?」
木の上から弓で応戦してくれつつ、そう揶揄するエルメルに
「作戦ならあるさ!」
そう返せば。
実に驚いたとばかりにエルメルが僅かに目を見開いたのが分かった。
作戦があるかと聞いたのは自分の癖にそんなにも驚くなんて、エルメルは何気に失礼だと思いながら、先程思いついたばかりの作戦を早速実行に移す。
「レン! 約束通り、オレに力を貸してくれ!!」
これまでも時折エルメルが呼び間違えていたその名を大きく口にした途端、突風がオレを包むと同時に周囲の空気が凍り付き、辺り一面に大量の風花が舞った。
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