第19話 料理コンテスト 後編

「次はいよいよ私の番ですね!!」


そう言ってクローディアが出して来たもの。

それは、新鮮な魚介類がこれでもかと乗せられた豪華なパエリアだった。


「わぁ! お魚だけじゃなく、いろんな種類のシーフードが一度にいただけるなんて、まるで海の宝石箱のようです!!」


だんだんアルルのいう事が料理評論家の様になってきた気がするが……

とりあえず、まぁいいだろう。



そのままかぶりつこうとしたアルルを止め、ブラッディー・シュリンプと貝の殻を剥いてやれば、アルルがその身のプリッとした歯ごたえと甘みに、また頬を押さえて静かに悶絶した。


アルルのそんな様子に、オレも我慢できなくなって。

そぎ切りにされた、ハンギング・オクトパスと、魚介類の下に敷き詰めるようにして焚き上げられたコメの実をスプーンで掬い、大きく口を開き一口にパクつけば。

上手に下処理がされた魚介とコメの実の甘味、そしてスパイスの香ばしさが口いっぱいに広がった。



それにしても。


深窓の姫君であったクローディアは最初、生きた魚に触るのはもちろん、それを捌くのだって酷く怖がっていて。

ワサワサと動く小鍋いっぱいのブラッディー・シュリンプとハンギングオクトパスを初めて見た時なんかは、あわや卒倒しかけたというのに……。


「ハル様、お口に合いませんでしたか?」


思わず食べる手を止めクローディアを見ていると、それを不思議に思ったのであろうクローディアが愛らしく小首を傾げてみせたので。


「……クローディアは努力家だなと思ってさ」


上手い誉め言葉を見つけられぬまま、とりあえずそんな思った事そのままを口にすれば。


「これからもハル様に喜んでいただけるよう、お料理がんばりますね」


クローディアは初めて会った時とは違い実に飾り気なく、しかし城で会った時よりもずっとずっと綺麗に、俺に向け微笑んでみせた。





「さてと、最後は私ね」


そう言って、リリアが出して来た料理は。

マーダー・サーモンの切り身に沢山のキノコとたっぷりのバターを添えた物をロートゥスの葉で包んで焼いた、またしてもオレの好物だった。


大量の湯気と共に上がったバターの溶けた甘く香ばしい匂いに、思わずゴクッと生唾を飲み込めば、オレの喉が鳴ったのを耳ざとく聞きつけたリリアが、皆からは湯気で見えないのをいい事にオレに向けてコッソリ笑って見せるのが分かった。



「マーダー・サーモンってこんなに美味しかったんですねぇ」


これまでマーダー・サーモンと言えば、特段の下処理も無く下味もつけぬままブレスで炙って焦げ焦げにして丸かぶりするか、生で貪り食うかの二択だったのだろう。


実にうまそうに一切れペロリと食べきったアルルに、もう一切れ取り分けてやれば。

一体その小さな体のどこにそんなにも沢山の量の料理が入るのか。

アルルは


「いいんですか?!」


そう目を輝かせた後実に美味し気に、大きく切り分けた肉厚なその身をまたペロっと平らげて見せた。





「……それで。アルルちゃん、結局誰のお料理が一番美味しかったですか?!!」


クローディアの質問に、ユーリ、メグ、リリアの三人が緊張から息を止めた時だ。


「え? 旦那様が作ってくださったお料理をまだいただいていませんけど??」


アルルがそう言って不思議そうに首を傾げた。


「「「「え???」」」」


「オレのは別に料理って程のもんじゃ……大体、アルルお前まだ食うつもりか??」


「はい!! まだいくらでも入ります。旦那様のお料理も食べたいです!!」


ケロッとした様子でそんな事を言うアルルの、食べ始めたときより輝きを増したキラッキラとしたその期待の眼差しに負け。

オレが気が進まないながらもキッチンから出して来たもの、それは……


串に刺したトリ肉に塩で軽く下味をつけ直火で炙っただけの、超シンプルな串焼きだった。


皆と競う為に調理した訳ではなく、夜中に小腹が空いたら食おうと思っていたものだ。

なんなら端は火加減を誤ったせいで少し焦げてさえいる。


「これを食うより、デザートのケーキを……」


そう言いかけた時だった。

パクっと串焼きを食べたアルルが突然、さっきまでの笑顔から一転、ボロッと大粒の涙を零し泣き出した。


「どうした? 口に合わなかったか??! だったら、構わないからすぐに吐き出せ」


慌てるオレに、アルルは手の甲で次々と溢れてくる涙をぬぐいながら首を横に振って見せる。


「じゃあ、串が刺さったか? 見せて見ろ」


そう言ってその柔らかな頬に触れた瞬間


「お母様……」


アルルが溢れる涙を止められぬまま、震える声でマデレイネを呼んだ。


「……お母さんの料理の味を思い出して、お母さんが恋しくなっちゃったんですね~」


その小さな背を優しく撫でるメグの言葉に、アルルはコクコクと頷いた。





結局――

アルルが一番美味しかった料理として選んだのは、オレの串焼きだった。


これから『魔物を討伐してくださったお礼に皆さんの一番お好きなお料理をおつくりします』と定番のセリフを言われる度、オレは野営の度に食っている串焼きを、わざわざ頼む羽目になるらしい。


別に串焼きが嫌いなわけじゃないが……そんな時くらい、もっと手の込んだ料理が食いたいのだがなぁと思いつつ。

しかし、一刻も早くマデレイネの救出に向かう為にも第二回料理コンテストの開催を阻止すべく、オレは皆の手前デザートのケーキと共にそんな言葉を飲み込んだのだった。

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