第16話 謎の声
炎流が、オレ達の身を焼くことなく、全て美しい氷の花弁となり涼しい風と共に散っていく。
このままマデレイネを奪い返そうと、今度は空に向け手を大きく伸ばした時だ。
思いがけずガクンと体から力が抜け、顔から地面に倒れ込んだ。
倒れたオレを見て再度竜人達がブレスを吐こうとしたのを
「かまうな、捨て置け」
赤髪の男が制止し、マデレイネを連れたまま飛び去って行った。
「ハルト! しっかりして!!」
オレを呼ぶリリアの叫び声が、やけどで爛れた耳に酷く籠って聞こえる。
心配ない、大丈夫だ。
そう言おうとして……。
オレは、そのまま意識を失った。
******
ふと寒さに気づき、目を開けば――
そこは、辺り一面が氷で覆われた暗い牢獄のような場所だった。
近くにリリア達の姿はない。
竜人達に連れ去られたのかと焦り剣を抜こうとして、いつも肩に背負っている剣が無い事に気づき更に焦った時だ。
「心配しなくても大丈夫。ここは夢の中、目を覚ませば皆無事で君の傍に居るよ」
今度はすぐ後ろから、あの不思議な声が聞こえた。
弾かれたようにバッと背後を振り返れば。
そこに立っていたのはオレより少し年上、二十代は半ばと思しき、淡い金髪に青い目の、整った顔立ちをした男だった。
「誰だ?!」
オレの問いに、
「誰って……もしかして僕が誰か知らないのか?」
男が実に意外そうに目を丸くした。
「王都ではそれなりに有名だったと思うんだけど……、そうか君は辺境の村の出だったね」
そう言って男が小さく破顔する。
出自を馬鹿にされた事に、思わずムッと口をつぐめば
「ごめんごめん、別にキミを笑った訳じゃないんだ。……あの呼び名で呼ばれるのは、うんざりだったからちょっとホッとしただけ」
そう言って。
男が馴れ馴れしくオレの肩にその手をまわし言った。
「また困ったら僕を呼ぶといい。僕の名は……」
その名を決して聞き漏らすまいと、息を止め、耳を澄ました時だった。
「ハルト!!!」
耳元で大きく名を叫ばれ、驚いて跳ね起きた。
バクバクする心臓を押さえ、何が起きたのかと思って声がした方を向けば、心配そうに涙をいっぱいに瞳に溜めたリリアと目が合う。
どうやら短くない間、オレは滾々と眠っていたらしい。
「……すまない、心配かけた」
そう言って、顔を上げいつものように笑ってみせた時だった。
「「「「「あっ!!」」」」」
皆が一斉に驚きの声をあげた。
顔に負った怪我の具合がそんなにも酷かったのかと頬に触れるも、傷はリリアが綺麗に治してくれていたようで、触れる指の先に違和感は感じ取れない。
何だろうと首を傾げれば
「先輩、左目の色が変わってますね~」
メグがオレと鏡合わせに首を傾げながらそんな思いもしない事を言った。
気になって側に置かれていた愛用の古ぼけたロングソードを抜き、その刃に自分の姿を映すも。
そこには、これまでと何ら変わりない石炭の色をした両の眼が、不思議そうにオレを見返している。
担がれているのかとも思ったが
「旦那様の左の瞳、綺麗な海の色になっています」
驚いたようにオレを見つめるアルルのその真っすぐな眼差しと言葉が、嘘だとも思えなかった。
「治療魔法が上手く効かなかったのかしら??」
そう言って、再度オレに治癒魔法を掛けてくれようとするリリアを止めた。
とりあえず体調に異変はないのだ。
見た目の変化などにかまけて、貴重なリリアの魔力を浪費するわけにはいかない。
マデレイネの事も心配だが、今はどこか竜人に見つからないどこか安全な場所に一度退避し体制を整えねば。
そんな事を考えながら立ち上がった時だった。
再び上空からドラゴンブレスが俺を襲った。
周囲一帯を灰にすることを目的にするものとは異なり、オレだけを狙ったのだろうそれを髪一重で転がりながら避け、キッと上空を睨めば。
そこには腕に緑の鱗を持つ竜人が忌々し気にオレ達を睥睨していた。
「
ヤツに向け手を翳し、精一杯の力を込め先程放った魔法を放とうと試みるも、魔法が発動する気配は全くない。
『また困ったら僕を呼ぶといい』
その言葉を思い出し、あの男の名を呼ぼうとして、彼の名を知らぬ事を思い出す。
それに歯噛みすれば、オレが先ほどの魔法を放てない事に気づいた竜人が勝ち誇った様子で、再度ブレスを放とうと大きく息を吸い込んだ。
その時だった。
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