第15話 人助け禁止令
『旦那様』
『お役に立つ』
何となく不穏な空気を漂わすその言葉の意味を測り兼ね、戸惑いつつ皆を振り返れば。
「……だからあの時、助けちゃダメって言ったのに」
リリアがそう言って大きな溜息をついた。
「助けた竜が美しいお姫様に変わって求愛してくるっていうのが、最近流行りの物語のベタな
頭を抱えるクローディアの言葉に、そんな流行りがあるのかと驚けば。
「次、怪我したモフモフの銀色オオカミなんかが偶然現れたとしても絶対助けちゃだめですよ~?」
「……ハルは病気の奴隷も助けちゃダメ」
メグ、ユーリまでもがそんな事を言いってくる。
何気にメグの目が笑っていないところが怖い。
「と、兎に角。二人を竜の国まで送るよ」
訳の分からぬ圧を感じ、思わず冷や汗を流しながら言ったオレの言葉に、まぁそれが妥当だろうと皆が渋々といった様子で同意してくれた。
「アルル、おいで」
幼いながら、我儘も言わずでこぼこした街道を一生懸命歩くアルベルティーナを、勝手につけた愛称で呼び、腕に抱き上げれば。
頬を真っ赤にしたアルルがしばし迷った末、柔らかくオレの首筋にその小さな腕をまわした。
子猫のような、高い子供の体温と触れる小さな手が擽ったくて思わず小さく笑えば。
「……旦那様というより、まるでお父様みたい」
そう言って、実に嬉しそうにアルルが微笑み返してくれる。
それ見て、ずっと不本意そうに口を尖らせていたリリア達がその表情を優し気なものに変えた時だった。
「あら、ハルト様がアルベルティーナの父なら、ハルト様は私の旦那様ですね? ではどうぞ、私の事はマディーと」
そう言って、マデレイネがアルルがもたれるのとは反対側に寄り添い、まるで美しい絵画か何かの様にオレの肩にその頭を預けてきた瞬間、リリア、クローディア、メグ、ユーリが一斉にキッと眦を吊り上げたのが分かった。
******
そろそろ次の街が見える筈だと、小高い丘のより遠くを見降ろした時だった。
道の先、街があるはずの場所から上がる黒い煙が見えた。
日暮れ前――
ようやくたどり着いた、大きな宿場街があるはずのそこは焼け焦げた建物の残骸が折り重なっただけの瓦礫の山と化していた。
おそらく、アルベルティーナを攫った報復に、ドラゴン達に襲われたのだろう。
炭と化した何かに向かいリリアが弔いの祈りを捧げるのが見えた、その時だった。
「ユーリ!」
激しい炎の濁流がユーリを襲った。
考えるよりも先に咄嗟に体が動いて盾でユーリを庇えば、それに気づいたクローディアが間髪入れずオレの前に氷の障壁を張る、
しかし、それもあっという間に溶かされダメかと思った瞬間、メグが相殺の為、襲い掛かる炎に向かい大火力の魔法を放った。
走り寄るリリアにユーリの治癒を優先させ、皆を背に庇うように立ち剣を構えれば、空から悠然と一人の大柄な男が降りて来た。
おそらく、この男もまたマデレイネやアルルと同じ竜人なのだろう。
燃えるような赤髪に金の瞳をその男の左瞼には爪で裂かれたような大きな傷痕が見える。
「探したぞ、さあ帰ろう」
その言葉に、マデレイネが震える手でアルベルティーナを庇うようにしてきつく抱き寄せた。
マデレイネの仲間かとも思ったが……どうやら何らかの事情があるらしい。
「全く、どれほど探したと思っている。……まぁよい。大人しく俺に従うのであれば、それは見逃してやろう」
赤髪の男のその言葉に、マデレイネが真っ青な顔をしてアルルを見た。
そして……。
マデレイネは最期に一度強くアルルを抱きしめた後で
「アルベルティーナ、ハルト様のおっしゃる事をよく聞く様に。ハルト様、どうか娘を頼みます」
そう言うなり、オレの方に向けてアルルの背を押した。
「お母様?! 嫌! お母様、行かないで!!」
マデレイネに向けて伸ばされたアルルの手が空しく宙を掴む。
突然の事に事態が飲み込めず、訳の分からぬままバランスを崩したアルルを抱き留めた時だった。
赤髪の男がマデレイネの腕をきつく掴んだまま高く飛び上がると、近くの森から十数人の赤髪の配下と思しき竜人達がサッと宙に姿を現した。
そして。
その次の瞬間、竜人達がアルルもろともオレ達に向かい一斉にドラゴンブレスを放った。
「アルベルティーナ!!!」
マデレイネの悲鳴がこだまする。
周囲が余りに強い火力に視界が一瞬にしてホワイトアウトした。
これまでか?!
そんな諦めに似た思いを抱きつつ左右を見渡せば、震えるアルルと、せめて彼女だけでも救えないかと懸命に庇おうとする、リリア、クローディア、ユーリの影が目に入った。
あぁ、もっとオレに力があれば……。
強く強く、そう思った時だ。
『本当に力が欲しい?』
使い古しのロングソードを握りしめた自分の中から、不思議な声が聞こえた。
誰だ?!
オレの問いに答えることなく、声は勝手にオレに向かい語りかける。
『あぁ、酷い火傷、痛そうだね。辛いだろう? でも、キミが目指すのは魔王討伐の道はもっと過酷でもっと強い痛みを伴うものだよ。それこそ何度も死んだ方がましだって思うくらいにね。だから……いっそここで終わった方が、早く楽になった方が幸せかもよ?』
馬鹿を言うな!!
心の中で声に怒鳴り返した。
例えそうであろうと、この先にどんな苦しい日々が待ち受けていようと、そんなものリリア達をみすみす死なせる理由にはなりはしない。
『後悔しない?』
「しない!!」
思わず声に出して叫んだ時だった。
『キミも頑固だよね』
そう言って、オレの中の不思議な声が笑った。
その次の瞬間だ。
オレの右手が勝手にロングソードを離れ、その掌を眼前に迫った炎流に向けた。
「
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